旅路には瓦礫を添えて

 瓦礫の道とは、思っているよりも歩きにくいものです。細かい石に足をとられますし、いつ何処から何が崩れて来るか分かったものではありません。そう、例えばこんな風に。


「……ねぇ、サレナ?」

「何かな?ヴィーナ?」

「あれ、なんか、倒れて来る様に見えない?」

「そうなの?」

「あのビル、近づいて来る様に見えない?」

「そうなのー?」

「もしかしてもさ」

「うん」

「あたし達…潰される?」

「そう見えるならそうなんじゃない?」

「…………………」

「…………………」

「逃げないとね。」

「そうだね。」


 二人は顔を見合わせると…猛烈なスピードで走り出しました。彼等はまだ昨日怪物を倒し、キャンプした街跡から出ていません。今倒れて来たら、連鎖して辺り一帯が埋もれるのは時間の問題です。


「正面に障害物!スピードそのまま2秒後にジャンプして!」

「了解!」

「2時方向に方向転換!」

「了解!」


 目を塞がれているサレナをヴィーナは完璧にナビゲートしていきます。息ぴったりですね。

 走って、躱して、滑り込んで、飛び越えて、横並びで相手の事なんて見えていないのに完全に同期した動きで走り抜ける彼等はまるで踊っている様です。


「次!3秒後に3時方向に1回だけ飛んで!その後…あれ?」

「ちょっとヴィーナ⁈なに?どうしたのって痛っ!」


 何かに気を取られたヴィーナが一瞬遅れた瞬間、サレナが前に張り出していた瓦礫に頭をぶつけてしまいました。


「ごめんサレナ!後で謝るから聞いて!あたし達の他にも何かいる!大体8時方向あっちも同じ方向に向かって走ってる!後!6時方向から怪物が来てる!丸いやつが来てるけどまだ遠いから先に隠れればどうにかなるかも!」

「了解了解そして了解!そして情報量が多い!まずはどうすればいい⁈」

「まずはここ抜けるよ!そこから考える!あれが何なのかは分からないけど私達と同類なら意思疎通出来るはず!」

「了解!」


 障害物を躱して走りながら会話するという器用な技をこなした二人はようやく、瓦礫の街を抜けられました。そして少し遅れて街から駆け出して来た何者かは、どうやらヴィーナの予想通りだった様です。


「ふぃー…何とかなったぁぁぁぁぁ…パーニャ?生きてるぅ?」

「なんとかな!しかしウーニャのお陰で助かったよ!あんたが気付かなきゃ今頃あの瓦礫に生き埋めだったからな…。」


  彼等もサレナやヴィーナと同じ、怪物を狩る者達でした。パーニャとウーニャという様です。

 命からがら逃げ出して一息付いているその二人に、物怖じせずヴィーナが話しかけました。


「その出で立ちにツーマンセルってことはあなた達もあたしと同じね?さっきあたし達が出て来た方向に一体居るんだけど、ここだと丸見えだから一旦退避しません?2組で戦った方が都合も良いだろうし。どうします?」

「でも退避ってどこにぃ?この辺もいつ連鎖して崩れるか分かんないよぉ?」

「いや待て…逆に崩れた後の高低差を利用すれば視線は切れるな?よしウーニャ!もう一走り行くぞ!」

「……………」


 同じ怪物退治をしているよしみか、手早く話をまとめた三人はまた走る用意をします。しかしサレナは後ろで一人無言です。人見知りなんでしょうか。

 そしてまた、彼等は走ります。さっきの瓦礫の中と違い、障害物はほとんど無いので楽なものです。


「パーニャだっけ?あなたはそのでかいハンマーなのね?」

「おう!お前は…杖?で、いいのか?」

「…………ん」


 サレナはやっぱり喋りません。


「パーニャったら怖がられてるぅ?いつも声デカいから特に怒ってるわけじゃないんだよぉ〜。」

「まぁ良いさ!戦えるならそれでよしって事で良い!」


 そうこうしている間に彼らは元々瓦礫だった、今は崩れて岩と砂ばかりの小山の反対側に回り込みます。ここならあの怪物に認識される心配もありません。


 「これで取り敢えずちゃんと一息つけるな…ウーニャ!奴のスキャンを頼む。コアの場所だけ分かればいい。それでええっと…名前はなんと言うんだね?」

「あたしがヴィーナであっちがサレナだよ。普段はよく軽口叩くんだけど…サレナどしたの?」

「………ん」


 やっぱり喋りません。


「むぅー?あらら?おっかしぃなぁ?」


 ウーニャが何か気づいた様です。


「どうした?」

「あれぇ…コア無いよぉ?どこにも見当たらない…」

「えー?そんな事ないと…本当に無い!なんで?」


サレナとヴィーナが瓦礫の街から逃げて来た時に追われていた怪物には、コアが見当たらない様です。


「コアが無いなら倒しようがねぇじゃねえか!」

「んーとねぇ…ないって言うか…内側までスキャン出来ないのよねぇ…弾かれてるみたいなぁ?」


 何度か試している様ですが、そのすべてが上手くいきません。


「今までこんな事なかったのになぁ…故障でもしてるのぉ?おーい大丈夫かぃ?」


 ウーニャはぺしぺしと自分が着けているヘッドギア、ヴィーナが着けているのとほとんど同じものを叩きます。


「ねぇヴィーナ?もう一回試してみてよぉ。何やっても弾かれちゃう…。」

「うーん…本当に何してもダメね?までのあのタイプとは何が違うんだろう…。通らない?いや…違う……弾かれてる?弾かれ…反射……反射?」


ヴィーナが何かに気づきました。


「ねぇウーニャ?あの丸いタイプとの戦闘経験は?」

「一応何度かあるよぉ?パーニャがどかーーん!って潰して倒したのぉ。」

「その倒した奴らってさ。あんな色してた?」


 普通なら、怪物達はその形に色々と違いはあれど全て、まるで肌色を薄くしたような色一色でのっぺりとした外観をしていました。

 しかし、今彼等の前にいる球体の怪物は違います。のっぺりとしているところまでは一緒ですが、一面が銀色で覆われているのです。ヴィーナが言っていた「色」とはこの事のようです。


「色ぉ?あの色はして…なかったぁ!って事はあれが原因なのかな?でもどうするぅ?」

「あの丸い周りの殻がスキャンを遮断してるって事だとしたら…何とかしてあの殻、割れないかな?」

「それなら上からぶっ叩けば良いんじゃないぃ?例えばぁ、ハンマーとかで!」


 古今東西、殻を割るには叩けばいいのは誰でも知っている事です。


「そんなら、あたしの出番だな!ウーニャ!ナビゲート宜しくな!あんたらはサポート宜しく頼むぜ!」

「え、あ…了解!任せといて!サレナ行こう!」

「………分かった」


 ヴィーナにだけは喋りかけますね。しかしこのウーニャとパーニャの二人、グイグイいくのでヴィーナが少し押され気味です。同じ役目を負っている彼等にも個性があるんでしょうか。


 コソコソと隠れながら彼等は近づきます。まだ怪物は動いていません。


「コアの場所が分かんないからどっち向いてるか分からないな…サレナどうにかして分かったりしない?」

「………」


 無言で首を横に振ります。


「むぅ…まぁそうだよね…どうしたものか…」


 少しだけ呆れたような表情でサレナは首を横に振ります。ずっと付き合ってきたヴィーナには、言葉が無くとも何を言おうとしていたかは分かりました。即ちそれはこうです。

「あんたが見えない事をわたしが分かるわけないでしょうがタコ殴りにするぞ」

 物騒ですね。


「分からないって…もしかしてコアの場所で向いてる方向って分かるのぉ?」

「一応ね。経験則だけど、あいつらのコアが一番外側に近い場所で周りを見てるっぽいのよ。というか、あなた達それも分からないで戦ってたの⁈よくやられなかったね…」


 呆れ声のヴィーナに対し、ウーニャは鼻息荒く胸を張ってみせます。


「ふっふーん!私がポンコツでもねぇ、パーニャはちゃんとあいつらの攻撃を避けてくれるから問題無いのだ!」

「避けるって…それで見えてるってこと?おかしくない?レーナは何も見えないって言ってたのに…」


  ヴィーナと同じ様なヘッドギアをウーニャが着けている様に、サレナと同じ様な目隠しをパーニャも着けています。違いと言えば、パーニャの方が少し色が濃いくらいでしょうか。


「いや?なーんにも見えてねぇよ。何というか…感じるんだよな。どの向きからどう攻撃が来るのかってのが…何となく感じられるからそれを避けてるんだ。」


 冷静に考えればとんでもない事をさらっと言ったパーニャは軽々と、これまた自分より大きなハンマーを担ぎ上げると、


「喋ってたところであいつは倒れちゃくれねぇからな、3カウントで飛び出すぞ。」

「おっけぇーい。」

「あたしとサレナが正面に陣取るから、ウーニャとヴィーナはお互いの相方の斜め後ろに待機して、戦闘ナビゲートとヤツのコアのスキャンをなんとしても成功させろ!行くぞ!」

「了解!」

「おっけぇーい!」

「…………」

「3……2……1……ゼロ!」


 パーニャの号令と共に、4人はカタパルトの如く隠れ場所から飛び出していきます。コアの場所が分からない敵との戦闘が、始まります。






 飛び出す直前、パーニャは一瞬サレナと視線があった様に感じました。いえ、目を塞がれた彼等が視線を感じること等あり得ません。しかしパーニャは確かに感じたのです。サレナの視線と、そこに含まれたモノを。


「…………(殺気?いや…気のせいか…?)」



「…………………」

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