第165話 冒険。1/4
パチパチと森の木々に潜んでいた水気が火に
「流石に容易くは無いか……長きに渡り数多の戦場を渡り歩いた怪物、デュラハン」
そして、
すればその後か、
「ああ。コチラの襲撃も想定済みであっただろうとはいえ、バジリスクとの戦争の中でかなり力も温存していたと見る……攻め手に欠けるが、このまま奴は釘付けに分断を試みる長期戦へと持ち込むが安全策だろう」
石に腰かけても尚と巨躯である事が一目で分かる男の、小さくも見える姿の傍らで彼と似た宗教家と一目で分かりそうな服を着て樹木の一柱に背を預けていた細身の男も動き出す。
巨躯の男の放った会話の始まりに呼応しながら胸の前で組んで居た両腕を
森の片隅——些かと
「だが、時間も限られている……やはり奴の罠に掛かってしまったのは最大の失態だった。ただでさえ少ない動かせる戦力を削られてしまって」
忍び生きる暗躍風情、斜に傾きて増々と睨みを効かせ始めた月光が木の葉の壁の隙間から彼らを照らす。
かくりと座する巨石に甘えて
「……気にするな。ここで奴等を仕留められれば最良ではあったが、我々の仲間から死人が出なかった事が何よりの最善だ」
そんな巨躯な男に対し、未だ絶える事の無い戦場の轟音に残心しつつ僅かと顔を振り向かせた細身の男は少し冷たく言葉を理路整然と言葉を紡ぐ。恐らくと、同情や
だが——
「すまん、アーティー。今にして思えば、奴等が己らの拠点である馬車をアレほど簡単に見つけやすい所に隠していた事に疑念を抱くべきだった……俺がついて居ながら、あの男の性格への把握が足りていなかった」
「またしても、奴等の良いように後手に回された醜態だ」
巨躯な男が浮かべる表情の暗雲は晴れない。己が責務を果たせなかった彼の強い責任感が恐らくと反省を追い立てて過去に囚われさせているに違いなく、少し丸みを帯びる彼の背が増々と彼の巨躯を縮んだように魅せていた。
居心地の悪さに足で踏んでいた落ち葉をにじり、頭を抱えていた片手と共に肩を落として息を吐く巨躯の男。
「過ぎた事だと言った。コチラの用意周到さも加味した上での巧妙にして
自責と反省——それを行える事は彼自身の美徳ではあるが、些かと過ぎたれば悪しき慣習。そう宣うが如く、巨躯の男の留まらぬ嘆きに致し方ないと肩で息を溢し、戦地に向けていた顔を改めて巨躯の男に振り返らせる細身の男。
しかして閉じられた瞼、まるで盲目であるように開く事の無い双眸が見据えるのは心か。
「お前は十二分に慎重で頼りになる男だよ」
「……」
僅かに垣間見せる微笑みの口角、アーティーと呼ばれた男はバルドッサと親しげに呼ぶ巨躯の男の肩に手を置くように言葉を返し続ける。
「たとえ俺がその場に居たとしても、同じ道を辿っただろう……全ては結果論だ、前を向け」
夜の暗がり、月明かりは広く世界を照らすが、それに負けず劣らずと彼はまるで夜の太陽——冗談を交えるような面立ちで行く先を導くが如く、暗躍者のリーダーとしての威を放つ。
「ああ……ブロム、準備は出来たか」
其処まで彼が己が為にするのであれば、未だ湧き上がる罪悪感を抱えつつも立ち上がらぬ訳にも行かぬとバルドッサは重い巨躯の身体を座していた岩から持ち上げて前に進む行動をとらなければならない。
彼は振り返る。己の背の向こうに隠れていた景色に目を向けて、暗躍者のリーダーであろうアーティーの背を追って進む別の同志にと声を掛けるのだ。
そこに在ったのは、幾つもの木偶人形が密接に並び立つ壮観な光景で、そして——
「——う、うん……ぐすっ、第二陣の補充は十分に出来たよ。ぐす……同時並行で次のも制作していく」
その木偶人形に囲まれて土遊びをするように両手を汚す一人の
——そこから少し離れて更にもう一人、
「いつまで泣いているのかしら、この鼻水垂れ……鼻を啜ってる暇があるなら手を動かしなさい、人形創るしか出来ない能無しのクセに。だから痩せないのよ、アナタは……もっと集中なさい」
ブロムと呼ばれた少年の更に後ろの倒木の幹にもたれ掛かり、疲れた体を休ませている様な気怠げでありながら、しかし凛と気品ある育ちの良さを失わないハキハキとした声がブロムの無き啜る声を批判するように放たれるのだ。
「で、でも……ガレッタが……」
「私の事はどうでも良いの、少し作り物の身体の手足が食い千切られただけ……直ぐに紡ぎ直すって言っているでしょ」
そうするとアーティーとバルドッサの視線を他所に、繰り広げられるのも傷心の互いを
そんな異様な常人とは思えない傷口を隠すが如く健常な少女の片腕がブロムからの視線を遮るように動き出す。
「アナタも半人半魔なら、泣くより先に怒りなさい。昔っから、ホントに
「「「……」」」
痛々しくも、健気に振る舞うガレッタの溜息交じりの物言い、少女なりに眉間に
彼女が辛酸を舐めたように憎らしく顔を歪めて呟いた一人の仲間の名の響きに、その場に漂い始める
沈みゆく安穏、慎み、亡くした者に祈りを捧げる黙祷の如き沈黙が場を支配しつつある。
「——それでガレッタ、状況はどうだ。何か変化は有ったか」
だが、そればかりでは何の事も進める事は出来ない。そのような状況を切り裂く為に、暗躍の主導者としての振る舞いを声としてあらわしたのはアーティーだった。
腰に帯びていた剣を鞘ごと腰から引き抜き、杖の如く鞘に納められた剣の先で地を叩き、バルドッサやガレッタやブロムらの位置する場所の中心に歩みを始めたのだ。
そうすれば感傷に
「いえ。まだ周りから戦闘を聞きつけて迫るような異常な音や動きは伝わっては来ていませんわ……それと何度も途切れさせられて正確な情報では無いですが、やはり奴等の——少なくとも一名は現在もカトレアという騎士に背負われて単独での行動は不能のようです」
何処に繋がっているかも分からぬ糸の巻かれた小指を立てて、歩き出したアーティーを他所に耳元に己の指を近づかせるガレッタの片手。
よくよくと目を凝らして見てみれば、彼女の周囲には無数の細い糸が折り重なり、彼女の背がもたれ掛かる木の幹の裏で蜘蛛の巣の如く張り巡らされてアチラコチラへと繋がっている。
それが彼女の能力で、
「これまで声の震動からして戦闘不能と思われるのは魔女セティスに間違いありません……相当の疲労と疲弊で糸伝いの震動も微弱で聞き取りにくいですわね」
恐らくと音の揺らぎや糸の
「……そうか、無理をさせてる」
そんな彼女を疑わずに今しがた聞いた情報を頼りに思考を始める素振りを魅せるアーティー。未だ閉じる瞼の下で、彼の片手は口元へと動き、その最中に感謝と労いをガレッタに示す。
すると、少女は小さく——そして何よりと優しげに、儚げに微笑みを浮かべるに至って。
「良いんですのよ、私達の仲じゃないですか。それに——怪我をしたのだからとラフィスのように御留守番させられるより、よっぽど気分が良いですわ」
ややと困りげな下がり眉、失った片手と片足を眺めながら少女はアーティーの——頼りがいのある彼の役に立てているという自負を誇らしげに笑って魅せていた。
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