第九節 印象操作という手法
「光秀様。
これは前日に
明智光秀の長女に生まれたことで、凛は決して逃れられない『宿命』を背負うこととなった。
それは余りにも辛くて重い。
気持ちを整理し、受け入れるための時間が必要であった。
そして、ついに……
長い夜が明けた。
◇
光秀はまず
「阿国よ。
そなたには
「
光秀様」
「そなたがいなければ……
凛は、どうなっていたことか」
「ご心配には及びません。
凛様は賢い御方。
必ずや、
「そなたが付いていれば安心だ。
それでも。
まだ、わしには迷いがある」
「どんな迷いがあるのです?
光秀様」
「阿国よ。
『戦国乱世に終止符を打ち、平和な世を達成したい』
この使命を全うするには……
強大な武力を持つ必要があった」
「存じております。
そのために、
「その第一弾として。
わしは、
ただし!
肝心の村重が、とてつもなく大きな問題に直面している」
「とてつもなく大きな問題?」
「国を統一できないことだ」
「国を統一できない?
国の統一を『邪魔する』、何か強大な勢力が存在していると?」
「うむ。
摂津国の
「摂津国の石山?
それは、
この時代。
本願寺教団は、現在の
石山の地にある
宣教師のガスパル・ヴィレラは、この教団が当時の人々から絶大な人気を得ていたこと、加えて凄まじい財力も誇っていたことを以下のように語っている。
「本願寺の
と。
◇
「
教団に莫大な財力をもたらし、数万人もの兵を雇うことまで可能にしたと聞く」
「覚えておいででしょうか?
光秀様。
わたしは、教団の信徒が非常に多い
「
教団への深い『恨み』を抱き続けていることも」
「……」
「
気の毒なことに……
その
「光秀様。
勢いに乗った教団は、
今や隣の
「うむ。
このままでは、隣国が飲み込まれるのも時間の問題だろう」
「教えてください。
摂津国が、加賀国と同じ結末になることを避けるためだったのですか?」
「そうだ。
良いか、阿国。
坊主とは……
それがなぜ、数万人もの兵を雇って武力を用いることまでする?
俗世から全く離れておらんではないか!」
「わたしもそう思います。
神を知り、神を
国の統一を邪魔する存在でしかない、あんな教団の存続を決して許すべきではありません」
「その通りだ。
わしは、こう考えた。
『このままでは……
手段を選んでいる場合ではない!』
とな」
「
光秀様は、この4人の『抹殺』を決意なさったのですね?」
「そのために、わしは……
『印象操作』という手法を用いることにした」
「印象操作!?
4人の印象を下げ、人々が村重様を選ぶよう誘導なさったと?」
「うむ。
4人の重箱の隅をつついた[
「噂[デマ]を何でも
4人を支持する人が減った一方で、村重様を支持する人は増えたことでしょう」
「ああ。
『
「
「そうだ」
◇
「これでは……
村重様が、ご自身の『実力』で大名の地位を得ていないことになってしまいますが」
こう続く。
「いや。
むしろ……
村重様に、
「……」
「国を統一するどころか、足元を治めることすら
「阿国よ。
そなたの
先の先まで読む『
「……」
「話を戻そう。
村重は元々、数ある
それが
「『
「そうだ」
「光秀様。
そんな成り上がり者を、国の支配者と認める国衆がいるのでしょうか?」
「……」
「誰一人としていないのでは?」
「阿国よ。
すべて、そなたの申す通り……
村重を国の支配者と認める国衆など誰一人としていない。
国を一つにするどころか、足元を治めることすら
「だからこそ迷われておいでなのでしょう?
そんな『危険』な場所へ、凛様を行かせて良いのかどうかを」
「……」
◇
迷う光秀の背中を、阿国が強く押し始めた。
「凛様は、わたしが命に代えてもお守りします。
それよりも……
このようにお考えになってはいかがですか?
これは、凛様の持つ才能を開花させる絶好の機会であると」
阿国は何と、危険な場所へ行かせることを絶好の機会[チャンス]だと言い切ったのだ!
これには光秀も驚きを隠せない。
「阿国よ。
これが、才能を開花させる絶好の機会[チャンス]だと申すのか?」
「凛様は
ただし、今はまだ才能を開花させていません。
この才能は……
困難な状況の中で闘うことで、ようやく開花するものだからです」
『戦い』と『闘い』は違う。
戦いとは、勝ち負けを決めるために争うことを意味する。
だからこそ絶対に勝たねばならない。
勝つためなら、どんなに汚い手段を用いたって構わない。
正々堂々と正面から挑むなど、頭の中に一面のお花畑が咲いているおめでたい人間か、平和ボケしたズブの素人がやることだ。
むしろ。
誰かを利用し、
一方。
闘いとは、どんな方法を使うかが肝心であって勝ち負けは二の次となる。
暗闘、苦闘、闘病など、困難な状況を乗り越える際に使う言葉であり、汚い手段を用いるかどうかで悩む必要はない。
到底、
◇
「
なぜ闘うことで開花すると思うのだ?」
「凛様の『使命』は……
荒木家に限らず、
「うむ」
「ただし。
その使命を果たすには極めて困難な状況でしょう?
大名である
摂津国を一つにするどころか、足元を治めることすら
「……」
「しかも。
荒木家にとって、凛様は『よそ者』に過ぎません」
「……」
「『この国をろくに知らない
などと厳しい言葉を浴びせられる可能性もあるでしょう」
「……」
「凛様は感情の起伏が激しい御方。
心無い言葉に深く傷付き、強い諦めの気持ちに
「よそ者であるために『外』との闘いを強いられ……
【次節予告 第十節 敵を知り、己を知れば百戦危うからず】
父は娘にこう言います。
「利用され、騙され、欺かれ、操られて悲惨な目に合うのは……
誰かに付いていけばいいと『楽』をした結果であろう」
と。
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