第十五節 お金は目的か、それとも手段か
凛は、父の話に強い違和感を覚えていた。
「
飲食、交通、観光、芸能や風俗などのモノを
これに、鎌倉幕府が達成した平和が
ありとあらゆる場所に
これらの場所で働くために大勢の民が農地を離れ始めた。
と。
これって……
何か異常ではないかしら?
◇
「父上。
何を売っていたのですか?」
「金や銀、木材、刀などを売っていたようだ。
これを『
「ならば……
金や銀の採掘、木材や刀などの生産も盛んになったのでは?」
「そうなるのう」
「採掘や生産に携わる人々が増え……
その人々に支払うための宋銭も、より必要になったのでしょう?」
「もちろんそうだ。
民が銭[お金]を増やそうと
ただし。
宋銭はお金に過ぎず、お金そのものには何の価値もない。
モノの価値を計る『物差し』に過ぎない。
凛は、問題の本質に近付きつつあった。
「宋へ価値あるモノを渡すのと引き換えに……
取引をすればするほど、日ノ本はますます貧しくなるのでは?」
と。
◇
「お待ちください。
わたくしは、
「どんな違和感を?」
「
モノの価値を計る物差しに過ぎないからです」
「その通りだ」
「宋との貿易は……
価値あるモノを渡すのと引き換えに、物差しを得るだけの取引ではありませんか。
もしや!
「よくぞ見抜いたのう」
父の顔から笑みがこぼれた。
「実際には宋だけが得をし、日ノ本は損をする取引であること。
わたくしと同じように……
宋との貿易の『真実』に気付いた人たちもいたと思います」
「……」
「その人たちは、逆のことを始めたはず」
「逆とは?」
「
「……」
「どこかを境にして、宋銭の価値が下がり、モノの値段が上がったのではないでしょうか?」
「そうだ。
ある日を境にして、宋銭の価値が下がり、モノの値段が上がり始めた」
「問題はその後です。
父上は、こう申されました。
『大勢の民が農地を離れ始めた』
と」
「うむ」
「これでは……
食べ物など生活に必要なモノの値段が、『もっと』上がるではありませんか」
「そうなるのう」
「もしも……
「何っ!?
そなた……
そこまで見通したのか!」
◇
凛が見通したことは、現実に起こっていた。
「見事な着眼ぞ!
モノの値段が上がった日ノ本を、
台風や豪雨による洪水、これに
「そんなに次々と!?」
「鎌倉幕府が開かれておよそ100年経った頃だ。
天変地異は、モノの値段をさらに高くした。
人々は……
銭[お金]を借りなければ、食べ物を買うことすらできなくなった」
「借りることができない人は?」
「飢え死にするしかない」
「そんな……」
「飢え死にするくらいならば、他人から力ずくで奪い取ってでも生き残ろうとする者が現れた。
強盗や殺人が世にあふれた。
食べ物を求めて各地で暴動が起こり、鎌倉幕府への反乱も起こった」
「鎌倉幕府は何もしなかったのですか?」
「できることは全てしたはずだ。
借りた銭[お金]を返さなくて良いという
一時的な解決にしかならなかったが」
「
だからこそ……
民を農地から離れさせず、むしろ農地を広げる開拓をし、長く保管できる米などを十分に貯めておく必要があったのでは?」
「その通りだ。
身の
これは『人災』であろう」
「大勢の人が、銭[お金]との付き合い方を忘れ……
いつしか銭の『
銭は人が生きる目的ではなく、生きるための手段に過ぎないのに」
現代の言葉を使うと……
当時の日本は、
こうして秩序は
強盗や殺人が世にあふれ、各地で暴動や反乱が起こって日本全土が無法地帯と化したのである。
この物語を書いている現在。
感染症による経済対策でお金を増やし過ぎた結果として
この当時と『
◇
父と娘の話は続く。
「鎌倉幕府は、暴動や反乱を鎮圧できなかったのでしょうか?
父上」
「幕府の権力を握っていたのは……
初代
日ノ本で最も富んでいた一族でもある。
その富を使って武士たちを動員したが、鎮圧する度に新たな暴動や反乱が起こった」
「キリがなかったと?」
「うむ。
これを見た
「それはもしや……
『幕府を討て、北条を討て』
と」
「そうだ。
後醍醐天皇は、日ノ本の支配を幕府に任せてはおけないと判断したのだろう」
「わたくしが読んだ歴史の書物では……
北条一族は政治を放り出し、
天変地異が原因だと書かなかったのは、なぜです?」
「天変地異が原因だと書けば、『誰』が悪いのかが分かりにくいではないか」
「それよりも北条一族に全ての非を
「最も富んだために、人々から嫉妬と憎悪の対象となっていた一族ぞ?
これほど悪役にふさわしい者たちもおるまい」
「ち、父上!
都合のいい悪役を作って分かりやすくすること。
たったそれだけのために……
大事なことを
なぜ、そんなことをするのです?」
「理由は簡単であろう。
都合のいい悪役を作って分かりやすくすれば、『
「そんなのおかしい……
間違ってる!」
「落ち着くのだ。
凛よ。
書物から天変地異が
一つ、分かることがあるではないか」
「何が分かると?」
「鎌倉幕府が何もしなかったのであれば……
こう堂々と書けるではないか。
『天変地異に対して、幕府は何の対応もしなかった』
と」
「確かに……」
「真相はこうだ。
実際、幕府としてできる対応はした。
それでも生活そのものが元に戻るわけではない。
苦しむ民は皆、
ひたすら幕府の権力を握る北条一族へ不満をぶつけ、最後は北条一族に全ての非を
政治を放り出し、
目的と手段の区別もできない愚かさが災いの元凶であったことに、最後まで気付くことはなかった」
「民が苦しんだ
こんな中身のない書物では、何も学ぶところがありません。
読む意味がない……」
「凛よ。
人の歴史の『本質』が、分かってきたのではないか?」
「生きるための手段に過ぎない銭[お金]を、人が生きる目的へと変えていき……
大勢の人が銭の
秩序を
「その通りだ」
「加えて。
歴史の書物を書く『資格』はないと思います」
「楽に読んでもらいたいなら、作り話を書けということか」
「はい。
人の歴史は、
【次節予告 第十六節 あらゆる悪い事柄の根】
人々は、天皇の命令に本心で従ったわけではありませんでした。
その領地と財産欲しさに、一斉に北条一族に襲い掛かかって殺しただけなのです。
こんなものは『略奪』に過ぎません。
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