第7話 海を越えて

ホライ、ロゼ、そしてリーゼの三人はジヨーセンの町まで足を運んだ。

ホライ達がジヨーセンの町まで到着すると、以前のような活気を取り戻していた。客寄せの声や旅行客のおしゃべり声などたくさんの声が入り乱れてうるさいくらい賑わっていた。

「わあっ…この町ってこんなに賑やかなところだったのですね…。」

「うん、やっぱりこの町はこのくらい賑やかじゃないとね。」

「それじゃあ二人とも、まずはニコル先生の所に挨拶に行こうか。旅を始めたらしばらくは会えなくなるからね。」

「はーい。」

ロゼの導きでホライ達はニコルの家を訪ねた。

海賊がいなくなったことでニコルの家にかけられていた厳重な鍵は外されていて、ホライ達がノックするとすぐに家のドアが開かれた。

「ニコル先生、おはようございます。」

「ホライ君にロゼさん、それにリーゼさん…。こんな朝早くから何の用ですか?」

「ニコル先生、私たちはこれから旅に出るのです。今回はその挨拶に立ち寄らせて頂きました。」

「…旅?」

ロゼはニコルに旅に出るに至ったいきさつを説明した。

「…なるほど、ホライ君も自分の力の秘密を探しに行くのですね。それはいい事です。」

「うん、勇者も持っていた光の力の謎を解き明かすんです!」

ホライがそう答えると、ニコルは地図を引っ張り出してホライ達に見せた。ニコルはペンの先で今いる所から東に進んだところにある大陸を指した。

「それならば『ジマシアン』に行くのが良いでしょう。あそこは魔導の力についての研究が進んでいる魔導大陸とも呼ばれる地です。きっと君の光の力についての秘密も分かるかもしれません。」

「ジマシアン…、魔導師たちの集う大陸か…。行ってみる価値はありそうだ。」

「リーゼの宝石の手がかりがない今はそこに向かうのがいいと思いますが…。リーゼ、あなたは大丈夫ですか?」

「わ、私は大丈夫です。本来ならここの次にジマシアンを目指すつもりでしたので…。」

「それなら、さっそくジマシアンを目指すとしようか。」

「おー!」

「お…おー!」

ホライが手を上げるとリーゼも遅れて手を上げた。

そしてホライは地図をしまおうとするニコルを声をかけて引き止めた。

「あ、そうだ。ニコル先生も一緒に旅に出ませんか?」

「私も?何故ですか?」

「ほらニコル先生って頭がいいから、旅についてきてくれたら色んなことを教えて貰えるかなって思って…。」

「お誘いしてくれるのは嬉しいですが、私の知識はきっとこの先の旅ではあまり役に立てないと思いますよ。ジマシアンやその他の大陸ではきっと私の知らないことばかりなはずですから。」

「うーんそうなんですか…。一緒に来てくれたら心強かったのに…。」

「君たちが旅で見てきたことや知ったことは、旅が終わったら聞かせてもらうとしましょう。よければ宿題として各大陸の特色をレポート用紙に書いてまとめて…」

「うわわわっ!それはいいよニコル先生!」

「冗談ですよ、楽しい旅に水を差すつもりはありません。さてそろそろジマシアン行きの船がこの町に着く頃ですよ。」

三人が窓から港を見ると、一隻の船が港に到着しようとしていた。

「本当だ、私達も行かなければ…。ニコル先生、それではお元気で。」

「待ってください。あなた達の旅立ち、せめて港まで見送らせてください。」

ニコルはそう言うと、港に向かう三人についていった。

三人が港の船着場に着くと、ジマシアン行きの船もちょうど船着場に到着していた。

「ではニコル先生。お世話になりました。」

「お元気でいてくださいね。」

「あなた達もお元気で、何か困ったことや私の知識が必要であればいつでも頼ってください。私はこの町にいますから。」

「うん!ニコル先生、それじゃあね!」

三人はジマシアン行きの船の乗船券を片手にニコルに見送られた。

ニコルは三人が船に乗るまでずっと手を振って見送ってくれたのだった。


ホライ達は船に乗って、用意された部屋に行こうとした。

その途中で船の上を掃除している船員を見かけたが、その姿は見覚えのある大きな背中だった。

「あっ…もしかして…、モカジ!」

「んん?おぉ、ホライじゃないかぁ。」

モカジはバケツを持ってホライ達の元にやって来た。

「モカジさん、おはようございます。」

「おぉ。リーゼとそれにロゼまで。三人でお出かけかなぁ。」

「ううん、僕達旅に出るんだ。」

「ありゃぁ、旅に?もしかしてリーゼの探している宝石を探しにかぁ?」

「はい、それとホライさんのブローチと光の力の秘密を探すために…。」

モカジはその話を羨ましそうに聞いていた。一通り聞き終えると軽く地団駄を踏んだ。

「うぅ~楽しそうでいいなぁ。俺もついていきてぇよぉ。」

「確か船乗りになるために、ここで修行をするんだったっけ。」

「そうだぞぉ。今は雑用からだけどな。でもホライ達の旅にも行ってみたいなぁ。」

モカジが羨ましそうにしていると、リーゼが彼の前に立って宥めるように話しかけた。

「モカジさん。もしかしたら私達、これから色んな大陸を回ってくるかもしれないのです。その時にまたこの町の船に乗っていくので、せめてその時だけは一緒に旅をしませんか?」

「おぉー、そうなのか。それだったら俺も一緒に旅してる気分にちょっとだけなれるかもなぁ。」

「その時は僕たちの旅の思い出も話してあげるからさ、モカジは船に乗ってる時にあった事とか話してよ。」

「面白そうだなぁ。よーし、俺も雑用から抜け出して立派な操縦士になるぞぉ。そしたら俺が見てきた大陸の話とかたくさんしてやるからなぁ。」

「うん、約束だよモカジ!」

ホライ達はそう言ってモカジと別れた。モカジは引き続き船の掃除に取り掛かり、ホライ達は自分たちの部屋に荷物を置いてゆっくりしていた。


ホライ達が休んでいると、船は錨を上げてジヨーセンの町を離れた。

流れる波の音とカモメの鳴き声が船室からも聞こえていた。

「ねえロゼ、ジマシアンにまでどのくらいかかるかな。」

「そうだね…大体2時間ほどかな。」

「2時間かあ…暇だなあ…。」

「ホライさん、歴史書を読んで時間を潰すのはどうでしょうか?確かいくつか持ってきてましたよね。」

「うーん…船で本なんか読んだら酔っちゃうかもしれないからな…。」

ホライは暇を持て余して船室にあるベッドの上で横になった。

「着くまで寝てるかい?」

「そうしてようかな。横になったら眠くなってきちゃったし。」

「わかった。風邪をひかないようにちゃんと布団をかけるんだよ。」

ホライはフカフカのベッドの気持ちよさにあっという間に引き込まれて眠りについた。

そんなホライにかけられた布団を整えて彼の気持ちよさそうな寝顔を嬉しそうに見つめていた。

「ふふふ、気持ちよさそうだな。リーゼも寝るかい?」

「私は…ちょっと外に出て景色を眺めてきますね。」

「了解。気をつけてね。」

リーゼはペコリとお辞儀をして船室を出た。

ロゼは静まった船室で到着を待っていたが、次第に自分も眠くなってきたためホライの隣のベッドに横になって眠りについた。


それから10分ほど経ち、ホライは目を覚ました。

「ん…ロゼ…?ロゼも寝ちゃったんだ…。あれ、リーゼがいない…。」

自分の隣でロゼが眠っているのを見かけたが、リーゼが部屋にいないことに気がついた。

ホライはロゼに書き置きを置いて、リーゼを探しに船室を出たのだった。

ホライが甲板に出ると、他の乗客達も甲板に出て景色を見たり潮風を浴びたり、飛んでいるカモメ達に餌をあげていた。

ホライは体を伸ばしてあくびをすると、改めてリーゼを探しに甲板を探索した。

「リーゼー?リーゼー?どこ行ったのー?」

ホライが甲板をウロウロしていると、海の向こうを眺めるリーゼの姿を見つけた。ホライはそんなリーゼに近寄り、ちょっと背伸びをして肩を叩いた。

「リーゼ!」

「あっ、ホライさん…。」

「海を見てたの?」

「うん、昨日乗った時は見れなかったから…。」

ホライはリーゼの隣に立って一緒に海を眺めた。ホライが海の波の動きに目を奪われていると、リーゼがホライに話しかけてきた。

「あの…ちょっと聞きたいことがあるのですけど…。」

「ん?どうしたの?」

「ホライさんの…見えざる部分ってどういう事なのですか…?」

「…?」

「いえ…旅を始める前に、ロゼさんと話していましたよね。見えざる部分とか…本当の自分とか…。私にはなんの事を話しているのか分からなくて…。」

ホライはそれを聞くと、軽くため息をついてから体をリーゼの方に向けた。

「うーんと…これを話すとけっこう長くてややこしい話になっちゃうけどいいかな?」

「は、はい。私は大丈夫です。」

「わかった。じゃあ話すよ…。」

ホライは頭を軽く掻いて話を始めた。

「まずさ…僕実は孤児なんだ。」

「えっ…!?」

「十年くらい前に、スナエコの村近くの浜辺でボロボロになって倒れてたのをロゼに助けてもらって…」

「ま、待ってください!」

驚くリーゼを置いてホライはたんたんと話を進めようとしたが、リーゼはそんなホライを慌てて止めた。

「孤児って…ホライさんは家族に捨てられたのですか…?」

「いや…それも分からないんだ。だってロゼに助けてもらった時、記憶喪失になってたんだよ。」

「記憶喪失!?じゃあ誰が捨てたかも、どんな人が家族だったのかも思い出せないのですか…!?」

「うん…。覚えてたのは自分の名前だけだったんだ。」

「そんな…。」

リーゼはホライから聞いた話を自分の事のように受け止めて震えていた。

「助けてもらってすぐの時は、色んなものが怖くてずっと怯えてたんだけど…。ロゼが僕に優しく接してくれたから段々と落ち着いてきたんだよね。」

「ロゼさんが…それはよかった…。」

「だけどいつまで経っても何をしても思い出せなくてさ…。結局僕もロゼも諦めちゃったんだよね。」

「でも…それで良かったのですか…?」

「仕方ないよ、思い出そうにも名前しか思い出せないんだし…。手がかりもあのブローチしかなかったんだ。」

「ブローチ?あの盗まれたブローチですか?」

「うん…僕の服のポケットに入ってたんだ。あの時はただの赤い宝石だったけど、ロゼがブローチにして僕にプレゼントしてくれたんだ。だから…盗まれた時は悲しかったな。」

ホライが海から空に視線を移していると、チラッと横でリーゼが申し訳なさそうな顔をしているのが見えた。

「あの…ごめんなさい。嫌な思い出をむし返すような事をしてしまって…。」

「いやいや、こっちこそ。せっかくの旅の始まりなのに辛気臭い話しちゃってさ。」

「…ホライさんの本当の姿、それにブローチ…、私も頑張って探します。ホライさんのためにもロゼさんのためにも…。」

リーゼは顔を上げて決心がついたような顔をホライに見せつけた。

「リーゼ…うん、ありがとう。リーゼの宝石も見つけようね。」


時刻もお昼になって、船では船内食の販売が始まっていた。乗客が次々とご飯を買いに販売所に足を運んだ。

「あ、ホライさん。お昼ご飯が売られてますよ。ロゼさんの分も買いに行きましょ。」

「うん、ところでさ…。」

ホライは販売所に向かうリーゼを引き止め、リーゼもぴったり止まってホライの方を向いた。

「ホライさん、どうかしましたか?」

「いつまでの付き合いになるか分からないけどさ。せっかくの旅だし、お堅いのはなしにしたいんだ。」

「は、はい。」

「だからさ、僕のこと『ホライさん』じゃなくて、呼び捨てで呼んでよ。」

「ほえ?よ、呼び捨て…?」

「うん。長い旅になるならさ、気軽に話しかけられたほうがいいじゃん。僕もリーゼの事は呼び捨てにしてるんだからリーゼもいいよ。」

「え…で、でも…」

リーゼは突然のことにどうすればいいかとモジモジして困っていた。

「リーゼは僕より年上でしょ?僕12歳だよ。」

「えーっと…私は14歳…ですけど…。」

「じゃあ呼んでみてよ、『ホライ』って。」

ホライは無垢な顔でリーゼに話したが、リーゼはその無垢な顔に妙な圧力を感じていた。

リーゼは呼び捨てに慣れておらず、顔を赤くして口をもごもごと動かしていた。

「あ…えーっと…ホ…ホラ…」

「うんうんその調子、声を振り絞って!」

「ホ…ホラ…ホライ!!」

「うわわっ!?」

リーゼは自分が思ってた以上の声を出してしまい、自分でも驚いていた。

その後恥ずかしさのあまり、手で顔を覆ってしゃがみこんでしまった。

「うぅ…やっぱり慣れてないからできません…。」

「ご、ごめんねリーゼ…。無理なら『ホライさん』のままでいいから…。」

「ごめんなさい~…。」

「さ、ご飯買いに行こっか!立ってよリーゼ!」

ホライはリーゼを立ち上がらせて販売所へと向かった。リーゼはまだ顔を赤くしていたが、少し籠った声で再びホライに話しかけてきた。

「…あの、ホライさん。」

「ど、どうしたのリーゼ…。」

「今はまだ…呼び捨ては出来ませんけど…。その…まずは『ホライ君』って呼んでもいいでしょうか…?」

「ホライ君…。」

「い、いやなら大丈夫ですから…。私も呼び捨てできるように頑張りますから…。」

「ホライ君、いいね。じゃあ今度からそう呼んでよ!」

「ほえ?い、いいのですか…?」

「うん。まずはそこから始めてさ、もっと仲良くなったら呼び捨てで呼んでみようね!」

「は…はい。ホライ君!」

ホライはリーゼの手を引っ張って販売所へと向かった。リーゼの顔はどこか嬉しそうに頬を緩ませていた。


二人は自分の分とロゼの分のお弁当を買って自分たちの船室に戻った。

二人が船室に戻ると、ドアの開く音に反応してロゼが目を覚ました。

「ロゼさん、ただいま戻りました。」

「ご飯買ってきたよー。」

「おや、わざわざありがとう。私としたことがすっかり眠りに落ちてしまったようだね…。」

「仕方ないよ、ここの布団フカフカで気持ちいいし。」

「ふふふ、ホライ君ぐっすり眠ってたもんね。」

(ホライ…君…?)

「ロゼ、さっそく食べようよ。ここの船のご飯けっこう美味しいみたいだよ!」

「あ…ああ。そうだね、いただくとしようか。」(…また私の知らないところで仲を深めたようだねホライ。本当に君は油断出来ない子だ…ふふふ。)












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