第2話 僕にはアーデがいるからいんだよ
ネロが禁忌の森で暮らすようになってから7年が経ったある日。アーデはいつも笑顔なのだが、今日は特にウキウキして、真っ黒な瞳がキラキラしていた。
「ネロ!お誕生日おめでとう!」
「あぁ、ありがとう。いきなりびっくりした。」
ネロはアーデと朝食用にパンを焼いている最中だった。アーデは外へ果実を取りに行っていたようだ。
「朝ネロに会ったら言おうと思ってたのよ。」
窯の近くにいるネロにハグをした。ネロも抱きしめ返す。
「アーデ、その格好で窯の近くに居たら火傷するよ。」
「大丈夫よ、これはいつもの私の格好だもの。火傷したら治せばいいのよ~。」
アーデは胸部と腰回りを黒い帯で巻いてるだけの非常に大胆な格好をしている。しかもアーデは巨乳なので初めはネロも目のやり場に困っていたが、7年も一緒に居たら慣れてしまった。
朝食の準備が整い、二人で食べ始める。
「あなたと出会って7年目ねぇ、15歳と言えば
アーデはネロにキスをしそうな勢いで顔を寄せた。ネロは諦めた顔でクスッと笑いそのままの距離で答えた。
「近い。僕一人の成人の儀式なんて寂しいだけだろ。誰が喜ぶんだよ。近い。」
「それじゃあ、二人で成人の儀式をしようかしら。私が喜ぶわよ。」
「アーデは最初からそれがしたかったんだね?」
ふふふっとアーデが上品に笑うと、夜に二人で儀式ではなくお祝いする事を約束した。朝食を終えた後、二人はそれぞれの用事を済ませに分かれた。
ネロは鉱物や植物を袋に入れ、禁忌の森と人間族の国の境へ一人で歩き出した。
「成人か…。エルフって何歳が成人でアーデっていくつなんだろうなぁ。」
独り言を呟くと、ネロの右斜め後方からそれの答えが返ってきた。
「アーダレーアはたぶん300歳くらいだぞ。成人は16歳とされている。」
ネロは驚きはしたが、その声を聴いて安心した。
「なんだよ、やたら声だけはイイ男で有名なトマスおじさんか。こんにちは。」
「そう、声だけで女を落とせるトマスおじさんだぜ。どこに行くんだ?」
トマスはネロの嫌味を無視してにやりと笑った。
「こいつを売りに
ネロは背負った袋に目をやる。
「俺はこれだ。」
トマスは持っている弓を自慢げに見せた。
「おじさんもそれ売りに闇市に行くのか、よし一緒に行こう。」
「違うわ!狩りだよ!俺の自慢の弓って知ってんだろ!」
ネロはクククと笑い、
「冗談だよ」
と返した。
「まぁ、確かに狩りに行くにゃあ、ちっと矢が
トマスはケンタウルスである。下半身が馬の
「ケンタウルスって自分で弓矢作るんじゃないの?」
「普段はな。でも、今日は作るの忘れちまってよ。ついでにカミさんになんか買ってくか~。」
「おじさんって愛妻家だよね。人間の間ではケンタウルスって好色で獰猛って伝わってるからさ。」
トマスは笑いながら答えた。
「え、そうなのか?獣人族はほとんど女の方が強いからどの家でもカミさんに頭が上がらんさ。」
トマスが奥さんの愚痴のような惚気のような小言を話しているうちに、闇市に到着した。
闇市は表で生きていけない裏社会の住民から、珍しい鉱石や新しい奴隷を求める金持ちまで、様々な種族が入り交じる。土埃がそれぞれの歩行によって舞い、屋台の食べ物の匂いや煙が闇市特有の雰囲気を助長させる。禁忌の森の一部に存在しているが、1日中誰かが出入りしているので明かりが消えない。暗い夜ほど危険なこの場所は、全種族の独占と争いが禁じられている。
トマスとは闇市に着くとそれぞれの目的の為に分かれた。
「トマスさんありがとう。取引してくるよ。」
ネロは昼間にしか取引をしない。夜は危険である事と、取引相手が昼にしか現れないからだ。ネロは薄汚れた暖簾をくぐり、カウンターの内側へ。暗い部屋の中で取引の準備をして顧客を待っていた。しばらくして大男が現れたのだった。その男はネロの何倍にも筋骨隆々で、縦にも横にも大きい男である。そしてその男が口を開く、
「ジャン…いや、ネロ。早いんだな。」
ネロの取引相手とは、鍛冶屋のカイザンだった。
「おはようございます。カイザンさん。今日はケンタウルスのおじさんに送ってもらったんです。」
ネロは早速取引を始めた。
「今日は、注文されてたアメジスト・ダマスカス鉱石・ローズストーン・ミスリルが少しと…。植物は銀のリンゴとアルラウネのつる。それと…。」
並べられた鉱石の端にコツンと1つ、石を置いた。
「石化した何かの羽根。たまたま見つけたんですけど、要ります?」
カイザンは口角を少し上げて、
「今日も良い物をありがとうな。あ、でも、石化した羽根は要らない…。」
カイザンは硬貨と虹色に輝くガラス製のグラスなどと一緒にリボンが付いた分厚い本を置いた。
「ありがとうございます。このグラス、僕の想像以上に美しいです。さすがカイザンさんですね。」
カイザンが作ったグラスを光にかざすと、朝露のように透明で数え切れない数の色が一層輝いた。
「この本は…?」
カイザンはコホンと咳払いした。
「今日はお前が禁忌の森で失踪してから7年目で、成人した贈り物だ。」
「あぁ。そうですね。ありがとうございます。」
ネロは今日がその日である事を忘れていたふりをした。カイザンには自分が禁忌の森で失踪した事にしてもらい、定期的に闇市でこうして人間族の国では手に入らない物と取引をしていた。カイザン以外は、ネロが元気に禁忌の森で暮らしていることを知らない。
「ナタリーさんだが…。」
本をしまおうとしたネロの手が一瞬止まる。
「お前がいなくなっても、帰ってくると信じて家を守ってるぞ。」
「…そうですか。」
「顔くらい見せたらどうだ?」
カイザンは諦めた顔で腕を組んだ。ネロは交換したものを袋に詰めて背負う。
「あぁ、そうだ。カイザンさん、この辺でちょっと買い物していきませんか?」
ネロはカイザンの質問に答えず、代わりに提案をした。
「俺まともに
「僕がいるから大丈夫です。」
二人は取引所を後し、ネロは迷わず薬を売っている店に向かった。
「薬?」
カイザンは首をかしげる。
「最近、ニキビができやすくて痛いんですよ。同居人からも心配されるし。」
ネロは店主に共通語で話しかけ、肌荒れの薬ともう一つ薬を買った。
「これ、母に渡してください。関節痛に効きます。いつもみたいにカイザンさんからって事で。」
「…自分で渡しなさい。」
カイザンの声色が少し強くなった。
「すみません。僕はまだ母が僕の事を愛していると思えないです。でも、心配はしてます。それはたぶん、親子の情ってやつでしょうけど。」
カイザンは眉毛を寄せながら薬を受け取った。すでにこのやり取りは7年近く続けている。
「ネロ~、終わったのか~?」
のんきなトマスの声が聞こえてきた。
「おぉ、カイザン殿、久しいですな。」
トマスは前片足を少し曲げ、右手を胸に当ててお辞儀をした。カイザンも同じお辞儀で返した。
「コンニチハ。オ元気デスカ?」
カイザンは片言の共通語で返した。
「通訳しましょうか?」
ネロはカイザンの方に顔を向けて
「いや、今日は帰るよ。鍛冶仕事もあるしな。」
ネロたちはカイザンを見送り、帰路につく。ネロは再びトマスの背に乗っていた。カイザンにナタリーの話をされると、いつも疲れてぐったりしてしまう。
「カイザンさんはネロの事を実の息子みたいに思っているんだなぁ。」
ネロはトマスの少し無神経なところが苦手だった。ネロとカイザンの会話は人間族語で話しているから理解できないはずなのに、様子だけで勝手に決めつけてしまうところが特に嫌だった。神経をすり減らして疲れたネロは、トマスの背中でウトウトしていた。意識がふわふわとして良い気持ちの中、ネロは昔を思い出した。
(実の父親は…僕が殺した。母親にも愛されてないし…。)
「僕にはアーデがいるからいんだよ。」
ネロはトマスに言い放つと、重たい瞼に逆らうのを止めた。
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