第29話、闇ノ結晶2


 雲雀を保健室のベットに寝かせて、首元のボタンを君軸が外した。

「さてさて、乳首の色を採取しなけれ――――くそっ、目を覚ましやがった」

「身の危険を感じた」

 目を覚まし、雲雀は周囲を観察する。それが終わると次いで額に手を添えて何があったのかを思い出そうと試みる。

「なあ、雲雀」

「なんですか先s」

「――――4月10日、何があったか分かるか?」

 花子は雲雀へ問いを投げる。そこにはある種の圧が感じられた。三名の間に広がる緊張、それを放っているのは他ならぬ冬空花子に他ならず。

「……? 4月、10日……?」

 ゆえ必然的に雲雀の返答へと注目が集まる。

「……特に、思い当たるものはありません」

「なら質問を変えよう――――4月10日の1限目の記憶は残っているか?・・・・・・・・・・

「え……?」

 その質問に何の意図があるのか、雲雀には見当もつかない。しかし花子の考えていることなど己には鼻から関係のないこと事柄だと断じて記憶を探ってみるが――――

「――――」

「もう一度聞く、残っているか?」

 有無を言わせぬ圧の感じる視線。虚偽や嘘など理性を尊ぶ彼女には即座に見抜かれるだろう。彼女の精神性に嘘や誤魔化しと言ったモノは通じない。

「………………残って、いません」

 よって告げられた答えは正真、秋津雲雀の真実だった。

「決まりだな。さて、これはどう見るべきか……」

「いやいやセンセ、それだけじゃないんじゃねすか?」

 明かされた真実。それを前に雲雀のズボンに手を突っ込んでる君軸が待ったをかけた。

「先生が雲雀の闇つつくなら俺も気になって事あるし、言っていっすか?」

「いいぞ」

「その前に僕のズボンから腕抜けこのクレイジーサイコホモが」

「えええ……」

 君軸は残念そうな顔を浮かべながらズボンの中に突っ込んでいた腕を取り出した――――血の付いたナイフごと。

「お前ほんと油断も隙もねえホモ野郎だな」

「そんなに褒めんなよ、流石に照れる」

「貶してんだよカスが」

 ズボンの中の太腿がナイフに切り付けられていたのだろう。保健室の布団が血塗れになっていた。

「でだ、雲雀。お前いつから痛覚ないんだ?・・・・・・・・・・・

 そして君軸は雲雀の二つ目の闇を告げる。

「…………!」

「いやいや、そんな驚かれても最早誘い受けしているようにしか見えねえぞ?」

 雲雀の胸元がはだけていることもあって本当に誘い受けにしか見えなかった。

「立花の親父に歯をへし折られた時、俺の愛の籠った銃弾を受け続けた時、体育祭後に立花に頬ぶん殴られた時。

 ――――お前、痛がるフリ下手過ぎるぜ」

 ヒントは至る所にあった。それを指摘し、その上で必然的に見抜いたと告げる君軸に雲雀はため息を吐く。

「ああっ、雲雀の二酸化炭素ッ!! 回収しないと」

 目の前でビニール袋をバサバサする君軸。雲雀の顔面にビニール袋がかぶさった。

「少しはシリアスな展開学べ」

「うるせえ!! 俺は一分一秒常にシリアツに生きてんだ邪魔すんな冬空ァ!!」

「なんで怒られたんだ私は。つか呼び捨てすんな、あとで反省文出しとけ。それとベット弁償な」

 暴走した君軸を嗜めて、ひと段落着いたところで君軸が現状整理を開始した。

「と、まあそんなわけで今のところ分かっていることは視界を無意識に弄れてること、記憶を自由に弄ってること。痛覚の消失。あとは怒りとか悲しみとかの感情も欠落してるってとこでしょうかね?」

「待って僕が刺されたこと一切触れないのどうして?」

 もしこの場に常識的に感性がある人間がいれば『そんな人間、いるわけがない』と嘲笑うところだろう。

「そんなとこか。あと最後の感情の欠落は多分、実際に感じてはいるが認識が出来てない、ってとこじゃないか?」

「ねえねえ聞いてる? おーい」

 しかし彼女らは違かった。目の前に起きている異常を、自分に分からないからと投げ出すような自称エリート様などではなかった。

「え? 先生、雲雀の歪みの根源。もう見抜いたん?」

「うん、本人の目の前で本人の脳味噌解剖しないで貰っていいですか?」

 何処まで行っても現実的に、秋津雲雀の歪みを見据えている。

 現実的に異常性を認識し、たった今、冬空花子は雲雀の深層に手を掛けていた。

「大体の辺りは付いた。だが確信するには情報が足らん」

「それでいいから教えてくれっていったら教えてくれますかね?」

「うん、まずベットからどけ。僕の太腿に座るな」

 花子は君軸を一瞥し、その理性の瞳で彼を推し量る。

「教えない。理由はお前にも期待してるからだ。今は確信に至るまでの情報が揃ってない。情報が完全に揃わない状態で考えたものは妄想と呼ぶ。何故なら足りない情報を自分の想像で埋めるからだ。そしてそんな妄想は物事を考える上で思考を阻害するゴミでしかない。覚えとけ」

「りょ」「はい糞が」

 君軸春鬼は間違いなく純粋な高校生とは次元が違う。サイコパス、誰にも頼れない幼少期、先天的な才能。それら全てを合わせて産まれた彼を花子は現実的に評価し、評価した上で『コイツならば私の出した結論よりも正確な応えを割り出すかもしれない』と認識したのだ。

「ぁ……」

「? どしたマイハニー」

「殺すぞ」

 雲雀は花子に対して、ある色が見えたこと認識した。

「(緑色……? 初めて見る、感情だ)」

 シナスタジア、感情を色として認識する特殊な感覚。それもまた秋津雲雀の持つ闇の一つだった。

「……緑、は理性……かな」

「「??」」

 雲雀は半ば直感でその色の正体を認識した。その上で二人に自分の秘密を打ち明けようと口を開いた。


 そして雲雀の一つの闇を話し終えて。

「「…………」」

 二人の反応は微妙だった。窓外でカラスが「かぁ……」と啼く。

「これは、どう見るのが正解か……」

「杞憂か、はたまたエロスか……今は雲雀の親父が帰ってから経過を見るに一票」

「まあそこが妥当かーちなみに後者の場合はどうする?」

 花子が君軸へ話を向ける。ベットに座り傷だらけの雲雀を膝に乗せる。

「ははは、そん時は雲雀の親父が事故死するだけですよ」

「お前最悪だな」「先生にだけは言われたくないっす」

 まるで悪代官が饅頭(隠語)を受け取っているような構図である。

「するにしても隠しカメラの提出に留めろ」

「了解」

 雲雀は窓外へと目を向ける。カラスが鳩と交尾していた。

「(ああ、一時間目が 過ぎてくなぁ……)」

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