目立つ、目立たぬ、良い、悪い
「どぉだぁ!俺様の角は素晴らしいだろう!」
カブトムシ兄が、自分の凛々しい角を弟に見せびらかしていた。
「すげーよ兄ちゃん!カッコいい!」
弟カブトムシは目を輝かせている。
弟は、小さくて短い自分の角にコンプレックスを持っていた。
兄の角はそれはもう立派で厳つい。
おかげでモテる。モテまくる。子孫残し放題だし、ケンカも強いのだ。
しかし弟は未だにチェリーである。
「どうやったら兄ちゃんみたいにモテモテホーンが手に入るんだろう…」
羨望の眼差しを自身に向けながら悩んでいる弟を見て、兄は言い放つ。
「弟よ。モテモテホーンは生まれながらにして、持つ者と持たざる者が決まっておるのだ。諦めよ。ガッハッハ!」
少しショックを受けた弟だが、それでも兄が誇らしかった。
「じゃあ俺は無理ってことなのかなぁ。でもでも、ってことはさ、兄ちゃんは選ばれたって事なんだな。やっぱ兄ちゃんはすげーなぁ」
素直にはしゃぐ弟に、素直に喜ぶ兄。
とても平穏な時が流れていた。しかし、それが崩れ去るのは一瞬だった。
シュバッーー!
二匹は突然襲われた。
音もなく忍び寄ってきた何かが、兄弟に覆いかぶさってきたのだ。
「ヌァッ!何だこれは!」
カブトムシ兄は一生懸命羽をバタつかせるが、全く上手く羽を広げられない。それどころか、どんどん絡まっていく。
弟も力を振り絞り出口を探そうと動き回るが、どこにも見当たらない。
二匹を襲ったもの、それは「網」だった。
「どうしよう兄ちゃん!出られない!」
「クソっ!どうするも何もモテモテホーンが役に立たない…何故こんなことに…!」
懸命に手足を動かし脱出を図る二匹だったが、更に絶望に突きとす奴が現れた。
それは、2本の足で立ち、肌色の皮膚を持つ巨大な生き物。そう「人間」だ。
「やった!カブトムシゲットだぜ!帰ったら母ちゃんに自慢してやろ。アヒャヒャヒャ」
邪悪な声で人間が笑っている。
「ハワワワワワ…」
初めて見る生き物に二匹は愕然とした。
おそらく目であろう、巨大で、白と黒の、水晶のような2つの球体がじっとこちらを覗き込んでいるようだ。
あまりの出来事に固まっている二匹を、大きな手が網から引きずり出す。
為す術もないほどの力に二匹は自分がいかにちっぽけだったかを知った。
人間は引っ張り上げた二匹のカブトムシを両手でそれぞれ持ち上げ、マジマジと観察している。
どうやら角を見ているようだ。
「こっちのが角がかっこいいな!」
そう言うと透明なケースにカブトムシ兄を投げ入れる。
残った弟は草むらにポイッと落とされた。
「え?助かった…のかな?」
草むらから弟カブトムシが顔を出すと、人間は満足気に帰り支度を始めていた。
その手には本日の収穫であるケースに入った兄カブトムシ。
フッと兄弟は目が合った。
兄の諦めにも似た悲壮感漂う顔を、弟カブトムシは産まれて初めて見たのだった。
その顔を見ながら呟いた。
「モテナイホーンで良かった…」
こうして弟カブトムシは二度と自分の角を悪く言うことはなかった。
兄は一体どこへ消えたのか…その行方は誰にもわからない。
ちなみに、弟は生涯童貞を貫いたそうだ。
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