第168話 友愛。2/4

***


 彼の主観として見れば、今は白銀の騎士カトレアの背で力なく運ばれる小さな背丈の魔女セティス・メラ・ディナーナの存在と戦いこそが彼の挫折と錯乱の始まりとも言える。


全てがそう——

全てがそう——



「貴様さえ——貴様サエ——現レなケレバァァァァ——‼」


全てがそう——賢明で懸命なる彼女の所為。

己が愚行を棚に上げ、何の自省の無いままに剥がれていくのは過去の彼が築き上げてきたのだろう虚栄そのものか。


憎悪の如き闇と朧気に同化して見える影そのもののような肢体が、森の天井を頭一つと突き抜ける程に肥大化し始め、同時に剥がれ落ちゆく彼の表面だったモノの欠片が各々と周囲の光を吸い集めるように輝き始めた。


「愚かな事——だな‼」


骸骨騎士の右腕に灯った黒き魔力の渦から、鞘から刃を抜くが如く片腕で扱うには少々と煮が重そうな漆黒の大剣を創り出され、一旦と地面に突き刺さった刃は容易く引き抜かれて右肩から螺旋伝いに流れゆく黒い魔力の禍々しい流れと共に操られる。


ガキンッと音がした、


「……行かせませんよ、己が傲慢と愚かさも知るがいい」


 「——ふん。無知は貴様であろう」


蠢き始めた黒き影のように変異したラフィスだったモノが更なる肥大化を続けながら周辺の森を片腕で掻き分けるように薙ぎ倒す轟音に混じり、一振りの槍と漆黒の大剣は交錯し、互いの持ち主の睨み合いを再びと演出するのだ。


「レヴィ‼」


 「キヤぁァァァァ‼」


抱える思惑は実に様々、生き物の全てが忌避したのか彼ら以外の音の無き静寂の森に訪れた夜闇に滞流する混迷、夜という括りの中で急変し続ける事態の連続。


一つの判断の行方が、恐らくと様々な陣営の今後を大きく左右するだろう。


異様な変貌を遂げつつあるラフィスを尻目に、先々の展開を予想して動き出そうとしたデュラハンのクレアの足を止めるべくルーゼンビフォアは幾度もと一進一退の攻防に勇みながら何処ぞへ吹き飛ばされたままだった両手両足と頭が蜷局に剥かれた怪物レヴィを呼び戻す。


ルーゼンビフォアの目論見は明白、ラフィスの爆発した怒りの矛先が何処に向くのかを考えれば己が止めるべきは、当然とクレア・デュラニウスが仲間を守る為に動かせる脚と余裕のみ。


これまでと変わらずにレヴィにデュラハンのクレアの仲間たちを襲わせ、仲間を守る為に強引な手段と無理を課させ、彼女を討ち取る隙を伺う——それがルーゼンビフォアの目論見である。



ただ——いや、では彼らはどうであろう。


『再三——失礼つかまつる‼』


少しばかりと場を離れ、己らに歯牙を向けていた怪物レヴィの標的から外れていた彼ら。突然と現れては鋭利で勢いのある刃を振るい、忽然と消える力を持つ老人ガラルが幾度目かの登場にて尚もルーゼンビフォアの背後を狙って攻勢を繰り広げる。クレアとの立ち合いから一歩と下がり、呼吸を整えようとした矢先に突如と首筋目掛けて振るわれる刀の一振り。


「ちっ——だから無駄だと言っているでしょう‼」


ルーゼンビフォアにとってのは、もはやであって持ち前の凄まじい反射速度で躱す事も容易い物ではあった。


しかし、意識を疎かにすると自らの肢体を一刀両断にしようとする強大な漆黒の大剣の事を考えれば邪魔を極め、集中を大いに阻害する不純物。


苛立った。苛立った。



「……ごゆるりと参られよ、彼の者から頂いた一飯の恩義ゆえ」


それを察した上での立ち回りであれば尚の事、腹が立ち——無意識に放つ舌打ちの音も大きくなろう。蠅でも手で払うように振られたルーゼンビフォアの槍を避けながら、老人ガラルの真剣みのある厳つい流し目が向くのはデュラハンのクレアに相違ない。


そうして阿吽の呼吸と言えずとも、

刹那の内に目配せで交わされる会話——或いは妥結。


「——要らぬ世話を‼」


ルーゼンビフォアから受けていた嫌がらせのような一進一退の攻防から解放されて僅かに余裕を取り戻したクレアは、その余裕を握り締めて骸骨騎士の片足を軸に盛大に振り返り、遠心力を伴いながら骸骨騎士の片腕に持たせていた漆黒の大剣を鋭く投げさせるに至って。


「グギャァ⁉」


すれば投げ出された漆黒の大剣が猛烈な勢いで突き刺さるのは、ルーゼンビュフォアとクレアとの攻防を真横に通りに受けてクレアに背を向ける形と成っていた怪物レヴィの背にも他ならない。


釘を打ち付けられたが如く、かつて少女だった肢体は『く』の字に曲がり、そのまま地面へと釘付け。その時、満を持してか漸くか——幾つもの瞬く間も無い時の流れの中で繰り広げられた思慮深い攻防の後に、全ての充電か或いは蓄電とも思える工程は経たれて——輝かしい程の純粋で身勝手な怒りは解き放たれるのだ。


鏡面奏光リファスト・フィアル——』


間に合うか否かは曖昧と肥大化した憎悪の塊、黒き影のようなモノとなったラフィスの赤い双眸は一人の魔女を抱える白銀の騎士へと鮮烈に向けられ、そして——。


「必要ない、ピョン‼」


 「——」


合間、白銀の騎士から放たれたその言葉が、地面を踏み潰し、爪先で大地を抉ろうとしていた骸骨騎士の足を止める。いや——止めたのは、止まったのは骸骨騎士を操る彼女の心か。


『——大葬鎮魂歌バラドラッテ・リューリナス‼】』



 「コイツの手の内は知ってるんだピョンよ‼【歪曲氷鏡コスメティック・ボックス冬化粧ふゆげしょう‼】」


そして放たれた憎悪の咆哮の如き——無数に宙に散っていた鏡の破片から反射したかの如く放たれる白き光線。それにとの類語、もっとも強く凶悪な怪物にと宣ってまで対するは、雪模様の彫刻が刻まれた幾つもの小さな蒼い箱と——突如として吹き荒れた猛吹雪。


更には猛吹雪が、やがて怒りの白き光線を浴びるだろう白銀の騎士を守るように創り上げられる蒼氷の巨大な壁——いや、それは壁というよりも氷の彫刻——まるで花の蕾のような形状をしていた。


凄まじい勢いで放たれる破壊の光線と、凄まじい勢いで構築された砦——その結末や如何に。


「ほう……光を、っ‼」


と、次回に続きたくもあれども既に結果は語った記憶も無きにしも非ず。


吹き荒れた猛吹雪、恐らくと忽然と消えた直後であろう後ろ歩きで後退するような姿勢で老人ガラルが夜闇と視界の悪い吹雪の情景の中で猛烈に輝いた光に惹かれ目を流して起きた事象に先見の明で感心の声を乾いた喉の奧から漏らしたその時——


「ウザったい、老害め——っ‼」


いい加減に茶々を淹れて来る老人の無駄と解っているはずの一辺倒な攻め手に嫌気が差したルーゼンビュフォアが決着を付けようと後退したガラルを猛追し、襲い掛かった直後——


「ウギャアアアアアアアァァ⁉」


光は曲がり、散らされて、地面に漆黒の剣と共に釘付けにされていた怪物レヴィの此れまでとはまた異質な奇声というよりも悲鳴に近しい叫びが耳を突く。


それから、彼女の笑い声。


「くくっ、やるでは無いか——褒めてやろうぞ、


激しく放たれた幾つもの光線の熱が吹き荒れた猛吹雪に攫われ、創り上げられた氷の砦は光の行き先を概ねと変える。


そうして威力が減衰され、分散された光の攻撃の大部分は光と氷の攻防の渦中にいた白銀の騎士カトレアらを避けるように左右後方の森の樹木に穴を穿ち焼き払ったが、そうでなかった何割かの光線は更に細かく意図的に行き先を変えられて身動きの取れない怪物レヴィを焼き貫き、そして老人ガラルに執心気味と成っていたルーゼンビフォアの眼前を幾つもと通り過ぎていくのだ。


「やってやった……やってやったピョン‼ ザマぁみろ、ルーゼンビュフォア‼」


それは何故に成し遂げられたか、もはや誰も知らず——誰も覚えていないだろう復讐心によるモノに違いない。


ほんの細やかな、本当に細やかな神への反抗、報復。


漆黒の兎仮面の片目に宿る赤い双眸は嬉々として声を荒げ、得意げに達成の喜びを一人——グッと背中を丸め、己の物では無い両拳を握って嚙み締める。



「——何の話か……知りませんね。誰ですか、テメェ」


その女の名は、と言った。

今は然して語る暇も無く、大して優先すべき重要事でもないこの因縁も、後に再びと語る事があるだろうか。


ただ——攻撃を受けた、復讐の対象になりて此度の戦いの中でルーゼンビフォアの脳裏念頭に彼女の存在の事など露とも無かった事実だけは、今の段階で確かな事であったようだった。


火傷痕から滲む血潮は、ほんのりと赤い。

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