勇者伝説
ポン
光の目覚め
第1話 少年ホライ
大昔、この世界は人間と魔族の戦いが何千年にも渡って続いていた。
魔王が勇者を討ち、新たな勇者が現れ、新たな勇者な魔王を倒し、新たな魔王が生まれる。いつまでも終わることの無い戦いの輪廻に人々は束の間の平和を楽しむ余裕すらも与えられず、魔族に寝返る者までもが現れだした。
そんなある日、八代目の勇者「レイゾン」が見事に魔王を討ち倒し、そして人間界と魔界を繋ぐ大穴を閉じたことで、長きにわたった人間と魔族の戦いに終止符を打ったのだった。
レイゾンは人々に称えられ、その活躍は伝説として語り継がれた。しかし、その伝説には一つ不可解な点が残されていた。
それは、「その後の勇者の姿、勇者の最期を誰も知らない」という事だった。
この物語は、勇者の伝説から700年の年月が経った平和な世界に生きる一人の少年「ホライ」が描く、もうひとつの伝説の物語である。
ここは海沿いの村『スナエコ』、波の音とヤシの木が風で揺れる音だけが鳴り響く静かな村。…とある時間を除いては。
「やあ、おはようレディ達。」
一人の美しい青年がドアを開けると、今日もその村は朝から女性たちの黄色い声が鳴り響いた。
「ロゼ様!おはようございます!」
「ああ…今日もなんてお美しいのでしょう…。」
ある者は目をハートにして青年を見つめ、またある者はうっとりして青年を見つめていた。
彼の名前はロゼ・アイビー。
「絶世の美青年」と謳われるほどの美しさを持つスナエコの村の青年である。
「今日もお迎えありがとう。だけど静かにしてくれないかい?彼がまだ起きてないんだ。」
ロゼが立てた人差し指を口元に当てると、キャーキャー声を上げていた女性たちは一斉に静かになった。
「あら…彼ってもしかして…」
「ふふふ、その通り。今日は彼との大事な用事があるんだ。」
「ええ~…せっかく朝ごはんを作ってきたのにぃ~…」
「すまないねレディ達。君たちの贈り物はまた明日、受け取らせてもらうよ。それでは…。」
ロゼは集まった女性たちの間を抜けて、隣にある小さな家に向かった。
ロゼは小さな家のドアをノックするも、返事は返って来なかった。
「…困ったな。彼から行こうと誘ったのに。仕方ないな…。」
ロゼは胸ポケットから鍵を取り出して、その家のドアを開けたのだった。
ロゼが家に入ると、その家の床には読み漁った歴史書やたくさんのメモが書かれたノートが散らばっていた。
「おやおや、相変わらず片付けが出来てないだなんて…。ホライ、入るよ」
ロゼは奥の部屋のドアを静かに開けて中を覗いた。
そこには本を読みかけたまま眠っている一人の少年がいた。
ロゼはそんな少年の耳元に優しく語りかけた。
「…ホライ、起きて。気持ちのいい朝だよ。」
「んん…?」
そんなロゼの囁きに反応して少年は目を覚ました。
この少年の名はホライ。スナエコの村に住むこの物語の主人公である。
「あれ…?ロゼ…?なんでここにいるの…?」
「おや、言わなかったかい?君の家のスペアキーは私が持っているんだよ?」
「あれ…そうだったっけ…?まあいいや…」
「ホライ、早く起きて。今日は探検に行く日じゃなかったのかい?」
「探検…?あっ!探検!」
ホライは飛び起きて大急ぎで支度を進めた。
「ホライ、そんなに急がなくていいんだよ。探検と僕はどこにも逃げないさ。」
「何言ってるの、ロゼと探検する時間が減っちゃうよ!早く着替えなくちゃ!えーと…」
「君の着替えかい?それならここにあるよ。」
ロゼはホライの着替えをホライの元に持ってきて、彼の着替えを手伝った。
「ロゼ~もう一人でも着替えられるからいいってば」
「ふふふ、そう言ってこの間シャツを裏表逆に着ていたのはどこの誰だったかな?」
「もう!その事は忘れてってば!」
ホライは着替えを終えるとすぐに食卓に着いて、朝ごはんのロールパンを急いで口に運んでいた。
「ホライ、そんなに急いだら喉に詰まらせてしまうよ。」
「もぐもぐ…だってさ…早くあの祠の謎を解きたいんだ。」
「ああ、君が昨日言っていた『魔族の言葉が記された石碑のある祠』の事かい?」
「そうそれ、この間本を読んでたら見かけた魔界の文字とその祠の石碑に書かれていた文字が似ていたんだ!絶対に勇者の伝説と関係あるに違いないよ!」
「うんうん、落ち着いてホライ。」
落ち着かない態度でご飯を食べるホライを窘めつつもロゼは彼の話を聞いていた。
慌ただしい朝ごはんをを終えたホライは、探検用のバッグに探検道具や歴史書を詰め込んでいた。
「これとこれと…あとこれも一応持っていっておこうかな…。」
「そんなにたくさん持っていくのかい?重たくなって疲れるかもしれないよ?」
「大丈夫大丈夫!えーとあとは…これだ!」
ホライは机の上に置かれていた赤い色の宝玉が埋め込まれたブローチを首にかけた。
「探検のお守り、これが無くちゃ。」
「似合っているよホライ。」
ホライはブローチをしっかりと身につけて、たくさん荷物を詰め込んだバッグを背負って支度を済ませた。
「よーし準備完了!ロゼ、いこう!」
「ああ、行こうかホライ。」
ウキウキしながら家を出たホライとロゼは、スナエコの村から北西の方角にある祠へと向かった。
たくさんの歴史書を詰めて重たくなったバッグを背負いながらも、ホライは楽しそうな顔で歴史書に書かれていた勇者の伝説をロゼに話していた。
「それでね、勇者には心強い仲間が一人いて、その人は『夢幻士』って言う人達の国のお姫様だったんだって!」
「へえ、夢幻士のお姫様か。それはきっと頼りになるだろうね。」
「うん!勇者と一緒に戦って悪い魔族の奴らをやっつけてきたんだって!だけどそのお姫様も最後はどうなったかどこにも書いてなかったんだよね。」
「お姫様も…。勇者レイゾンと同じだね。」
「そう…。やっぱりおかしいよね…。勇者もお姫様もみーんな行方知らずなんだよ。」
「戦い途中で戦死したか…どこかで行き別れたか…」
2人は祠へ足を進めながら首を傾げて勇者と姫の行く末を考えていた。
「今は考えても分からない…。でもあそこの祠に書かれた魔族の言葉からもしかしたらヒントがもらえるかもしれないね。」
「そうだね、よーし絶対に謎を解き明かしてみせるぞー!」
ホライ達は目的地の祠に到着した。
そこは大きな空洞が広がっており、祠はその空洞の底に鎮座している変わったところだった。
ホライ達は空洞の下に続く道を慎重に進みながら空洞を下って行った。
「ホライ、下を見てはダメだよ。」
「う…うん…。やっぱりいつ来ても怖いな…。」
空洞を半分ほど下って行った辺りまで差し掛かると、風を吹き抜ける音がさっきよりも強くなっていた。コウモリのような生き物の鳴き声も徐々に聞こえてきた。
そんな中、ホライは突然足を止めて周りを見渡した。
「ホライ…?どうしたんだい?」
「ロゼ…聞こえない?人の声が…」
「…?」
ロゼも立ち止まって耳をすませた。
ロゼには風の吹き抜ける音と、キィキィと鳴くコウモリの声しか聞こえなかった。
「何も聞こえないな…。」
「うそ…。なんか…誰かが語りかけてきたような声が聞こえたような…。」
ホライが耳をすませて周りを見渡していると、そんな2人の元に突如コウモリの群れが飛びかかってきた。
「うわわっ!?」
「ホライ!」
ロゼがホライの前に出て、ホライを庇った。
しかしコウモリの群れに驚いたホライが後ずさりをすると、ホライの足を乗せた床が崩れ落ちてしまったのだった。
「やばっ…!!」
「ホライ…!?」
岩が崩れる音を聞いてすぐさまホライの方を振り返った。
落ちそうになったホライに手を差し伸べて助けようとするも、ホライはその手を掴むことが出来ずそのまま底の方へ落ちていったのだった。
「ホライ…!!ホラーーーーーイ!!!」
「う…うぅん…あれ…?」
落下したホライは目を覚ますと、どこも怪我をしておらず無傷のままであった。
「あれれ…確か僕落っこちちゃったんだよね…?なのに怪我してない…。」
ホライが手足を動かしてもどこも痛みはなかった。
「リュックがクッションになってくれたのかな…。そ、それよりも早くロゼと合流しなくちゃ…!」
ホライはロゼと合流するために急いで上へと駆け上がろうとした。
以前にも来たことがあったので道は覚えていたので、ロゼともすぐに合流できそうであった。
「見つけたぞ。」
「!」
そんなホライの元に、黒いローブを羽織った謎の男性が現れた。
「…誰?何の用なの…?」
「…よくも、よくも…」
「な、何…?何言ってるの?」
「…さまを…返せ!!」
黒いローブを羽織った男性は杖を振りかざすと、突然男性の隣に銀色の毛を持ち額に角を生やした狐のような生き物が現れた。
「えっ…!?今どこから出して…」
「覚悟しろ…!シルバ!!」
シルバと呼ばれた生き物が角を光らせると、ホライ目掛けて角から光線を発射した。
「うわああっ!!」
光線はホライのお腹を直撃して、ホライを大きく吹き飛ばした。
岩盤に打ちつけられたホライは苦しそうに咳き込みながら男たちの方を見ると、彼らはジリジリとホライに近づいてきていた。
「うっ…や、やめて…」
「まだ息が…さすがだな。シルバ。」
「クルルル…」
シルバは続けて口から竜巻のような衝撃波を放った。
ホライは衝撃波に飲み込まれて、全身を風の刃で斬りつけられてしまうのだった。
「う…たすけ…て…ロ…ゼ…。」
ホライは薄れゆく意識の中でロゼに助けを求めるも、その場にいないロゼに届くはずもなく、空洞の風の音に阻まれて虚しく消えゆくのだった。
「…これで…いい。いいんだ…。」
男は杖を振るとシルバはどこかへと消えていった。
そしてホライの心音が聞こえなくなったのを確認すると、その場から瞬時にいなくなったのであった。
空洞の底には例の祠と、傷つき倒れたホライだけが残ったのだった。
「…まだ…か。」
「ホライ…!ホライ…!」
「んん…?」
ホライが目を覚ますと、そこは自分の部屋だった。
そしてホライの横にはロゼが涙を流して膝まづいていた。
状況を把握出来ていないホライをロゼは突然強く抱きしめた。
「ホライ…!よかった…本当によかった…。君がいなくなったら私は…。」
「ロ、ロゼ…!離して痛いよ…あれ?」
その時ホライは自分の体がどこも傷ついていない事に気がついた。
あれだけの攻撃を受けたのにも関わらず、体には傷がひとつも付いていないのだった。
「どうしたんだいホライ…?」
「どこも…怪我してない…。」
「ああ…不思議なことに、君はあんな高いところから落ちたにも関わらず外傷が全くなかったんだ。」
「い、いやそれもそうだけど…。ロゼ、僕を見つけた時にもっと大怪我してなかった?全身に切り傷が付いてたり、お腹の当たりが怪我してたり…。あ、あと服も破けてなかった…?」
ホライがそう言ってもロゼは不思議そうな顔でホライを見つめていた。
「何を言っているんだい…?私が見つけた時にはどこも傷ついていなかったよ…?」
「そんな…。」
ホライは落ちた後に何があったのかをロゼに詳しく説明をした。
謎の男と狐のような生き物と出会ったこと、その2名に殺されかけたことなど、覚えていたことを全て話したのだった。
「…ホライ、夢でも見ていたんじゃないか?」
「本当だって!あの時受けた痛みは夢なんかじゃ味わえないよ!」
「でも現に君はこうして無傷のまま助かっているじゃないか…。きっと悪い夢でも見たんだよ。」
「でも…。」
口を紡ぐホライの頭にロゼは優しく手を乗せた。
「ホライ、あの時君を守れなくてすまなかった…。もう君に怖い思いをさせないよ。」
「…ロゼ…分かったよ。」
怪我こそなかったものの、大事に至らないようにホライは安静をとることにした。
ロゼに今日の夕飯を作ってもらっている間、ホライは歴史書を読んで待っていた。
「…やっぱり夢だと思えないな。あの時の痛さとか、それにあの男の人の気迫とか…。」
ホライはまじまじと自分の体を見たが、どこを見ても怪我は全くなかった。それどころか持ってきたバッグやその中に入っていたものまでもが無傷のままだったのだ。
「歴史書もどこも破れてない、バッグに傷もついてない、探検道具も綺麗だし、ブローチも…あれ、ブローチ…?」
ホライはふと思い立って自分の首元を見てみた。しかしそこには赤色の宝玉が付いたブローチがなかったのだった。
「あーーーーーーーー!!」
「…!?ホライ!?」
ホライの大声を聞いてロゼが部屋に駆け込むと、必死になってブローチを探すホライの姿があった。
「ホ、ホライ!何をしているんだい!?安静しないと…」
「ロゼ!ロゼ!僕のブローチ知らない!?僕を運ぶ時にどこかに置いた!?」
ホライはものすごい勢いでロゼに詰め寄り、そんなロゼも引き気味に答えた。
「ブ、ブローチ…?そう言えば見てないな…。」
「じゃ、じゃあどこにいって…そうかあいつだ!!」
「あいつ…?」
「僕のことを殺そうとした奴らだよ!気を失ってる間に盗まれたんだ!」
「ま、まだ言っているのかい…?それは夢だって…」
「だってブローチは外れないようにしっかり付けてたんだよ!落ちた時に外れるなんてありえないよ!くっそー!あいつらめ!僕のブローチを盗むためにあんな酷いことしたのか!」
ホライは怒りを抑えきれず、ベッドの上で地団駄を踏みまくった。
「ホライ、落ち着くんだ。まだその人達の仕業とは限らないだろう?しっかり付けたが外れることだって有り得るかもしれない。明日私がもう一度祠に出向いて、君のブローチを探しに行ってあげようか」
「ロゼ…でも危ないよ!」
「だからといって君が行くのも危険だ。ここは私に任せてくれ。」
「…分かったよ。ロゼ、気をつけてね…。」
「うん、いい子で待ってるんだよ。」
ロゼはそう言って、ホライの頬を優しく撫でた。
(…あのブローチは大事なものなんだ…。失くしたなんて信じないぞ…。)
その日の夜、ホライは布団の中でブローチの行方を心配していた。
そしてブローチの事を考えていくうちに、あの二人組の事も思い出してきたのだった。
(結局誰だったんだろ…なんか僕に対してすごく怒ってたように見えたけど…。
それに…あいつらの声とは違う声も聞こえたような…。)
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