第十四節 お金の普及、災いの連鎖の始まり
彼は一途にこう思っていた。
「
貨幣[お金]が普及すれば、飲食、交通、観光、芸能や風俗などのモノを
人々は思い思いの場所で飲食し、船などに乗って旅行し、豪華な宿や趣きのある宿に宿泊し、地域の芸能を観て、様々な音楽を聴くことができるようになる!
人々の暮らしは、今よりもずっと豊かで楽しくなるに違いない!」
一刻も早く
「日ノ本で貨幣を作るよりも、宋から宋銭を買った方が手っ取り早く貨幣を普及させることができるのではないか?
ただし。
宋から大量の宋銭を買うには、大きな船が必要であり、それを泊める巨大な港も作らねばならん。
作るために必要な人夫、資材は莫大なものになるだろう。
平氏一族が代々蓄えてきた富を『すべて』
「もしも。
人々が
全てが無駄になってしまう。
『巨大な、無駄なモノを建てるために一族の富を食い潰した愚か者』として、人々の笑い物になるだろう。
その可能性があるとしても!
わしは……
世のため、人のために生きたい!
貨幣の普及に
英雄と呼ばれるに
現代に至る神戸市の発展を決定付けたと言っても過言ではない。
◇
賭けは見事に当たった。
どれだけの金銀財宝、豪華な屋敷、豪勢な飲食、美男美女を買い漁っても、お金が尽きない。
平氏は元々、同じ『武家』である源氏よりも格下の地位にいた。
それが今や……
地位は完全に逆転している。
ただし。
他の武家を圧倒したところで、本来なら決して手の届かない、雲の上の存在が……
京の都に君臨していた。
◇
高貴な公家にとって、武家は『犬』も同然であったらしい。
山賊や海賊討伐で血だらけの武家を見るたび、こう
「あれは人ではない。
汚らわしい犬
と。
それでも。
お金は、この天と地ほどの差を一瞬で埋めてしまうほどの凄まじい力を見せる。
平氏が
最早、公家など……
高貴なだけで何の力もない、ただの人に過ぎない。
こうして。
数百年もの
清盛は、平氏一族に永遠の繁栄を
お金は、お金を普及させた清盛自身も、その恩恵に
むしろ『災いの連鎖』の始まりであった。
◇
歴史の歯車は……
ここから、あらぬ方向へと回り出す。
平氏一族の成功は、ひとえに清盛一人の『実力』である。
一族の他の者たちに実力などないに等しい。
清盛から指示されたことを、その通りやったに過ぎないのだから。
その程度の働きにも関わらず……
異常に高い報酬を受け取り、異常に高い地位を得ていた。
それを見ていた他の者たちはどう思うか?
特に、かつて平氏より高い地位にいた者たちは?
平氏一族は……
もっと周りをよく見るべきであった。
機会に恵まれない者たちの嫉妬と憎悪が、どれだけ激しいかを。
「清盛と、その長男の
しかし!
他の奴らは何だ!
実力もなく、何の実績も上げない者が……
ただ平氏というだけで!
贅沢三昧の生活を送り、
一方。
我ら源氏には……
いくら実力を磨いても、いくら実績を上げても、何の機会もやって来ない!」
源氏は、数代前の
その義家が死ぬと
源氏が自らの有様を嘆くほど、平氏への嫉妬と憎悪は激しさを増していく。
◇
分不相応な地位を得ている平氏一族の中でも、優れた人物が一人いた。
「平氏でなければ人ではない、だと?
我らは実力ではなく、優れた
一族には無能な役立たずしかいない!
すべては、この呪われた銭のせいなのか」
日々募る苛立ちと比例し、重盛の身体は病魔に
結果として父の清盛よりも先に死んだ。
一方。
平氏への嫉妬と憎悪をひたすら
『
お金の普及は、日本史上最大の内戦を引き起こすという災いを招いたのだ!
◇
源氏には、3人もの『英雄』がいた。
関東の武士たちの人望を集めた
その
義経は
結局のところ。
お金は、お金を普及させた平清盛自身も、その恩恵に
むしろ、とんでもない災いを招いたことになる。
一族を
◇
1192年。
平氏を滅ぼした源頼朝は、鎌倉幕府を開く。
平氏に代わって幕府が
既に
それでも。
あの徳川家康も尊敬し、真似したと言われるほど……
鎌倉幕府は見事な『組織』であった。
問題が生じても、自分たちで勝手に裁いて
幕府に全ての裁きを
これでは内戦が起こりようもなく、およそ100年続く平和を達成する。
「ついに……
平和で安全な世が実現したのだ!」
人々は皆、明るく希望に満ちた未来を予想した。
これで、災いの連鎖は断ち切れたのだろうか?
◇
「凛よ。
飲食、交通、観光、芸能や風俗などのモノを
これに、鎌倉幕府が達成した平和が
「平和が拍車を?」
「うむ。
ありとあらゆる場所に
これらの場所で働くために大勢の民が農地を離れ始めた。
ちなみに。
日本の伝統芸能のほとんどは、この鎌倉時代に誕生している。
宋銭の普及あってのことだ。
宋銭が、日本の伝統芸能に重要な役割を果たしたのは間違いないだろう。
そして。
お金は、人間の心の中へと入り込む。
心に根を張り巡らせ、やがては心を
「平和だ!
安全だ!
これからは、もっと良い時代になる。
だって。
お金が、我々にありとあらゆる楽しみを与えてくれるのだから。
さらに、もっとお金があれば……
生活はもっと豊かになり、もっと楽しくなる。
もっと、もっと多くのお金を得よう。
お金こそがわたしたちを幸せにしてくれる、わたしたちの神だ!
より多くのお金を得ることこそ、人の生きる『目的』ではないか!」
こうして生きるための手段に過ぎないお金が、人の生きる目的へと変わっていく。
目的と手段を
災いの連鎖は断ち切れるどころか、より大いなる災いを
秩序が
その日は、刻々と迫っていた。
【次節予告 第十五節 お金は目的か、それとも手段か】
凛は強い違和感を覚えます。
宋との貿易では、金や銀、木材、刀などを売って宋銭を買っていました。
ただし、宋銭はお金であって、お金そのものには何の価値もないのです。
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