第4話 光の力

すっかり日も落ちて、灯台の中は海賊達の大きないびきが鳴り響いた。

ホライとモカジは全員が眠ったのを見計らって計画を実行した。

「よしよし、みんな眠ってる。お酒に睡眠薬を仕込んだのはいい作戦だったね。」

「そうだなぁ。みんなぐっすりだぞぉ。」

「それじゃあいよいよ始めようか。僕は親分の部屋に行って指輪と盗まれた物を回収してくる。モカジは船を出港する準備をしてきて。」

「あいあいさぁ。」

二人はさっそく二手に分かれて行動を始めた。

モカジは海賊船に乗り込んで出港の準備にかかった。

「えっと…まずは帆を張らねえとぉ。」

「あれ…?ホライさん…?」

「!」

モカジの前に、ホライが帰ってきたと思って顔を出したリーゼが現れた。

「ホ、ホライさんじゃない…?海賊さん…?」

「び、びっくりしたぞぉ…。もしかしてあんたがホライの言っていたリーゼって言う女の子かなぁ?」

「は、はい。リーゼ・オーブリスクと申します。」

「やっぱりかぁ。俺はモカジ、ホライの仲間だぞぉ。」

モカジはリーゼにこれまであった事やホライの状況を説明した。

「ホライさん…大丈夫かな…。」

「大丈夫だぞぉ。睡眠薬でみんなぐっすりだからきっとすぐに帰ってくるぞぉ。ホライが帰ってきたらすぐに出られるように、今のうちに出港の準備だぞぉ。」

「は、はい。私も何か手伝います。」

モカジは船を出港させる準備にとりかかった。リーゼはモカジを手伝いながら、灯台に残っているホライの身を案じていた。

「ホライさん…。」


ホライは物音を立てないよう慎重に上へと上がって行った。

親分の部屋の扉をゆっくりと開けて周りを見渡すと、テーブルに着いたまま眠る親分の姿が目に入った。

(狙い通りぐっすり眠ってるな…。よーし…。)

ホライは忍び足で部屋に入り、無防備な親分の手をとって人差し指に嵌めていた指輪を抜き取った。

(やった…!あとは…急いで他に盗まれた物を…!)

ホライの心臓は大きく鼓動していた。親分が深い眠りについていることは分かっていながらも背中には悪寒が走っていて、嫌な汗が頬をつたっていた。ホライは手を震わせながら飾られている装飾品をとにかく袋に詰め込んでおぼつかない手で袋の口をキツく締めた。


(これで全部…!あとは船に戻るだけだ…!)

ホライが袋を抱えて親分の部屋から出ようとしたその時、聞き覚えのある女の子の声が聞こえてきた。

「なにやってるんだい?」

「…!!」

ホライが咄嗟に振り返ると、海賊の親分が目を覚ましてホライの真後ろに立っていたのだった。

「うそ…!?眠ってたはずじゃ…!?」

「新入りが何を考えてるか分かったもんじゃないからね、あんたを警戒してたのさ。当然、あんたが運んできた料理にも手をつけずにな。」

「…っ!!」

「そしたら案の定あんたはアタイの宝を盗みに来た。アタイってばカンが冴えてるね。」

海賊の親分は髪をなびかせて不敵に笑ったと思うと、次の瞬間ホライを睨みつけた。

「さてと…。このシノイ・カンナヅキ様を出し抜こうだなんて…。覚悟は出来てるんだろうね…?」

「くっ…!」

シノイと名乗った海賊の親分はさっきよりも低音を効かせた声でホライを威圧した。

ホライは念の為持ってきていた木彫りの剣を手に持って、シノイの方に向けた。

「く、来るなら来い…!こっちだって容赦しないぞ…!」

「ふん、なんだい。あんたアタイに勝てると思ってるのかい?」

「そっちこそ!お前の部下の海賊たちは睡眠薬を飲んでみんな下で眠りこけてるぞ!それにあんただって武器も持ってないじゃないか!」

「はっはっはっ!そんなので勝算があると思ってたのかい!おめでたい奴だよ!」

「な…なに…!?」

シノイがそう言うと、大きく息を吸い込んでとてつもない大声を発した。

「野郎どもおおおお!!!とっとと起きやがれええええええ!!!!」

至近距離でそれを聞いたホライはキーンと鳴り響く耳を抑えていた。すると下の階からざわざわと騒ぎ声がかすかに耳に入ってきた。

「お、おいなんだ…?親分の怒鳴り声が聞こえたぞ…?」

「おかしいな…まだ夜だぜ…?」

「う、うるせえとにかく急ぐぞ!」

下の階から海賊たちが駆け上がってくる音が聞こえてきた。

「お、親分何があったんで…ああ!お前は新入りじゃねーか!!」

「どうだ?こいつらはアタイの声一つですぐに駆けつけるように教え込んでいるのさ。睡眠薬なんか効かないよ。」

「そんな…!」

親分の部屋の中に次々と海賊達がなだれ込み、ホライの姿、袋から見えていた宝石類、部屋に飾られていた装飾品が無くなっていたことから全てを察して騒ぎだした。

一方その頃、海賊船に乗り込んでいたモカジとリーゼは灯台から聞こえたシノイの大声に驚いて準備のする手を止めた。

「な、なんの声ですか…?」

「あ、あの声はぁ…親分のぉ…。まさかホライの奴バレちまったのかぁ…?」

「ホライ君…!」


「お前たち、このガキがどうやらアタイ達のお宝を盗もうとしたんだ。」

「な、なんだって!なんてガキだ!」

「俺たちを騙してやがったのか!!」

「親分!こんなガキやっちまいましょうや!!」

海賊達はホライに大騒ぎして罵声を浴びせてきた。ホライは罵声を浴びせられていたが、頭の中でこの絶望的な状況をどう打開するかを必死に考えていた。

「どうだい?これでも勝てると思えるのか?黙ってないでなんか答えろよ!」

(こんな数の海賊を相手になんか出来るわけない…!かと言って逃げられないし…!)

「おやぶーん!どうするか決めてくださいよー!!」

「親分が殺せと言ったらすぐにでも殺しちまいますぜ!」

「親分のお得意のアレでやっちまいますか!?」

海賊達の野次が飛ぶ中、ホライはシノイの方を向いて指を指した。

「へっ、なーんだ。海賊の親分のくせに何もかも部下頼みか。」

「なに?」

「あんたと同じくらいの歳のガキを始末するのに、わざわざこんな数の部下を呼ぶなんて。さては1人じゃ僕を倒す自信が無いんでしょ。」

「…。」

「そう言えばジヨーセンの町で略奪をする時にいなかったよね。何もかも部下に任せちゃって、本当はそんなに強くないんでしょ?」

「………。」

ホライはシノイに向けて挑発をあびせだした。シノイはホライから受けた挑発をじっと黙って聞いていた。

「な、なんだとこのガキが!!」

「生意気なことほざきやがって!!」

「ぶっ殺してやらぁ!!」

「お前たち!!!黙りやがれ!!!」

騒ぎだした海賊達をシノイは怒鳴りつけて黙らせた。

「…お前たち、早くこの部屋から出ていきな。」

「え?で、でも…。」

「アタイの言うことが聞けないってのか!!」

「は、はひぃぃ!!」

あれだけ威勢よく騒いでいた海賊達は逃げるように部屋から出ていき、下の階へと下がって行った。

(よし…!上手くいった…!一体一に持ち込めば勝てるかもしれない…。親分さえ倒せば親分に頼りきりだった部下達はバラバラになるはず…!)

ホライの挑発はシノイと一体一で勝負するための作戦だった。作戦が上手くいったホライは再び木彫りの剣をシノイの方に向けた。

「よし、かかってこい…!お前なんか怖くないぞ!」

「…さない。」

「え?」

シノイは突然俯いて小声で何かを呟き出した。

「許さない…!アタイのことを馬鹿にして…!!あんたみたいなチビのクセにぃ…!!」

「え?え?」

シノイは悔しそうな顔をホライに向けた。その目には涙がほろりと落ちていた。

「あんたなんか…!あんたなんか…!アタイがぶっ潰してやる!!!」

シノイはどこからともなく大剣を取り出して

片手で持ち上げてみせた。

「うわわわっ!?い、今どこからそんなものを…!?」

「覚悟しろこのチビー!!!」

シノイは大剣を大きく振り下ろして地面にたたきつけてきた。

ホライが咄嗟に避けてシノイの方を見ると、シノイは悔しそうに泣きじゃくりながら大剣を担いでこちらに向かってきて、めちゃくちゃに大剣を振り回してきた

「この!!この!!絶対に!!許さないぞ!!アタイを!!馬鹿にしたこと!!後悔!!させてやるからな!!」

(な…なんだよこの子…!もしかしてあの挑発がそんなに傷ついたのか…!?見た目も子供だけど中身も子供じゃないか…!)

ホライは妙な気迫に気圧されてただひたすらに逃げ回っていた。


大剣を軽々と持てるとはいえ、ホライの方が動きは素早く、ホライはシノイの一撃を次々と躱して徐々に距離を置いてきていた。

(相手の間合いから離れた…。あとは相手が隙を見せてくれればいいけど…。)

「このチビ!ちょこまか動きやがって!!これでも喰らえ!!」

シノイが勢いよく前方に大剣を振りかぶると、衝撃波が床を切り裂きながらホライの方に飛んできた。

「えっ!?こ、こんな攻撃まで…!?」

「喰らいな!!『空薙(からなぎ)!!』」

ホライはこれをなんとか躱したが、衝撃波が激突した壁には大きな穴が空いていた。

「!!」

「どうだい、驚いたか!まだまだいくぞ!!」

シノイは連続して衝撃波を放ちホライを追い詰めていった。

「まずい…!あんな攻撃を連続でされたら近づけないよ…!どうすれば…」

シノイがめちゃくちゃに大剣を振り回したことで部屋の中はめちゃくちゃに荒れていた。カーペットやベッドはボロボロに切り刻まれて酒瓶も倒れて破片が散らばっているひどい有様だった。

(待てよ…これを使えば…。)

「ほらほらどこ見てるんだ!!」

シノイは続けざまに衝撃波を放った。さっきまでめちゃくちゃに振り回していたのでさすがに疲れが回ってきたのか、動きが鈍くなっていた。

「よっと!」

ホライは衝撃波を躱すとボロボロになったベッドのシーツを持ち出し、ぐちゃぐちゃに丸めだした。

「ふん!そんなもので何をしようってんだ!お前もそのシーツみたいに切り刻んでやるよ!!」

「出来るものならやってみろ!ほら!」

ホライは丸めたシーツをシノイの方に投げた。丸められたシーツは投げられた勢いで広がっていき、シノイの頭の上に覆いかぶさった。

「きゃっ!く、くそ!変な真似しやがって…!!」

シノイがシーツを乱暴に取り払って前を見ると、ホライの姿がどこにもなかった。

「なっ!?あ、あのチビどこに行った!!」

ホライは部屋にあった大きなタンスの裏側に回って姿を隠していた。

ホライは木彫りの剣を握りしめ、シノイが後ろを向いた隙をついてダッシュで接近した。

「なにっ!?」

「うおおおお!!」

シノイは近づいてきたホライに気がついたが、その時には既にホライが木彫りの剣を振り下ろしていた。

勢いよく振り下ろした木彫りの剣はシノイの頭に直撃し、シノイは倒れたのだった。


「や…やった…!やったぁ!海賊の親分を倒したぞー!!」

ホライはうつ伏せになって倒れたシノイを後目に木彫りの剣を高々とかがけて喜んだ。

ホライは木彫りの剣をしまうと、部屋の扉近くに置いてきていた宝物が入った袋を取りに向かった。

「宝物は…無事だ。よかった、切り裂かれてなくて…。」

ホライは袋を覗いて宝物が傷ついてないかをチェックしていた。一通り見て大丈夫だと分かったホライは再び袋の口を縛り、部屋を出ようとした。

しかしその時、ホライの背中に重たいものがのしかかってきた。

「ぐわっ…!!」

ホライはその重たいものの下敷きになりながら後ろに目を向けた。

するとそこには倒れたはずのシノイが立っていたのだった。

「どうだ…。アタイの剣、重たいだろ…?」

「き、気絶してたはずじゃ…。」

「あんなひ弱な攻撃、痛くも痒くもないわ!」

と言いつつもシノイは叩かれた頭を痛そうに抑えていた。

「詰めが甘いな。勝負ってのは相手を殺すまでに油断した奴が負けるんだよ!」

「くっ…くそぉ…!」

ホライは必死に踏ん張るも、大剣は重たく体の自由が効かなかった。

「よくもアタイの事を小馬鹿にしてくれたな…。まずはあんたの骨をバラバラに砕いてやる!!」

シノイはホライに乗せていた大剣に勢いよく踏みつけて体重をかけた。

「ああああ…!!」

「へっ、意外と丈夫な体だね。あとどのくらい重たくすれば骨が碎けるんだろうな?」

シノイは今度は大剣の上に乗り、その上で飛び跳ねてみせた。

「うわあああっ…!!」

ホライは苦しそうな声をあげたが、シノイは容赦なく体重をかけてきた。

「まだ砕けないのか?こうなったら…。」

シノイは一旦降りると、部屋の外に積んであった酒樽を持ってきた。

「今度はこいつを乗っけてやるよ。何個積めば砕けるだろうな?」

「くっ…や、やめろ…。」

「じゃあいくぞ!!」

シノイが酒樽を大剣の上に置こうとした。

「お、親分!!」

その時、部屋に一人の海賊が入ってきた。

一旦シノイは酒樽を床に置いてその海賊に話しかけた。

「…なんだい。これからいい所だってのに。」

「も、申し訳ございません!ただ、灯台に二人の侵入者が!」

「なに…?」

(侵入者…?ま、まさか…!)

「…連れてきな。こいつの仲間かもしれないからな。」

海賊は急いで二人の侵入者を連れてきた。

ホライの予感は的中し、海賊に連れてこられたのはリーゼとモカジの二人だった。

「リーゼ…!モカジ…!」

「あっ…!ホライさん…!」

「す、すまないぞぉ…。俺たちホライが心配になったから灯台に入ったら、海賊の奴らが起きてるって知らなくて…。」

「へっ、やっぱりあんたのお仲間かい。」

シノイは二人の方に足を運び、不敵な笑みを浮かべながら二人の顔を舐めるような角度で見つめてきた。

「そこのお前は新入りじゃないか。あんたも裏切り者だったとはな。」

「ご、ごめんなさいぃ…。」

「ふん、他人の稼ぎを自分のものにしようとする考えがここまで行き過ぎたとはな…。この軟弱者!!」

シノイはモカジの右の頬を思い切り殴った。

シノイよりも大きいにも関わらずモカジはぶっ飛ばされてしまった。

「あだだだだ…!」

「モカジさん!」

「や、やめろ…!!ふ、二人に手を出したら…!!」

大剣の下敷きになっているホライは声を振り絞るも、大きな声が出せるほどの力は残っていなかった。

「手を出したら、どうするんだ?そんな姿のお前に何が出来る?」

シノイは再び大剣に足を乗せてグッと体重をかけた

「ぐああっ…!!」

「ホ…ホライぃ…!」

「や…やめて…。二人をこれ以上いじめないでください…!」

リーゼがそう言うと、シノイはおもむろにリーゼの方へと向かい彼女の頬に手を置いた。

「さあ、これからアタイはこの女をぶん殴るよ?そしたらあんたは何をしてくるんだ?そんなボロボロの体で何ができるんだ?」

「あああ…!」

「…!!やめろ!!離れろ!!」

「あんたはそこで、こいつらが嬲られるのを黙って見てな!!」

「やめろーーーーー!!!」

シノイが手を振りあげたその時、大剣の下敷きになっていたホライの体が突然強く光りだした。


その光は徐々に輝きを増していった。シノイはそれに気がついて後ろを振り向き、その場にいた誰もがホライの方に目を向けた。

「な…なに…?」

「ホライが…光ってるぞぉ…!」

「い、一体何が起こってるんだ!?」

全員が動揺しながらホライの方を見ていると、突如ホライは大剣を吹き飛ばすほど大きく飛び起き、シノイの前に立ちはだかった。

「う、嘘だ…!あんなにボロボロだったお前がなんで…!?」

「…。」

「うわあっ!?」

ホライは光を放ちながら、シノイの腕を掴んだ。そしてそのままシノイを持ち上げて、部屋の壁に叩きつけるようにぶん投げたのだった。

「す、すげぇ…。」

「ホライさん…!?」

ホライの体から放たれていた光は段々と収まってきていたが、その光はホライの腕に集まってきていた。そしてホライは激しく息を切らしながらシノイに近づいていった。

「…もう許さない。お前なんか、ぶっ飛ばしてやる!!」

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