第165話 冒険。2/4
けれど——その少女の健気に報わぬ判断は、時として非情に下される事もままあるもので。
「……ここが引き時だな。撤退する、現状の
口元に当てていた片手の指を、腕と共にぶらりと降ろし、アーティーは再三と——そして僅かに彼自身も名残惜しそうに遠き背後の戦地に目の開かぬ顔を振り返らせながら言葉を並べた。
いや、さもすれば彼が振り返ったのは健気な少女の抱く欲求に向き合わない為であったのかもしれない。
「なっ——アーティー、何故‼」
実にアッサリと、唐突に、淡白に放たれた方針転換。彼の役に立つと改めて意気込んだ矢先の思わぬ提案に、思わずとガレッタは片手片足を失っている体で身を乗り出すが如く声を荒げる。
「現在の戦力では、確実に奴等を処する事が出来ないと判断した。メデューサ族の少女と、イミト・デュラニウスの、コチラが最も不透明としている敵戦力の所在が不明なのも主な理由だ」
しかしてその少女の荒げた声を背に受けて、アーティーは酷く冷静に淡々とガレッタの手が届かぬ方向に歩き始めてゆく。傍らで巨躯の男バルドッサも、少し驚いた顔を魅せてアーティーの横顔に視線を送り続けていたが、アーティーの放つ冷静な言葉の数々に頭が冷えたのか表情に納得と共感の様相が遅れて滲んだ。
それはガレッタも、そうであったのだろう。
だが——
「納得いきませんわ、敵方は疲弊していてデュラハンも個として力は確かに圧倒される物ではありますが守りには些か慣れては無い様子ですのよ⁉」
心は急く、若さが勇ませる。或いは足りぬと欲した。
思わぬ予想外の事態に心情が乱され、荒げて暗躍に似つかわしくない声量の言葉を放ってしまったと己を
それでもガレッタは内心で湧き立つ動揺と衝動を抑えるに足る理性の論拠を彼に求め、そして——、
「目障りな敵戦力を
声を抑えて、冷静さを保ちつつ、彼女は慎重に過ぎていると思える方針を決めたアーティーの背に異を唱え続けようとした。己の主張こそが正しいと、今まさに傷を負った仲間を前に失う事ばかりを恐れ、何も得る事が出来ない状態になっているのだと力説に勇み、アーティーが犯そうとしている間違いを正そうとするような口振りで。
「で、あるからこそだ……少なくとも我々の計画の邪魔と成り得るのは、恐らく異質な洞察力を基軸とした智謀に長けるイミト・デュラニウスだけ……他の者は力こそ秀でていても放置して然して問題にはならないと考える。無理を通してまで奴等と戦う必要は無い」
嗚呼——恐らくとガレッタは己の動揺を
誰よりも、彼の心を
彼の力になろうと考えて。
「で、ですが……奴等はベルエスタ姉さんの——」。
ガレッタという少女はきっと、そのような凛とした少女なのであろう。
あくまでも己の
「優先すべきは何よりも計画の成就。元より、今回の作戦は相手戦力の偵察が主たる物だった……ラフィスの一件で、俺やバルドッサが出向いたから物のついでと少しだけ前のめりになっていたが、何かを失う覚悟をしてまで無理をする時ではない」
「生きてさえいれば、また機会も巡ってくる……これはベルエスタの口癖だ。違うか、ガレッタ」
「——……それは、そうですが」
冷徹に冷酷に、遠き戦場で業々と
未だ語られる事の無い彼らが抱える計画——月が照らす暗がりの夜の中にあって、彼の開かぬ双眸は深き闇向こうの未来を見据えているようだった。
そして——アーティーとガレッタ、何方の主張が正しいかったのかも後々の未来にしか分からぬ世界にて決断は確かに下され、施行されるに至るのだ。
「ブロム、
健気な少女ガレッタとの論戦も一区切り、改めてと呼吸を整えて暗躍者たちのリーダーとしての振る舞いを始めたアーティー。まず彼の顔が向いたのは、彼らの話を聞きながらも密やかに作業を進め周りに並び立つ木製と思われる
「う、うん……で、でもさ——」
すると一呼吸の鼻啜り、些かと潤んだ彼の瞳は服の袖で
アーティーの指示には従うが、それでもアーティーと主張を違えたガレッタの意見も尊重して気遣いたい——そんな面立ち。
けれど——
「これは命令だ。俺はルーゼンビフォアと合流し、置いてきたラフィスの回収に向かう……話は以上だ。ガレッタは滝方面の警戒を続けてくれ……可能性はあるとは言ったが、少なくとも未だイミト・デュラニウスは生きている」
もう類似する討論で
「ここまでバジリスクの戦力が作戦進行中のツアレスト軍にも向かず物の見事に姿を消している事を
「他の可能性? また奴が何かを目論んでいると……バジリスクとの戦時中であっても我らに向けて何かを」
ただ——前述のその言葉を僅かな憂慮の感情を滲ませながら放たせたのは、無慈悲にブロムの迷いを切り捨てた彼の中にもある仲間に対する友愛が
アーティーが思わずと漏らした少し含みのある言い回しに、何らかの不穏を感じて真っ先に眉を
「——いや……取り留めも無い幾つかの杞憂だ、気にするな……それよりも仮に奴が生きていて、コチラが無理をしても尚とクレア・デュラニウスや他の二人を討ち漏らした場合——奴にコチラの情報が渡る事も危険視すべきだ」
確かにそれは、無意識下の産物であったに違いない。自身の発言を気に掛けたバルドッサに対し、些かと我にも返りつつ僅かに思考に
その大きさ長さをあたかも幻影であるかのように首を振って自身の言動と共に否定し、誤魔化すように話題をすり替える。
そして精悍に——精悍を装って、彼は瞼を開かぬまま音と気配のみを頼りに仲間へと振り返るのだ。
「アレに余計な情報は何一つと与えない。それがこれまでに学んだアレを相手にする場合は特に気を付けねばならない対処の一つだからな」
『——へぇ……懸命だね。そして、賢明かな?』
「「「「——⁉」」」」
その場に居たのが、数多の木偶人形と三人の仲間——そこに加えて彼らの知らぬ暗躍者の一人が座していた事を知らぬままに。
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