第十節 敵を知り、己を知れば百戦危うからず
すべて、
明智光秀によって
国を一つにするどころか、足元を治めることすら
しかも。
嫁ぎ先の荒木家にとって、凛は『よそ者』に過ぎない。
「摂津国の全ての人々を信長様に従わせること」
この使命を果たすには極めて困難な状況だと言わざるを得ない。
むしろ。
絶望的な状況だと言った方が正解かもしれない。
◇
「『この国をろくに知らない
などと、荒木家の一族や家臣から厳しい言葉を浴びせられる可能性もあるでしょう」
「……」
「凛様は感情の起伏が激しい御方。
心無い言葉に深く傷付き、強い諦めの気持ちに
「よそ者であるために『外』との闘いを強いられ……
「はい」
「……」
「この状況を打破するには、
国を一つにすることが目的であって、争いの種を撒くことが目的ではないのですから」
「その通りだ。
誰かが
使命を果たすどころか、争いの種を
『
「辛抱強くあるためには……
こう考えることが大事だと思っています。
『どうして、そんな言葉を吐いてしまったのか?
相手が置かれている辛い環境が、そうさせているのか?
あるいは、単に知らないだけでは?
もっと分かりやすく説明してはどうだろう』
と」
「素晴らしい考え方ではないか!
阿国よ。
そうやって常に『相手の立場』になって考えていれば、結果として人々を一つにし、大きな成功を収めることができるはずだ」
「有難き幸せです。
光秀様」
「仮に『正しい』ことだとしても。
人々を一つにするどころか、争いを引き起こすだけの有害な存在でしかないのだからな」
「『正しさに
「ははは!
よく覚えているのう。
阿国よ」
「正しさに
人は『成長』するものでしょう?」
「その通りだ!
この非常に困難な状況は、凛を成長させる絶好の機会[チャンス]となるに違いない」
「はい。
必ずや!」
「あの日。
強引な手段を用いて親戚から奪い取ったが……
そなたを我が家に迎えられて
「あ……
わたしも、お
阿国は光秀を正視できなくなった。
何か秘めたる想いを抱えているのだろうか?
「そなたが頼りだ。
凛を、よろしく頼む」
阿国は……
光秀の亡き妻・
吹けば消えてしまうような透明感と、守るべき存在と男に認識させるような
加えて、一緒にいると妙に落ち着くのだ。
一種の強烈な魅力の持ち主だとも言えるだろう。
阿国を見た男の多くが、彼女を『女』として見ていたに違いない。
既に亡くなっているとはいえ……
妻を
彼女の想いも知っている。
それでも、自分の気持ちに蓋をして過ごしてきた。
笑顔を見せつつ下がらせた。
◇
本質を見抜く能力。
これは、真実を見抜く能力とは全く違う。
真実を見抜く能力は……
単に本当のことを見抜けるだけでしかない。
問題の原因を探る『糸口』になるだけで、問題そのものを解決することはできない。
「それが真実ですか。
それで、どうするんですか?」
まさしくこれである。
ただし。
SNSとAIの発達によりデマ情報が世に
一方の、本質を見抜く能力は……
背景や特徴、目的、理由などの全体観を
問題そのものを解決することができる。
表面的に、あるいは一部を知っただけでは全体観を掴むことなどできない。
『全て』を知らなければならない。
本質を見抜くことには、相当な労力が伴うのだ。
阿国が『闘い』と表現したのも当然だと言えよう。
◇
本質を見抜く能力。
これを、『洞察力』とも言う。
「苦労してまで身に付ける必要はない。
何も考えず、地位があり、有名で、影響力のある人に付いて行く方がずっと楽だ」
こう考える人が非常に増えているが……
大きな疑問を感じる。
「高い地位に
あるいは、メディアに出ている有名な人。
あるいは、SNSで影響力があるインフルエンサー。
これらの人の話なら全てを
残念ながら。
彼らは、彼女らは……
実力でなく『
あるいは、単に『目立つ』才能を有していただけかもしれない。
または。
何の目的も、何の考えすらなく……
普通の人が名乗り出て言えないような、他人の重箱の隅をつつくような非難を『代弁』したことで大勢の人々をすっきりさせ、ついには影響力を持つに至った中身のない人かもしれない。
そもそも洞察力のない人が、誰が洞察力の持ち主なのかをどうやって見分けるのだろう?」
と。
一方で、凛の方は……
洞察力を身に着けたいと願う傾向が非常に強い女性だと言える。
「なぜ?」
「どうして?」
常に、こう問いているからである。
まるで隠された宝物を夢中で探しているかのようだ。
宝物を見付けるためには、どんな労力も
光秀も、阿国も……
凛は洞察力において
◇
一晩ずっと泣き続けたせいなのだろうか?
泣き
「凛よ。
もう一度、信長様に訴えることもできるが……」
一方。
愛娘は、父に甘えるつもりがないようだ。
「父上。
わたくしの使命は、
「うむ。
大丈夫なのか?」
「わたくしは……
ずっと探していました。
『人は、特別な存在なのでは?
何らかの意図を
銭[お金]を増やすこと、楽しむこと、有名になること、このことばかりを追求する生き方が、人らしい生き方であるはずがない!
そうならば……
わたしは、どんな生き方をすればいいの?』
と。
この答えはまだ見付かりません。
でも。
その前に……
わたくしは、父上の娘でしょう?」
「凛……」
「宿命には逆らえないのでしょう?」
「……」
「行きます」
父は娘を改めて見た。
同じ年齢だったときの自分は、こんなにもしっかりしていただろうか?
娘とは……
父が思う以上に成長するものなのだろうか。
早くに母を亡くしたことが、よりしっかりとさせたのかもしれない。
感心すると同時に強い頼もしさを覚えた。
覚悟を見せた愛娘に対して、父は一つの質問をする。
「凛よ。
一つ問いたい。
そなたが闘うべき『真の敵』とは、誰か?」
「誰……?
信長様に従わない者たちのことです?」
「信長様のなさることが常に正しいとは限らんぞ?
人は誰もが間違いを犯すのだからな。
利用され、
「……」
「
「わたくしは、もっと敵を知り……
真の敵が誰なのかを正確に見分ける能力を身に着ける必要があると?」
「孫子の兵法にもある」
「『敵を知り、
「そなたに、2つのことを教えよう。
まず1つ目は……
『戦いの黒幕』という敵のこと」
「戦いの黒幕?」
「そして2つ目は……
黒幕を生み出した『歴史』についてだ」
戦国時代屈指の策略家・明智光秀。
この娘として
凛はまだ何も知らない。
やがて自分自身の才能を見事に開花させ、戦国乱世に終止符を打つ『女帝』の誕生に深く関わっていくことを……
第壱章 前夜、凛の章 終わり
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