第165話 冒険。3/4
「クスクスks……驚かせたよね。驚かせたかな?」
少年は笑う。彼らが陣取っていた山の中腹にある斜面寸前の休息地にも見えた平場を更に見下ろせる樹木の太い枝に腰を沈めて些かの猫背で少年は悪戯顔を足下の蠢きに向けて笑い掛けた。
「……何者だ。気配も出現の仕方も何もかも不自然だが、転移の予兆も形跡もない……バルドッサ、奴の形は」
そんな少年の態度と突然の登場に怪訝な顔を浮かべぬ訳もなく、アーティーは己の暗躍の後ろめたさと言うべきか、現在進行中の作戦行動を阻害しない程度に顔を
「——少年のようだ、身なり風体……ラフィスから報告のあった
「それなら俺の気配感知とも合致している。間違いなく突然そこに現れた、どのような手品を使ったのか分からないな」
そして当然の如く最初から奇襲まがいに現れた少年と会話する心持ちにはならなかったのだろう。
奇襲的で、的であるから奇襲では無い少年の登場——そして少年自身が挑発めいて放ち始めた表現の難しい不気味な気配に、巡り始める思考——漂うのは同種に近しい暗躍の薫り、相手が何を目論んで接触してきたのかを見定めようと脳裏で回る。
——未知を恐れ、故に取り除こうと知を望む。
「クス、気付かないのは無理も無いさ。無いかな……気付かないように慎重に動いてたし? 元々さ、気付ける人間がそう居て
「ああ……敵であるかは勿論、君らの動き次第だよ。
そんな、にわかに表面には見せぬものの然して変わらぬ人の様相——内心で騒めきを垣間見せ始めたアーティーやその仲間たちを尚も木の枝の上から見下ろして、彼は再び微笑ましく笑うのだ。
ゴキゲンに、悠長に、身振り手振りを交えつつ言葉を放ちながら、座した枝に膝裏を
敵意は無いようには見える。間違いなく。
少年らしい無邪気さと言うべきか、或いは白々しく無垢を気取った悪戯の悪意。
よって——少なくとも敵意は無かろうが、決して聖人には見えぬ立ち振る舞いに相違なく。
「とにかく荒事は止めておこうよ、此処で騒ぎを起こすと御互いに都合が悪い相手に見つけられかねない……そうだろ? そうかな?」
あまりに放つ言葉は白々しく、真剣みを感じさせない嘲笑の面立ち。
そんな薄ら笑いの少年に対するは、世界の片隅で壮大な野望を心の内で燃やして強かに世界を見渡す一派数名。
——そこに在ったのは邪魔を嫌う野心と、隙を伺う野心が二つと言ってもいい。
「僕は迷える子羊と話をしたくなっただけ、困ってる人を見掛けたら助けたくなるような性格だからさ、こうみえても僕は……クスクスks——」
「だったら大人しく——死んでくださらないかしら‼」
相容れられる、
「【
すれば動いたのは彼女の片手片足を失っている彼女の肢体ばかりでは無く——彼女の失われていた片腕の断面から無数の白い糸束が噴き出し、加えて言えば彼女の周囲に張り巡らされていた細糸も彼女の行動や感情に呼応したかのように
そして——或いは、だが——
「——あ。自己紹介が、まだだったね……僕はB・スペヴィア。この森の奥に在る滝のバジリスクのマザーに用があって来てたんだけど、中々——隙間が見当たらない内に終わってしまったみたいだ」
右掌を己に向けて、左掌相手に向ける——右手の親指、左の人差し——左の親指、右の人差し——創り上げるは長方の虚空、落下していた
その瞬間、突如として現れたスペヴィアと名乗った不気味な少年は何も無い筈の宙に宙吊り——再びの逆さ髪で笑い、
「ブロム‼」
「も、もう動かしてる‼【
同時に地上に並び立っていた幾つかの木製の人形が首の関節をカタリと鳴らし、また——まるで糸を引かれたかの如く割腹の良い少年であるブロムもガレッタの呼び掛けに応じて腕を威勢よく交差させた。
やがて、いつの間にかガレッタの操っているのだろう糸が幾つもと纏わり付いた木偶人形の数体もブロムの指示を受け、同時に一斉に外側——薄ら笑いのスペヴィアから離れようと各々が左右上下に斜めも加えて別方向へと跳ぶように駆け出し始める。
「「【
そうして起こる事象は単純に、糸をピンと張るだけの——引っ張る力、張力そのもの。
宙空にて制止したスペヴィアを囲むように些か華を咲かせるが如く
まさしくソレは、二名の
だが——
「——素晴らしい造形の人形たちだ。素敵だね、素敵かな」
「「——⁉」」
彼は、壊れやしなかったのだ。ぎちぎちと樹木も岩も——触れた者全てを勢いよく斬り裂いた糸に縛り付けられる少年の——人の形をした何かの
単純に、糸の強度と人形が糸を引く勢いによる破壊力が足らなかったのか、それとも糸が付け入る隙もない程にスペヴィアという少年の肉体を構成する物質の密度が岩よりも遥かに密接に凝縮されていたからだったのかは知る由もない。
壊れなかった。
その事実のみが目の前に在って——
「ああ……この人形たちもジックリと見たくてね、人の造る物は興味をそそられるのさ。芸術は良い……絶対や完璧など嫌悪すべきだと教えてくれる……感性に終わりはなく、流動的で、個性的で、様々な他者に様々な感情を与え、新たな芸術の道を
糸を引き連れて一斉に飛び出した傀儡人形の動きも止まり、これでもかと
「——新たな地平を望むならば、挑戦と冒険を忘れてはいけないと思わないかな。思うだろ?」
逆さに垂れる髪、普段は隠れている
それでも彼の言葉が、ほんに見せ掛けだけの重厚——心非ずの笑いだろうと見聞き出来てしまうのは夜に馴染んだ蒼白い月明かりの日頃の印象そのものが、何処か嘘臭く心許ない妖しさがあるが故か——或いは揺るがぬ平常という異常に、無意識下で各々の脳裏に危険信号を発しさせているからかもしれない。
「この通り……僕も今、少しの危険を
空中に
「「「「……」」」」
縛り付けられている状況を甘受しながら、ようやく前段階を終え、強者と狂者の風格を存分に滲ませて魅せつけながらも、彼らを諭し宥める様相を魅せ続けて提案するに至るのだ。
「勿体ないじゃないか……こんな滅多に無いような折角の機会。つまらない選択の先に、明るく楽しい未来なんか訪れないさ……違うかい。違うかな」
「僕と協力して——本来は死してあるべき彼らを今一度、地獄の審判に誘おうじゃないか。そういう話を……したくて来たんだよね、クスクスks——」
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