第168話 友愛。1/4
岩や石——大地と同化し、操る事の出来るバルドッサは倒れていた——受けた打撃の余韻に
故にか、それは
「ラフィス‼ ラフィス、無事か‼」
彼の者の心配りは届くか否か、弾け跳んだ棘付き鉄球が先端に付く鉄槌が地面へと落ちると共に叫ばれたアーティーの声が瓦礫のように崩れ落ちた球状の岩を包む夜闇を切り裂く。
そして人影が一つ、岩が割れると同時に
やがて——
「アーティー……」
噴き出した光が何処ぞへと真っ直ぐに消えて、呼応する彼は声を掛けた者の名を
「ラフィス……無事か——『なぜ私を信じてくれない』」
とは言えと、声が聞こえたその時点で仲間の安否を確認し、一旦の安堵に胸を撫で下ろそうとしていたアーティー。だがその心配りも虚しく、直後——安堵も束の間も束の間に淡く崩れ落とす言葉が、アーティーの呟きに圧し掛かる。
「なぜですかアーティー……あの女は危険なのです、危険なんですよ……」
激しい光が通り過ぎて、視覚に厳しい明暗差で目の前が闇に眩んだその後に——ゆるりと整えられる瞳孔の中に、やがて心許ない
ガラス細工に走る罅割れから押し入って滲み出すような僅かに歪んだ光、ゆっくりと起き上がるその形は人の形を輪郭線も無く表現し、描いていた。
「たったひとつ……魔王石の欠片を奪われた、度重なった不運で……犯してしまった失敗、でも些細な——不運による失敗だったはずだ……それだけで‼」
「ラフィス……落ち着け——『私は落ち着いています‼ 冷静じゃないのは貴方だ‼』」
徐々に、徐々に不穏に。呼びかけた声に応じて口を開いて出る言葉の語気は始めこそ哀しみを憂いて震えていたが、
されども徐々に、徐々に不穏に声量が増していき、やがて会話をしようと試みた下半身が液状化しているアーティーの歩み寄ろうとした言葉をキッカケに弾けるように、溜め込んでいた負の感情が爆ぜたが如く一気に増大するに至る。
——悲しみは反転し、反動し、抱えた哀しみと同じ分だけの怒りとなったのだ。
「貴方は変わってしまった……昔の、勇猛で——大胆で、多くの仲間を惹き付け、仲間の皆を勇敢に慈悲深く快活に率いていた貴方はもう……何処にも居ない」
正気では無い者が正気では無いと自覚し、正気では無いと宣う事が往々として無いのと等しく罅割れて内側に溜め込んでいる光を血の如く微かに垂れ流す彼は、見るからに正気では無いようだった。
少なくともアーティーが思わずと
周囲の状況を一切と鑑みず、ただ真っ直ぐと自らの想いの丈を吐き捨てる事のみに執心した振る舞い——
「ちょっとラフィス‼ そんな事言ってる場合じゃ——『黙れ黙れ‼』」
「我々を然して知らない外様の小娘が——馴れ馴れしく口を挟むんじゃあない‼」
これまでの経緯と現在の状況を知る者の一人で在る少女ガレッタがラフィスの感情的な振る舞いからアーティーを守るべく異を唱える事も傍から見れば不思議な事では無かったが、それすらも聞き入れずに心臓の鼓動が激しくなっている事が一目で分かるようなラフィスの体中の罅割れから漏れていた
彼の身体の一か所から凄まじい光線を解き放つ様もまた、彼が正気では無い——狂った状態だと確信させるに余りある根拠であろう。
「なっ——攻撃、な……なんで——」
確かに、それは
「っ、ラフィス‼」
どうにかせねば、これまでの何よりも強い危機感を覚えたアーティーは思考を巡らせる。どうにか彼の激情を抑え込み、混迷を増す現状を打破せねばと、心の底から彼の名を呼んだのだ。
仲間の為に——ラフィス自身を含む仲間を窮地から脱させる為に。
けれど——それは、あまりにも難しい事だったに違いなく。
「……私は話を聞いて貰いたいだけだ。それだけで——私は貴方からの信頼に応えてきた。常に
乾いた泥が吹かれた風で剥がれるように、ラフィスの右瞼の少し上の皮膚が欠片の如く剥がれ落ち、露になるのは真っ赤に染まる——この世界の住民にとって恐ろしさの象徴である赤い警告灯の如き眼光が静かに溢れて。
「っ……馬鹿な事を——『動くなバルドッサ、この臆病者‼』」
更には、二度目の強引な手段は許さないと——まるで自身の冷静さを必死で証明するように、その赤い眼光は此処までの戦いの中で負傷しながら無理をするように叩きつけられた木の幹から背を離した巨躯の岩石男バルドッサに向けられるまでに至る始末。
再びと放たれた光線はバルドッサの背後に在った樹木の一柱をバルドッサの頭の位置から少し上を焼き切り、倒れてくる樹木をバルドッサに避けさせて彼の行動と口を塞ぐのだ。
「いつも自分は何も決めずに後ろでコソコソと文句ばかり……何も背負わずに背負わせてばかりだった君が、アーティーを支えてきた私を非難する資格など無いはずだろう‼」
「気をしっかり持て、ラフィス‼ 飲まれるな‼」
仲間に対して
——分かっている。これまでの不平不満は単なるキッカケでしかない。
だから怒りは湧いてこない、その横暴な振る舞いも身勝手で主観的な主張も仲間である彼らは批難せず反論もせず、怒りを怒りで返さず——理解するのだろう、理解しようとするのだろう。
「私は正気だと——言っている‼」
己を映さぬ影——ドッペルゲンガーの半人半魔、ラフィス。
次々と剥がれ落ちていく彼の鏡の破片のような表面の裏で、
彼だけの物か否か。
明らかなる異変、増大していく崩壊の前兆——内々から溢れ出る怒りを増していく事を如実に表すが如く彼の内側に潜んでいた漆黒が膨れ上がり、その闇を覆い隠していた彼の表情や体の罅割れを殊更に取り返しの付かないものへと変え占めてゆく。
それに比例し、彼の仲間たちは異様な彼の今後に対する心配と憂いを増々と強め、各々がこれからの事を無意識にも察して何か打開策は無いものかと苦汁を舐めているような様子表情を浮かべていた。
——では、彼女らはどうであろうか。
どうであったであろうか。
「ふぅ……そろそろもう
「本当に……無粋な事をしてくれたものですよ。暴走間近だから抑えてたというのに」
答えは至って明快、他人事。
未だ
「——っ⁉ デュラハン‼ ルーゼンビフォア‼」
「ふん——なんぞ、次は我にも文句を垂れてみるか? 己が無様な姿も見れぬ心も弱き——名も知らぬ雑魚よ」
キッと己以外の声の主に条件反射で向いた先で、何の事は無い気まぐれで付き合っていた茶番狂言の舞台を片足で
彼らの内輪に何の関係も無い外様の者。
だが、そうして静観を続けていた彼女らが声を上げた事で、風向きが——状況が変わったのは間違いない。
それは無論と、ラフィスの仲間たちが望む方向では無いものであったが。
「……このような状況でも——私を足手纏いと閉じ込め——‼」
此処に至るまで見えていなかった周囲の現状の——今の自分を含めた仲間たちを取り巻く状況の全てが、肥大化する隠されていたラフィスの内側の漆黒が彼の視点を押し上げていた事も相まって酷く一方向的に、
己の姿以外が、明確に——見えてしまっていたのである。
「——……」
やがて彼が今、ラフィスが今——誰よりも憎んでいた敵の姿を、彼の身体から未だ次々と崩れ落ちていく彼の自我や自意識とも述べてもよい鏡の如き欠片が、月明かりの反射と共に映し込んで。
それが或いは、最期の引き金——キッカケと呼べた事にも相違は無い。
「貴様……セティス・メるぅぅラぁぁ——ディィナァぁァナぁァァァァ‼」
ただ、憤怒——それだけが、その二文字だけが、まさにその思考なき咆哮に込められていたようだった。
半人半魔の——憑かれた魔に侵されて食われゆく者の、最期の断末魔の如く——悲しく、哀れな叫びのように。
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