第165話 冒険。4/4
尚も、ぎちぎちとスペヴィアと名乗った少年に絡まるガレッタの糸を、ブロムが操る幾つかの木偶人形が両腕で無感情に引き絞る拘束の情景、漂った緊張感のある暫しの沈黙を埋めるように風が夜闇に包まれる森を
「……申し訳ありませんわ、先走った行動。避けると思っていたのですが、見立てを誤りました」
そうして僅かの間に途絶えた会話を改めてと紡いだのは、スペヴィアを四方から拘束している糸を創り出して失われた腕で引っ張る体勢を固めているガレッタであった。
空中で縛り上げたスペヴィアから片時も目を逸らさずに睨みを効かせながら、雲の漂う空から射す月光の明暗にも動じずに背後に控えるアーティーに言葉を放ったのだろう。
「気にするな。結果として捕らえられたのなら文句も無い……それに、お前たちの即断即決の連携こそ、奴等の監視を任せた俺の信頼の根源だからな」
そんなガレッタの言葉に対し、己か否かも疑う事も無くアーティーは瞼を閉じるように顔を
「ただ……油断はするなよ、正体も分からない不気味な相手だ」
とはいえそれも一時の事で、改めてと落ち着きを見せた状況を見据えつつも先に広がるだろう数多の展開の可能性を予期しつつ、
宙に吊られたスペヴィアに向けて差し出したアーティーの掌はドロリと溶け始めてボタボタと次々に暗き森の地表に落ちては沈み、周囲のあらゆるものに警戒を促すが如くズルリと蠢く音を耳に掠ませていく。
「クスクスks——不気味なんて酷い表現だな。君らだって、一般的な常人からしたら十分すぎる程に不気味だろ。不気味かな」
確かにスペヴィアという少年の口が語るように、明らかな異様——手足から糸を出すガレッタや肉体が液状に溶けてそれを駆使するアーティーも常人からすれば一括りに怪物とも言えようが、しかしてそれを前にしても尚と悠長な顔立ちの余裕の態度を崩さぬスペヴィア自身もまた異質と呼ぶに差し支えないのは間違いない。
「——油断など有りませんわ。今の段階での情報として、アレに絡まった糸の感覚から……良く分かりませんが、通常の人間の質感では無いのは確かです」
故に油断など、出来よう筈も無く気を引き締め直すようにアーティーの言葉を受けてスペヴィアを絡め取った糸と繋がる己の腕を己の身により引き寄せて様子を覗うガレッタ。
——相手がもしも、己らと同じ様な肉体を変質させられる怪物であるのなら。
巡る思考は、彼女らが紛れもない怪物であるが証左とも言えるのかもしれない。
時として異質な怪物は何が通常で何が異質かを、どんな健全なものよりも知っているものなのだから。
だが——、
「硬いというより、むしろ柔らかい……密着性の高い弾力性のある身体です。接触の際の衝撃や今も縛り付けている力が受け流されて分散消失されているように感じますわ」
「……半人半魔か、或いは」
目の前のそれが、如何な怪物かまでを知る由までは無かろうよ。不透明に濁る思考のるつぼ、そこに陥ろうと回す他は無い現況、
幾つもの疑心に塗れつつ現時点で得る事の出来た情報を伝えるガレッタの言葉に反応を示したのはアーティーの更に後ろにて——もはや今までアーティーらなどと比較して評していた巨躯が小柄と言える程に二回りほどに巨大化し、
スペヴィアを拘束した際にガレッタの糸に切断された木々が倒れて音や連鎖的で不要な破壊を生み出さぬように岩の如く硬質化した腕で支えていたバルドッサである。
——そこに居た誰もが、間違いなく一筋縄では行かない力を持っている。
「クス……冷静な状況分析だね。情報把握かな? そんな事より第一段階の質問の返答を欲しがっているよ、僕は。御話しするのかしないのか、コマンド選択方式で進行してる訳じゃないんだ……手早く選んでくれないかな?」
にも拘らず、やはりスペヴィアは一向に揺るぎを見せはしなかった。それどころか殊更と挑発的に、宙吊りになっている体を
いいや、或いはまるで——それは
そう思わせる雰囲気を漂わすが故の不気味でもあった。
協力を仰ぎたいと宣う言葉の反面、何処か断られる事も期待して
「……三つ、質問をする。貴様は何者で何を目的としている、そして——バルピスの街で貴様らが奪った魔王石の欠片は今、何処に在る」
ただ——それ自体を考えても詮無き事には違いない、一見と身動きを封じたとて目論見も持ちうる力も知れぬ相手——念には念を入れてと自らの腕を溶かした液体を駆使し、
宙吊りのスペヴィアが糸の捕縛を打破した場合を考えてアーティーは宙吊りの彼の真下の地面周辺に潜ませながら相手が示した提案を飲むか否かを考慮するフリをして、情報を引き出そうと試み始める。
「クスクス……名前は名乗ったはずだろ? 目的もデュラハンであるクレアと彼女との半人半魔であるイミトの消滅さ……重複する質問は時間の無駄だよ、無駄かな?」
「ゴメンね。僕は僕にとって言うべきでない事は言わないよ。言いたい事は訊かれてなくても言ってしまうお喋り好きではあるけどさ。あるけどね」
悠々と時を過ごすスペヴィアとは対照的に、怪訝に緊張感を持ってスペヴィアと対峙するアーティーとその一派。周囲の木々木ノ葉が先の一瞬だけの攻防の余波に揺らぎ、枝が落ち、音を出さぬようにバルドッサが抑えていた糸に切り裂かれた樹木の幹の幾つかも、ゆっくりと意図的に地に倒されゆく。
遠き背後でもまた——彼らとは対照的に何の遠慮も無い破壊の轟音が新たに響き渡り、暗躍する彼らの立場を嫌という程に自覚させてくる。
「それからさ、三つ目の質問——魔王石の欠片……その行方が一番の関心事みたいに言うけどさ、奪われたのが悔しい気持ちは理解するけど、本当は別に今さら要らないだろ? あんな空っぽの石ころなんて」
「……では素直に返却を願いたいものだ、物の価値とは人によって違うものだ……手を組めば奴等を確実に倒せると
——悟られてはいけない。
たとえ目の前の謎の少年の話を聞いて、先に下した撤退の判断を覆して彼らの仇敵に奇襲を仕掛ける選択をしたとして、
或いは話を聞いて尚と撤退の意志を貫こうとも、まだ己らが潜む位置を把握できていない敵方に少年との騒動を起こして居場所を気付かれてしまえば、効果的な奇襲も安全な撤退もままならなくなりかねない。
「クスクスks——違いないね。ただ……今この場に存在しない事だけは確かな事だよ、僕の身体を欲求のままに
「……」
風が吹く、風が吹く。
その森を掠める音だけで冷たさを感じる乾き切った不穏な風が吹く。
スペヴィアの余裕に満ちた態度や挑発的な言動を鑑みれば、己らの立場を理解し、今現在の捕らえられて囲まれている状況を打破する何らかの策は隠し持っていると考えるのが自然。
故に——
「どうするアーティー。俺としてはこのまま奴は捕らえ続け、この場を離れてから尋問をすべきと考えるが。少なくとも撤退というお前の考えは確実に正しい判断だと今の俺は推す」
「ああ……それが最善だと俺の考えも変わらない。だが、その場合——」
「逃げるよ、僕はさ……クスクスks、出来る限り最悪の形で君達の邪魔をしながら」
「「「「……」」」」
スペヴィアが差し出してきた提案は、その実と脅迫には違いない。
己の目論見を推し進める為に、相手や周囲の状況の弱みに付け入り、追い込み、逃げ道を失わせていくやり口。
選択の時は確実に迫られていた。
正体不明の謎の第三者と対峙し、本来の敵に悟られる事なく処理をして現在地点から安全に立ち去る——或いは、外様の第三者の意のまま振り回されるままに、本来の敵と万全で不確定要素の多い戦いに身を投じるかの二択。
どちらにせよと、不確定な賭けには相違ない。
既に冒険は強いられていた。
そして——各々と健忘しては居られないだろうか。同時刻、始まりの火蓋が切って落とされる間近まで語った一つの邂逅を。
嗚呼——思い起こせば、どちらにせよと暗躍者アーティーとその一派は今宵——選択の自由など無いに等しい運命に
今更ながら選択に悩むのは無意味と言って差し支えなく。
何故ならば、そもそもと、
『——何をやっておるのかと思えば、』
「「「「——⁉」」」」
その場に居た誰一人と、いや——瞼を閉じ続けていたアーティーを除くその場に居た全ての者たちが瞬きもせぬ一瞬の内に突然とそこに現れるたる話し合いの前提に無かった彼の登場を目撃し、頬杖を突くように退屈そうに斜に構えていた月が放つ薄光を弾く白閃を魅せられるに至るから。
「——おっと。もう気付かれちゃった——早い、な——」
その時、その瞬間——突然と斜め背後に現れた彼が何者か、一瞬の内に知れたのはスペヴィアだけで在ったろうが——そんな彼の首は振り向く間もなく、宙吊りのままにスパンと一閃、刎ね飛んで——やがて突如として現れたる老人は、いつにも増した真剣さで厳正に眉を顰め、かく語るのだ。
「……
さぁ、選べ——神々に使わされた己が運命を測る天使たちの饗宴に、伸るか反るか。
——。
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