第5話、初日2
◆◇◆4月5日 曇り
雨雲が広がり、意味もなく不安が胸から込み上げる。
「ねえ」
タンッ、読んでいた教科書が閉じられる。顔を上にあげるとそこには一人の少女がいた。
「貴女は……立花さん」
「あたしの名前は覚えているのね」
――――立花
何故か立花さんの眉間に皴が寄っていた。だが僕は彼女を怒らせるようなことをした覚えがない。
「ええと……初めまして」
まずは自己紹介。当然の礼儀ゆえ外してはいけないこと。だが――
「僕は「秋津雲雀」個人情報が流出している……!? 創造位階を無視して、そんな馬鹿な……」
動揺し過ぎてよくわからない単語を口にしてしまった。しかし立花さんはそれさえ無視して言葉を続ける。
「お父さんから教えてもらったわ、教育委員会の伝手でね」
「職権乱用プライバシーの侵害はい逮捕」
立花さんがバン、という音と共に机を叩く。そして痛かったのか掌をふーふーしていた。
「秋津雲雀……五年前に起きた強姦殺人犯、秋津啓介の息子なんだってね?」
「(
クラス中から一気に
「秋津啓介……?」
「殺人犯の息子って……?」
熱が下がり、息が詰まりそうになる。ああ、まただ。
「…………」
「そりゃ新入生代表挨拶も辞退するわよね? 身内に恥抱えてんだもんね? あたしだったら恥ずかしくて自殺してるわ」
僕の高校生活は、どうやら一週間で終わってしまったらしい。
「ねえ、なんとか」
「――そうだよ」
窓にホツリ、と水滴が線になって付く。
「僕は、犯罪者の息子だよ。それが、どうかしたかな」
「っ――」
ホツ、ホツ、と雨粒が窓に線を刻む。桜の花に雫が触れ――――弾けた。
「何で……何で人殺しの子供が平然と学校通えんのよ!!」
立花さんは振りかぶった平手を拳にし、猫のようにふーっと唸る。
「この学校の試験に、合格したからだよ」
頬の痛みを無視して、告げた。当たり前のことを告げたのだ。
「――何騒いでる」
「先生っ?!」「冬空先生……」
小さくガラガラ、という音を立てて教室に冬空先生が入る。
「先生は知ってますよね? 彼が犯罪者の息子だって」
冬空先生は目を閉じる。先生と同調するように周囲に静寂がおり、雨の音だけが耳残った。
「ああ、知ってたが……それがどうした?」
「どうしたって……それだけですか?」
冬空先生は真剣な声色で一言。
「ああ」
と、告げた。力強くも剣呑な一言は生徒の心根に強い衝撃を刻む。
「――なあ立花。お前の目の前にいるのは秋津啓介か?」
その声色のまま、確認するように立花さんへ聞く。
「え。で、でも」
「――お前の目の前にいるのは秋津啓介か?」
重ねて問いかける。ザーザー降る雨は立花さんの小さな声を掻き消すように教室へ響く。
「……」
「秋津 啓介 か?」
「…………ぃぇ」
告げる声はただただ重い。圧力にも似た雰囲気だ。しかし……
「(やっぱり……何の
この人の感情が、うちで何を思っているのか何も分からなかった――――そして僕は倒れた。
意識が薄れていく……もう限界みたいだ。
「(負の感情に、当たり過ぎた……かな……)」
強い熱量を見れば体感温度が上がる。不安はその逆で。
不快は気分が悪くなり、悪意はさらに酷い――――他者の感情に引きずられる、僕の共感覚の特徴、その一つだ。
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