第22話、君軸春鬼1
「なんでキモチワルイとしか思えない塵にそんなことしなきゃならないの?」
――――弩級の殺意と共に叩き付けられた。
「っ!? っ、ぁ……」
「おー、センセ―。立花気絶しちったww」
苦しそうに顔を歪める拳墜。そしてアンモニア芸を披露していた。
「ふふ、キモチワルイ……キモチワルイよ、花ちゃん。ああ、キモチワルイなあ……畜生……っ」
口から吐かれる言葉は全く変わらぬ悪意の権化で。しかし彼女の表情は何処か切なげで……。
「花ちゃん、ねえねえ花ちゃん……どうして? どうしてそんなにキモチワルイの?」
それは間違いなく
「なんで私に踏み込むの? なんでそのことがキモチワルイ塵にしか見えないの? なんでかな? ねえねえなんでかな?」
フェアリーは今、冬空花子を心の底からキモチワルイゴミだと断じている。
それは突然の感情変化、変わりゆく情緒が齎す異常現象――――などではなかった。
「――そりゃ対等じゃないからだろ」
あっさりと、飄々とした態度で答える花子。
「お前の過去は間違いなくお前に一生ものの傷を負わせてる。それに対して私は五体満足。つまり私の言葉は何もかもが上から語る御大層な説教にしか見えねえんだ。キモチワルイと思って当然だろ」
「え……?」
フェアリーは困惑の声を漏らす。意味が分からない、何を言ってるんだコイツは。と先ほどまでの余裕ぶりが途端に消えている。
「ああ、理解した。お前を知るにはどうやら同じ場所に立たにゃならんみたいだ。
――――だからもってけ」
ひたっ、ぶち、ビ、ギヂィ゛。奇怪な音が駅内部に響く。それは先ほどの化け物が戻ってきた音――――などではない。
「はな、ちゃん……?」
「おいおい、マジかw 面白すぎんだろ」
花子は自らの
「おいフェアリー、右腕、左腕、右脚、左足――――好きなの一本持っていけ。生憎私は牛丼しか奢らないケチ女でな、持ってくのは一本で我慢しろ」
目はいつもと変わらないモノで、だからこそ恐ろしい。この女は間違いなく素面で〝自分の四肢を抉っていいぞ〟と言っていた。
「な、ななななな、、なにを」
「ああ、自分の秘密を離さないとフェアじゃねえか。まあ明かすと、だ。私は校長曰く〝理性の怪物〟だ、そうだ」
相手と対等で向き合っていないから対等になろうとした。彼女がしているのは言ってしまえばそれだけだ。それだけを理由に右目を抉って四肢を奪っていいとすら言っていた。
「怖い、苦しい、痛い、嫌だ、そういう感情はあるんだが全部、理屈が絡めば極限まで無視することが出来る、とさ。当たり前に出来たんで分からなかったが、どうも異常なことらしい」
飄々と、いつものノリでそう告げる彼女は端的に言って異常だった。今まで目立った行動はしていない、特質して異常と呼べるような存在でもなかった。
だが、それは日常生活の中だったから、というだけ。思えばヒント今までにもあったのだ。
――秋津雲雀の共感覚が反応しなかったのは何故だ?――
――きさらぎ駅という異常な環境でも平気な顔をしているのは何故だ?――
「理を以て戒める。何故だろうな、どうしてかこんな簡単なことなのに誰もしない。」
「えっ、えっ、えっ?」
困惑しまくるフェアリー、だが花子は知らぬとばかりに言葉を繋げる。
「お前の痛み、お前の苦しみは共感できんが察しはした、要はお前の人生には一生残る傷が付いているんだ。つーわけで私も
全て、すべてすべて感情を持った上で無視したからこそ彼女は行動できていた――――間違いなく異常者だ、冬空花子もまた異常者だった。
「で、まだキモチワルイか?」
だが、そんな異常者だからこそと言うべきだろうか。
「…………」
廃墟の駅。無人の世界と浅い光。それは不気味ながらも幻想的な世界を認識させる――――あと君軸の薄ら笑いが邪魔。
「……気持ち悪く、ない」
切なく、小さい声で。ポツリと言う。
「そか」
にかっと微笑む。その微笑みはいつもより優しく、どこか母性を思わせるもので。柔らかなぬくもりを感じさせてくれた。
「――――いやあ、君は最高に可愛らしいな。愛したくなるぐらいだ」
だからこそ、フェアリーはその
◆◇◆20XX年X月X日
私には姉と妹がいた。そこに両親を加えた五人家族。
「ほんっと鈍くさい子ねえ。
否、四人家族と一人だった。
父は大企業の社長。私は父が秘書に孕ませた結果、生まれた子供だった。
「ハルミ、ハルカ、今日はハンバーグよー」
「やったっ」「ままのハンバーグ大好き!」
私の
姉と妹は私をイジメて、父は私に暴力を、母は陰湿な差別を繰り返した。
ある日、母が死んだ。不倫相手とのデート中に事故を起こしたらしい。特に悲しくはなかったが、顔見知りであるため葬式には参加した。
――その時、私は運命に出会った。火葬する前、親族が死体に触れる機会があった。当然、私も触る。
「(なんて……素敵なんだ)」
私はその時、精通を迎えた。あろうことか心の底から嫌っていた母に性的快楽を見出した。
「(どうして……)」
ズボンのポケットに手を入れ、股間に付いた匂いを母の頬へ触れさせる――興奮した。
翌日、母の墓へ行った。墓石へ触れる。
「……冷たい」
当然の感想を嘲笑うかのように風が頬を撫でる。木の葉が吹きすさび……私は自分の変調に気付いた。
「はぁ……はぁ……ぁっぁぁ……っ」
股間を右手で抑えて、墓石へ前屈みににじり寄る。周囲なんてどうでもよかった、今この瞬間の
「ぁあっ……ぁっ……ぁぁっ……!」
股間部分を擦る右手が止まらない――――もどかしい。
私はズボンとパンツを脱ぎ棄てた、凄い解放感だ。
「あぁ、ぁぁぁっ……かあ、さん、かあさぁんっ」
恥も外聞も無く、備えてある花瓶を押し倒して墓石へ近寄る。
墓石へ私の愛を擦り付ける――――冷たい、私は今、母の愛を感じている。
「心があたたかい……っ、これが、愛、なんだね……っ」
何かが込み上げてくる……私は母への愛を全力で表現した。
次の日も、その次の日も、次も次も次も次も、私は母の墓石を愛した。
そして私は気付いた――――死体が好きなんだ。
気付いてからの行動は早かった。父と妹を交通事故に見せかけて殺害、死体になった二人へ触れる――――やっぱりそうだ。
「私は……っ。私は今、真の意味で家族になれてるんだね……」
墓石に私の愛を掛けた。毎日、毎日、毎日毎日毎日。飽きることも無く愛し続けた。
「そうだ……お姉ちゃんとも、家族に、ならないと……」
まだ残ってた唯一の家族。私は彼女とも家族になりたかった。
――だが、お姉ちゃんは強姦殺人の被害に遭った。
どこの誰かなんて正直どうでもよかった。ただ、お姉ちゃんが
寧ろ感謝さえしていた。だって事故に見せかけて人殺すのって結構、大変なんだもん。
ありがとう、顔も知らない何処かの殺人犯さん。
ありがとう、お姉ちゃんをこんなに可愛くしてくれて。
ありがとう、私の家族を増やしてくれて。
ありがとう、ありがとうありがとうありがとう――――あなたも 大好きになりたいよ。
春に生まれた
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