第166話 仲間。1/4


糸も容易く、ねられた。

いや——いとも容易く刎ねられて。


「——っ、次から次に‼」


痛みなき苦悶、脳裏で悩みの種が芽吹いたかのように瞼を閉じたままに顔をゆがませて、突然の事態の変遷に真っ先に動きを魅せたのは暗躍者たちのリーダーであるアーティーであった。


たった今、目の前で宙吊りのままに首を刎ねられた謎の少年スペヴィアが現れたる時と同じ気配なき何者かの出現——予測などし難いにも程がある展開に、いよいよと感極まって流石に冷静を装っていた顔に怒りも滲む。


「【空玩粘土アトラ・ホビージョー‼】」


目も開けずに周辺の状況の全てを把握していた筈のアーティーは、スペヴィアと名乗った謎の少年に対する警戒で周囲に潜ませていた己の腕を溶かして作っていた液状の粘体ねんたいを一斉に飛び上がらせ、スペヴィアの首を突如として刎ねたばかりで宙に浮足立った何者かを捕らえようと自身も行動を開始する。


——それは彼の知覚の中だけの事か。


「ほう……か。見事」


いいや、それは紛れもなくひずみ、渦巻くが如く——。


一斉に飛び上がった自身の操る粘体を巻き込みながら、空間そのものが軟体動物の触手のように変質し、水牢とでも言うべき状況を創り上げていくのだ。


だが——


「されども、お辞めなされい。若人わこうどよ——無為な事、それがしに貴殿らと戦う意志は有りませぬ」


その老人は、今や世界の誰よりも——何者にもを持つ。杖をした柄と鞘が合わさる音はパチンと響き、礼節丁寧に、しかしてあまりにも不躾ぶしつけに突然と背後に立つ。


水牢の中に閉じ込めようとしていた相手の気配は消えて、いつしかその気配は最大級の警戒網を張っていた筈の己の背後に現れて。


「——なっ、に⁉」


突如として移動する老人の歩法と悠然としつつも真剣味ある鋭い息遣い、危機察知の本能が生じさせる悪寒に怯え立つ鳥肌の如き驚愕、戦慄せんりつ、虚を突かれたアーティーは咄嗟に振り返りながら片腕を腰に帯びていた剣の柄に伸ばす。


「「「アーティー‼」」」


同時に、致命的な失態に等しい程に不意を突かれた彼の今後を慮って彼の周囲に居た仲間たちも一斉に彼の窮地を救う為に動き出す。


アーティーの背後に控えていたバルドッサは彼との間に突如と現れた老人に岩の如く硬質化した巨大な腕拳を振るおうとしたし、


ガレッタは自身が張り巡らせていた糸が切断された事に戸惑いながらも欠損している腕の傷口から糸を溢れさせ、割腹の良い少年ブロムは状況の変化に頭がついて行かない表情を浮かべていたが指先を幾度か動かして周囲に佇んでいた木偶人形を操る素振りを魅せている。



まぁ、それらも遠目から見れば杞憂と表するに尽きる無駄な行動とも言えたが。



「——……突然の来訪、驚かせる失礼があったとはいえ、どうかほどの忠告は聞いて頂きたく」


老人が隠し刀を納めて再びと杖に擬態させた事と老人の言葉をかんがみれば、その瞬間の彼の歯牙はアーティーに向かう事は決してなく、あくまでも老人の行動は己の目的の邪魔をしない事をアーティーらに釘を刺す意図しかなかったのだろう。


……早過ぎる‼」


振るわれたバルドッサの巨岩の拳、しかしてそれは結果として空を切り、地を砕くのみで彼よりも遅れた反応を見せていた後続の攻撃もまた同じく。突然と現れては忽然こつぜんと消える老人に翻弄され、攻防も道理の理解もままならない状況が続く。


「まず一つ、此処は既に……数度と息を整えた後に、遥か熾烈しれついさかいが始まりましょう。汝らが、あのとどのような関係かは知りませぬが巻き込まれたくなくば直ぐにが宜しい」


次は夜闇に沈む森の樹木の一柱に背を預け、斜に構えて贈られる言葉。それから誰にも悟られない特殊な移動を魅せつける老人は、カサリと下駄の底で木の葉を擦りて全身の毛を逆立たせるような警戒一色のアーティーらに戦意を見せぬままに歩み寄り始め、隠し刀の納められた杖先で地をつついた。


そして——

「二つ、あのウツケから聞いた話は忘れなされ……アレや我らと関わっても、ロクな事など在りませんでしょうから」


向けた目線の先に在るのは、今しがた首を物の見事に刀で引き裂かれ、胴と切り離されて地面に転がる謎の少年スペヴィアの後頭部。それはまるで忘れろと宣うその口で、忘れてはならぬと注意を促すような振る舞いであった。


嗚呼——確かにそれで仕舞いならば、それほど楽な事もあるまいか。


「——クスクスks、酷い言い様だなぁ。


 「なっ——生きて……」


唐突とは言えぬ間合い、注目を受けての暫くの静寂の後に聴き馴染みの有る挑発的で嘲笑的な笑い声が地面を這った。思わずと漏れる彼の者を捕縛していた筈のガレッタの驚きを尻目に、幾つもの落ち葉が首を失った少年の軽い足音に踏み砕かれて。


その乾いた木ノ葉が砕ける音は酷く、耳に残るようだったのだ。


「『』なんてチートを貰って、やってる事が弱い者いじめなんて格好付かないよ。付かないかな、クスクス……」


拾われた頭、血もこぼれぬ切断面が回されて、口の減らない他者を小馬鹿にするような悪戯少年の純朴な笑みで唇は動き続ける。それからまるで、ヘルメットでも被るように——いや、螺子ねじでも回すかの如く軽々しくと繋がれた首——


をするでない。『』を持っておる貴様に言われる筋合いも無かろうが」


夜闇とは言え、ひらけた地に目を見開いたかのように注がれる月光、よくよくと目をらせばスペヴィアの頭と胴体が接着する瞬間に互いの断面から沸々と何かが沸き立ち、若干と首が伸びたようにも見えた。


「へぇ……凄いな、イミト・デュラニウスに会ったんだね。会ったのかな」


兎にも角にも、突如として暗躍者たちの前に現れた老人と少年は暗躍者らを挟みながらも彼らを無視するが如く内輪のノリで話を進め始めている。


「己の目で見て確信に至った。まったく……揃いも揃って度し難く、おぞましい事をする」


「クスクス……そんなにが、怖かったのかな。


辟易と呆れ果てて息を溢す老人に対し、先に注意された呼び名を敢えてと用いて挑発を続ける少年スペヴィア。


そんな二人に対し、警戒のあまりに口を挟めぬ暗躍者アーティーら一行は捲りめく状況の変遷に未だ対応できていない。



「——貴様も見れば分かる。……構えよ」


逃げるべきだったのだ、難しい話ではあったが老人の忠告を素直に聞き、少なくとも一刻も早くこの場を離れて体勢を立て直すべきであった。


——怪物を裕に超える、これより始まるに巻き込まれ、身を浸したくなければ、そうするべきであったのだろう。


全ては、外様とざまだから言える事ではあろうけれど。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る