第2話 不思議な少女
「…じゃあホライ君のブローチを探しに行くのですか?」
「ああ、あのブローチは彼にとってとても大事なものなんだ。なんとしても見つけてあげないといけない。」
ロゼは探検用の服に着替えて、入念に準備をしていた。
そんなロゼをファンの女性達は心配そうに見つめていた。
「でも危険なのでは…?もしも怪我をしてしまったら…。」
「…すまないレディ、大事な人の大事なものを失くしたままにしておくわけにはいかないんだ。」
ロゼは決心した顔つきで女性達に答えた。
「そう言えば聞いたことがあるのですが…」
「ん?どうしたんだいレディ?」
「最近東にある港町で、指輪や宝石が盗まれる事件が起こっているみたいなんです…。」
「…なるほど。詳しく聞かせてくれないかい?」
ロゼは背負おうとしたリュックを床に置いてその女性からの話を聞いた。
「あっ…えっと…。どうやら最近港町に海賊がやってきたみたいで、その海賊たちが港町に住む人々から金品を奪っているらしくて…。」
「そうか…。分かった、ありがとうレディ。」
「も、もしかして港町に向かうのですか!?」
「いや、行かないさ。まずは祠に向かう。もしも祠になかったら…少し考えさせてもらうよ。それでは…。」
ロゼは再びリュックを背負って祠へと向かったのだった。
「…もしかして余計なこと言っちゃったかしら…。」
「ど、どうするのよロゼ様が海賊と戦うなんてなったら!」
「でもロゼ様がそんな無茶なことを…」
女性達がロゼの心配をしている横で、ホライはその話を盗み聞きしていた。
「海賊が金品を奪っている…?もしかして僕のことを襲った奴らって海賊の一味だったのかな…。」
ホライは一度家に戻り、布団の上で横になりながら海賊のことを考えていた。
「…海賊の仕業だとしたら、あんなに強い奴が海賊にいるのか…。下手に逆らったら今度こそ殺されるかもな…。」
ホライは身震いをしながら顔を枕にうずめた。
大事なブローチを取り返したいのに、海賊があんなに強かったら取り返すのは無理だ。やるせない気持ちでいっぱいになったホライは足をバタバタさせて悔しがっていた。
そしてひとしきり悔しがったホライは眠くなってしまい、そのまま一眠りつくのであった。
「うーん…あれ…?寝ちゃったのかな…?」
ホライは枕元に置いてあった時計を見ると、時計の短針は12時を指していた。
「まだお昼の12時か…。そんなに寝てなかったんだ…。ロゼもまだ帰ってきてないし、もっと寝てようかな…。」
そう思って再び目を閉じた矢先にホライの腹の音が鳴った。それと同時に空腹感を感じるようになった。
「お腹すいちゃったな…。なんか食べようか。」
ホライが起き上がってロゼの用意してくれた昼ごはんを食べようとしたその時、外から誰かの泣いている声が聞こえてきた。
ホライはその泣き声を聞いて家を飛び出すと、老婆が俯きながら泣いていたのだった。
「お~いおいおい…」
「あれ…?ヨミおばあちゃん…?どうかしたんですか?」
「おや…そこにいるのはホライ君かい…?」
ヨミという名の老婆はホライに気がつくと、俯いていた顔をあげてホライに顔を向けた。
ヨミの体は転んでできたような擦り傷や蹴られた跡のようなものが付いていた。
「ヨミおばあちゃん…何があったの…?」
「実はねえ…。あたしの大事にしていた指輪が盗まれたのよ…。」
「え!?盗まれた!?」
ホライの脳裏に嫌な予感がよぎった。
「も、もしかして海賊に…!?」
「そうなのよ…。昨日ジヨーセンの港町までお出かけに行ったら…海賊って名乗るたちに囲まれちゃって…。」
「それで指輪を…?」
「ええ…。指に着けていた指輪に目をつけられてしまってねえ…。断る間もなく、無理やり取られたんだよ…。」
「…ひどい。」
ホライは老人であっても容赦なく物を盗む海賊の汚いやり方に憤りを感じていた。
「あの指輪はね…おじいさんが結婚する時にくれた婚約指輪なのよ…。あたしはそれ貰ってから、おじいさんが死んでからも肌身離さず付けていたんだ…。それを…それを…おいおいおい…。」
ヨミの掠れた泣き声はホライの耳に入り、ホライの心をじわじわと痛めた。
ホライはいてもたってもいられなくなり、急いで家に戻った。
ヨミがホライの家をポカンとした顔で見つめていると、家のドアから木彫りの剣を握りしめたホライが出てきたのだった。
「ちょ…ちょっとホライ君…?どこに行く気だい…?まさか…」
「決まってるよ、海賊の奴らからヨミおばあちゃんの指輪を取り返しに行くんだ!」
「あわわわ…およしなさい…!相手は海賊だよ…!殺されちゃうかもしれないんだよ…!」
「そういう訳にもいかないだろ!」
ヨミは身体を震わせてホライの肩を掴み止めようとするも、ホライの気迫に気圧されてその手をすぐに離した。
「ゴクラおじいちゃん…、良い人だったよね。ゴクラおじいちゃんと一緒にいる時のヨミおばあちゃんは、本当に幸せそうだった…。ゴクラおじいちゃんはヨミおばあちゃんにとって大事な人だった…。そうでしょ…?」
「え…ええ…。」
「だから…そんな人がくれた大事な指輪を…ゴクラおじいちゃんの形見の指輪を海賊に奪われたままになんか出来ない!行ってくる!」
「ああ…お待ち…!」
ホライはヨミに背を向けてスナエコの村を飛び出した。
ヨミは手を伸ばしてホライを引きとめようとするも、段々とホライの背中は遠くなっていったのであった。
ホライは木彫りの剣を片手に猛ダッシュで港町ジヨーセンへと向かった。ホライは怒りを顔に出して睨みを効かせたまま走っていたが、その怒りは自分のブローチを盗まれた怒りではなく、ヨミの大事な指輪を盗んだ海賊に対しての怒りの方が強かったのであった。
そして走ること二十数分、ホライは息を荒らげてジヨーセンに到着した。
「はあ…久しぶりに来たなぁ…。こんな理由で来たくはなかったけど…。」
しかしジヨーセンの町は不気味なくらい静まり返っており、人っ子一人もおらず聞こえてくるのはカモメの鳴き声だけだった。
「おかしいな…。いつもだったらうるさいくらい賑やかな町なのに…。どうなってるんだ…?」
ホライは民家を訪ねながら町が今どうなっているのかを聞こうとしたが、どの家も返事はなく、窓にも板が貼り付けられて中の様子を見ることすらも出来なかった。
「うーん…誰からも話を聞けないな…。と言うか海賊の姿がどこにも見当たらないな…。」
ホライは町の至る所を散策したものの、海賊らしき人物の姿が見当たらなかった。もしかして海賊がもうどこかに行ってしまったのではないかと不安になっていた。
「…そうだ、あの人なら出てくれるかもしれない。行ってみよう…。」
ホライはこの町に知人がいた事を思い出して、その知人の家に足早と向かっていった。
「すいませーん、いますかー?」
ホライは他の民家よりも少し大きい家のドアを優しくノックした。それでも反応はなく、今度は強めにドアをノックしてみた。
「ニコルせんせーい!いますかー!」
「…いますよ。どちら様ですか。」
ドアの向こう側から落ち着いた声が聞こえてきた。それに気がついたホライはノックする手を止めた。
「あ!ニコル先生!僕ですホライです!」
「ホライ君…?ちょっと待っていてくださいね。」
ドアの鍵が外された音が何個も聞こえたと思うと、ドアが慎重に開かれた。
すると中から眼鏡をかけた水色の髪をした男性が現れた。
彼の名はニコル・アルトマーレ、過去にホライの先生として彼に勉強を教えたこともある明晰な頭脳を持った男である。
「ホライ君…。まずは中に入ってください。」
「は、はい。ニコル先生。」
ホライが言われるがままに中に入ると、ニコルはすぐにドアを閉めて鍵を何重にもかけた。
「ホライ君、なぜ君はここにいるのですか?」
「ニコル先生…実は…。」
ホライはこれまでのいきさつを全て話した。
「…まったく、あなたという人は…。一人で海賊に適うと思っているのですか?」
「で、でも僕だって戦えるんです!ロゼに剣術だって習ってるし、適わなくてもせめてヨミおばあちゃんの指輪を取り返したかったんです!」
「ホライ君、いくら何でも危険です…。海賊がまだ来ていない今のうちにすぐに村に戻りなさい。」
「え?海賊ってまだ来ていないんですか…?」
「今はまだ来ていません。ただ、奴らはこの近くに拠点を作って、昼になるとこの町にやって来るのですよ。」
「…それで町の人から金品を奪い取るんですね。」
「ええ…。そしてそれらを持っていない人は暴力で…。」
「ひ…ひどい…。なんて奴らだ…。」
ニコルは握っていた拳をさらに強く握りしめて、内なる悔しさを露わにしていた。
「私だって…逆らえるものなら逆らいたいですよ…。でも私では何も出来ない…。見せしめに罰を受けることになるだけです…。」
「ニコル先生…。くっ…僕じゃ何も出来ないのかな…。」
ニコルとホライが俯いて悔しさを噛み締めていると、突然外から大声が聞こえてきた。
「おらぁ!!ここを開けろ!!」
「!?」
何者かがニコルの家のドアを強く叩いた。
「だ、誰!?」
「しっ!ホライ君、奴は海賊です!」
咄嗟にニコルはホライの口を手で覆って家の奥へと移動した。
「なんで…!まだ海賊は来てないんじゃ…。」
「分かりません…。ですが来ているのは1人だけのようですね…。」
「開けろってのが聞こえねえのか!!この扉をぶっ壊すぞ!!」
海賊はさっきよりも強くドアを叩きだした。
「まずいよニコル先生…!」
「…ここは面倒なことになる前に、お金を渡して引き下がってもらいましょう…。」
「えっ…でも…!」
「…海賊が1人だけとは言え、逆らえば目をつけられてしまいます。そうすれば集団でやって来るのは時間の問題です…。被害を最小限に済ませれば…。」
「先生…。」
ニコルは引き出しからいくらかのお金を取り出して皮袋に詰め込むと、その袋を持って激しくノックされているドアに向かっていった。
「お金なら用意してあります。これ以上騒がないでください。」
「ちっ、とっとと出て来いやこのウスノロ野郎がよ。」
ニコルは全ての鍵を外し、開いたドアから手を出してお金の入った袋を海賊に差し出した。
「けっ、今度はもっと早く出てこいよ。」
海賊は袋を握ってニコルの家から去っていった。
「…先生。」
「これでいいのですよ。さあホライ君、君も面倒なことに巻き込まれる前にこの町から離れてください。」
「…でも。」
「ヨミさんはあなたを責めたりしません。むしろあなたが無事に帰ってくれば、一番安心するでしょう。」
「…はい。ニコル先生、突然押しかけてごめんなさい。」
「大丈夫ですよ。お気をつけて。」
ホライは晴れない気分のままニコルの家から出た。
ブローチと指輪を取り返そうと乗り込んだのに何も出来ずに村に帰る自分の無力さを悔いながら町を出ようとした。
すると町の出口近くでまたも大声が聞こえた。
「出てこいってんだよ!!」
「!」
ホライがその方向を見ると、さっきの海賊が別の民家を襲おうとしていた。
「あいつ…!まだあんな事をしてるのか…!」
「…ちっ、本当に誰もいねえのか?まあいい、ドアをぶっ壊せば分かる事だ。」
海賊は背中に差していたサーベルを取り出してドアを切り刻もうとした。
「…!!」
それを見たホライは木彫りの剣を握りしめて海賊の方へと走っていった。
海賊がサーベルを振り下ろそうとしたその時、ホライの強烈な一撃が海賊の頭に直撃した。
「あがっ…!!がっ…」
海賊はその一撃で気を失ってその場に倒れて動かなくなった。
「よ…よし…。やった…。」
ホライは海賊が持っていたニコルの皮袋を取り返そうとした時、港の方角から何かがやってくるのに気がついた。
港の方には海賊の船と思われる大きな船が来ていた。乗っている海賊達が荒々しく笑っているのがホライのいる所からでも分かった。
「ま…まずい…!こんな所見られたら…!でもこいつが倒れてるのが見つかったら町のみんなが…!」
そうこうしているうちに海賊達が港に到着し、続々と船から降りてきた。
「…そうだ!こうすれば…」
ホライは倒れた海賊を町外れまで連れていき、その海賊が来ていた薄汚れた服とバンダナを脱がした。
ホライはその薄汚れた服とバンダナを身につけ、サーベルを肩に差して海賊になりきってみせたのだった。
「ちょっと大きめ、仕方ないか。とりあえず海賊のフリをすればこいつを倒したこともバレないし、上手くいけば海賊船に侵入して指輪を取り返せるかも…!」
ホライはガッツポーズをして喜んでいると、向こうから海賊がやって来た。
「おぉい、何やってんだよこんなところでよぉ。」
「え?あ、ああ!ちょっと休憩してたんだ!」
「おいおいもう疲れたのかよ、しっかりしろよぉ。」
「まあまあ待てよ、ほら。」
ホライはニコルのお金が入った袋を取り出して、自慢げに見せつけた。
「おおっ、お前もう奪ってやがったのかよぉ。いいなぁ。」
「へへっ、まあこんなもんよ。お前も頑張れよ。」
「分かったよぉ。このままだと親分に大目玉喰らっちまう。」
海賊はその場を去って行った。海賊が見えなくなるとホライは胸を撫で下ろして膝を地につけた。
「はぁ…。ニコル先生の渡したお金のおかげでなんとか海賊だって信じてもらえた…。ありがとうニコル先生。よーし、この調子でヨミおばあちゃんの指輪と僕のブローチを見つけなくちゃ…。」
ホライは港に停めてある海賊船に向かった。
「ここだな…。よし…。」
ホライは停めてあった海賊船に侵入して、奪取品の場所を探し始めた。
「どこかな~…。ヨミおばあちゃんは昨日盗まれたって言ってたからもうあいつらの拠点に持って行っちゃったのかなあ…。」
ホライは海賊船をウロウロしていると、突然後ろから誰かが声をかけてきた。
「あの…。」
「…!」
驚いたホライは一歩距離を置いてから後ろを振り返った。しかし、そこにいたのは明らかに海賊とは思えない衣装に身を包んだホライより少し背が高い少女であった。
「えーと、あなたって海賊さんですか?」
「え、あ、そ、そうだけど…誰…?」
「わあっ、やっぱりそうでしたのね。」
その少女は海賊を目の前にしていながら、落ち着いたような間の抜けたような態度を崩さず話を続けた。
「あなたたちって宝石を集めているのですよね?私にも宝石を見せてくれませんか?」
「はあ?ちょ、ちょっと待ってよ…。どういう事なのさ…。」
「私、とある宝石を探しているんです。もしかしたら海賊さんが持っていると思って。」
「あ、あのさ…。海賊ってなんなのか分かってるの…?」
「ほえ?」
少女はキョトンとした顔でホライを見つめた。そんな少女を見たホライは呆れたように少女に説明をした。
「海賊って言うのは、人からお金や宝物を盗んだりするとんでもなく悪い奴らなんだよ。頼んだって宝石を見せてくれるわけないじゃないか。」
「でもあなたはそうは見えませんわ。」
「あ、いや僕は海賊じゃなくて…。もう…!ややこしいな!」
「?」
ホライが頭を抱えていると、海賊達の声が聞こえてきた。海賊達は略奪を終えて船に戻って来ようとしていたのだった。
「あ、あの人達も海賊さんですか?」
「や、やばい…!この子と一緒にいるのが見られたりしたら…!ちょっと、こっち来て!」
「あららら?」
ホライは少女を引っ張って海賊達の荷物が置かれた部屋へと入ると、荷物の山に少女を埋めて少女を隠した。
「きゃっ!せ、狭い…出してください!」
「しっ!静かにして!海賊達に見つかったら殺されちゃうよ!」
「ううぅ…!」
「お前らぁ!錨を上げろぉ!」
ホライ達がそうこうしているうちに、海賊船は錨を上げてジヨーセンの町を出港してしまった。
「うそっ!?」
「な、なんですか?何の音ですか?むぐぐ…!」
ホライが少女が出てこれないようにしっかり埋めて船室から出て外を見渡すと、既にジヨーセンの町から離れていったのだった。
「ど…どうしよう…。僕だけじゃなくてあの子もいるのに…。どうやったらバレずに指輪を探せるんだ…?」
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