彼等
かつては誰もが都会と称した瓦礫の山で、二人の子供と怪物が向かい合っていました。いえ、子供と言うには少し無理があるかもしれません。
なぜなら子供はあんなに大きいヘッドギアを付けたまま俊敏に動けませんし、あんなに大きな、自分の倍のあるような長さの杖を振り回すことなんて出来ませんから。
「サレナ!12時方向に二本腕1、左からの振り下ろし来るよ!」
「了解!」
サレナと呼ばれたその子は、その振り下ろしを半身で躱し、そのまま滑らかな動きで杖を短く持ち替え、振りかぶります。
そして振り下ろされた腕のちょうど真ん中、人間で言うなら肘のあたりに叩きつけました。
すると不思議なことに、到底「斬る」事なんて出来ないような見た目の杖なのに怪物の腕はまるでバターの様に切り落とされます。
落ちた腕のようなものはそのまま肉が焼けるような音と共に少しの灰を巻き込み、ほどけて消えていきました。
サレナはその方向を少しの間見つめていましたが、すぐにヘッドギアの子から鋭い声が飛びます。
「気を抜くな!まだ倒しきってないからちゃんと敵見て!」
「見てってなんだよ!目ぇ塞がれてるのに何を見ろって?」
「屁理屈こねない!死ぬよ!」
よく見ると、杖を持ったサレナという子の目は、頭ごと縛るようにして完全に塞がれていました。
「kxaaaaa!」
耳をつんざく不快な声を上げて、怪物はサレナを叩き潰そうと覆いかぶさってきます。あの怪物、声出せたんですね。
「残った右腕振り回して来る!右から来るから伏せるか杖立てて受け切って!」
「このまま受け切れる!」
自分の身の丈よりも大きい怪物が自身の重さを利用して振り回して来る腕を、
「っっ!ッくぁぁあラァっ!」
金属ともなんともつかない、耳をつんざく嫌な音を立て、サレナは垂直に杖を立てて完全に受け切った上に、そのまま振り回された腕を真上に跳ね上げました。
しかし、その衝撃でサレナの足元の地面は崩れそうになっています。
それに気付かずサレナは杖を槍投げの様に構えて怪物のガラ空きになった胴体に突き刺そうとして
「サレナ足元崩れる!二時方向に飛び込んで!」
ヘッドギアの子の叫び声と同時に、構えていた杖を抱え込んでごろごろと転がり、怪物の脇を抜けて後ろに回りました。
もう一度杖を構えますがまた、ヘッドギアの子からの指示が飛びます。
「振り回しもう一回来る!これは伏せて躱せ!」
「了解!っとひゃぁっ!」
伏せた拍子にサレナの背中まである髪がなびき、先を少し怪物に持っていかれてしまいました。
「お前絶対許さん!」
何か思うところがあったのか、サレナが吠えます。
そこにこの戦闘最後の指示が飛びました。
「一時方向目の高さ少し上にコアあるよ!そのままぶち抜いちゃえ!」
「合点!てぇりゃぁぁ!」
槍投げのようにサレナが投げた杖はその軌道を保ったまま、怪物のコアと呼ばれた部分を寸分違わず撃ち抜きました。
まるで粘土を殴るような、あるいは生肉を引き裂くようななんとも形容し難い音を立てて、コアを先端に引っ掛けたままの杖が背中から抜けていきます。
それと同時に、その二本腕だった怪物は動きを止めました。
「ふうっ。破壊完了っと。」
一息ついたサレナが杖を取りに行こうとしますが。
「熱っ痛い痛いいった!」
しかし足をかけた怪物の体が溶け始めたのに巻き込まれそうになりました。
「何やってんのよサレナ…死体に殺されたなんて笑えないよ?」
「笑うような相手なんて居ないから良いの!」
「ここにあたしがいるのを忘れた?」
「こいつと同じ目にあいたいかね?」
「すいませんごめんなさいゆるして」
「よろしい。」
漫才の様なやりとりを繰り広げながら二人がぼーっと怪物が溶け切るのを待っていると、サレナの頭に水滴が落ちてきました。
「あ、雨だ」
ぽつぽつと降り始めた雨はたちまち土砂降りとなって、二人を早めのシャワーに誘います。
「わわわっ!ちょっと屋根!屋根どこかに無い?」
「え?でも杖が…」
「雨宿り優先でしょこれは!後でも取りに行けるからとりあえずいくよー!」
幸い、二人がいたところのすぐ近くには辛うじて昔の形を保っている瓦礫がありました。そこに駆け込んでほっと一息つきます。
「ふぅ…一難去ってまた一難ってところか。ねぇヴィーナ?あれだけ怪物どものコアを正確に当てられるのになんで天気まで分かんないの?」
「無茶言わないでよサレナ。こいつにそんな便利機能なんて付いて無いの!そんなに言うなら自分で身に付けてみれば良いんじゃない?」
「それこそ無茶言わないでよー。第一、そんなこと出来ても奴らを殺すのに何の意味も無いじゃない。」
「まあ確かにそうね。あ、サレナもそれ乾かさないと後で重くなるよ?」
どうやらヴィーナと言う名前らしいヘッドギアの子は、サレナと軽口を叩きながらもてきぱきと濡れてしまった服を干していき、奥の方にごろんと横になりました。
「…ねぇサレナ。怪我とかしてない?」
「いきなりどうしたの?今回は被弾無いよ。まぁ髪は少し持ってかれちゃったけど…。ヴィーナ1番近くで見てるじゃない」
「二本腕相手には何時もどこか負傷してたからさ。今回は大丈夫だったかなと思って。うん。大丈夫ならいいの。気にしないで。」
「ん、分かった。わたしも休むからさ、ちょっとそっちに詰めて貰える?そんな占領してると上乗るよ?」
「分かったから乗るのはやめてね重いから」
「よろしい。」
気遣いと軽口が表裏一体になる程度には仲良しな様です。
横になってしばらくすると、ぽつりとヴィーナが口を開きました。
「…今日ので…何体倒したかな。」
「数えてないけど…50は超えたんじゃない?」
「もうそんなに倒したのか…。他の子達がどうなのかは知らないけど…奴ら、全然減らないね。」
「まぁ、わたし達が眠りから目覚めてまだそんなに時間経ってないものね。地道に減らすしかないと思うよ。銃も爆弾も、わたしたちは持ってないんだから。」
ヴィーナは丸腰ですし、サレナの武器も多数を一度にせん滅するには向きません。ヴィーナがぼやくのも仕方ないことではあります。
「実を結ぶのか分からない努力ほど疲れる物はないよ…。あたし達みたいに戦う理由が無い子達は何で神経保ってるんだろう?」
「少なくともわたしたちは、あの夕焼けをもう一度見たい。わたし達が戦う理由はそれで良いじゃない?」
二人には戦う理由がありました。世界が終わった後、すぐに目覚めた者たちはそれぞれに使命と理由を持って最初の一歩を踏み出しています。
一人一人の理由は様々でしたが、二人の持つ理由は「昔見た夕焼けをもう一度見る」事。
怪物達を全て倒し尽くし、人間の時代を復活させ、昔のその日と同じ夕焼けを見る事です。戦う理由は、それで十分でした。
「会ってもいない他の子達の事はこの際考えても仕方ないしさ、ほらもう寝よ?あなたが平常運転じゃないと私まで危険なのは忘れないで。わたし達は二人で一つなんだから。」
いつかその日を夢見ながら、彼らは暫しの眠りに着きます。
眠りについて丁度1時間。サレナがむくりと起き出してきました。しかし、どうも様子がおかしいようです。先程の喋りながらもてきぱきとした動きからは想像も付かない、酔っ払った蝸牛のようなふらふらと緩慢な動きです。
サレナはそのまま、雨宿りしていた瓦礫からふらふらふらと這い出すと、何かに導かれる、というより引っ張られるように一点を目指して歩き出しました。
体はぐらぐら揺れているのに、視線だけが奇妙に一点を目指して固定されています。
瓦礫の山の上、昨日彼らが怪物を倒した場所に辿り着きました。サレナは立ったままこれまたふらふらと、何かを探しているように辺りを見渡しています。
「………………………ン」
しばらく何かを探していたサレナは足元の瓦礫を掘り返し始めました。どうやら探していたのは杖だった様です。
足元が覚束ない中でもしっかりと杖を握り締めたサレナは、そのまま電池が切れた様にぱたっと倒れてしまいました。寝てますねこれ。雨が止んでいたからよかったものの、こんなところでよく寝られるものです。
人工の光が全て無くなった世界で、また夜が明けました。
「……ふぁ…ん…?あれ?サレナ?」
翌朝、目を覚ましたヴィーナはまずサレナがいない事に気が付きました。確かに昨日隣で寝ていたはずなのに、サレナの姿は何処にもありません。
「何処行ったんだろ…」
のそのそと瓦礫から這い出して、さて何処から探そうかと辺りを見渡すと、
「んあ?ヴィーナおはよー…ふぁ…」
「あ、いた。サレナあなた何処行ってたのよ?起きたらいないからびっくりしたわ。」
「んー…わたしもよく分からないのよね…いつの間にか外に居るし、杖も見つけてるし、身体中痛いし…」
「ふーむ…夢遊病ってやつなのかな?」
「このわたしに限ってそれは無いよ…あぁ…ねむ…」
あの夜、杖を探しに行った記憶はどうやらサレナには無い様です。身体が痛いのは…あんな瓦礫の中で寝てた自業自得ということでしょう。
「んーっと!それじゃあ今日も張り切って行きましょう!」
「了解!よし出発!」
朝の伸びを一つして、彼等は今日も歩きます。あの醜い怪物を殺す為に。殺して、殺して、彼等の存在意義を果たす為に。その先に何が待つのかは、取り敢えず考えないでおきましょう?
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