流浪編

第164話 旅立ち。1/4


——出来ればさ、アイツらには楽しくて笑えるコメディな物語の中で生きていて欲しかった。


俺には、その力も資格も無い。頑張ってはみてるけどな。

突き放しても、そうはならなかったと思えるのが免罪符だ。


ああ——お前とだって、お前に対してだってそう思ってるってのは覚えといて欲しい話だぞ。


兎にも角にも巻き込みたくは無かったし、巻き込みたくもあった。


俺だって暗い話よりは明るい話の方が好みではあるしよ。

実際、お前らとの旅は楽しいからな、離れがたいもんで。


でもやっぱり俺ぁ、愚痴を我慢も出来ない辛気臭い嫌味な男に変わりなく。



だからせめて——丁寧に、黙々とさばいて行ってやりたいと思うばかりだ。


どんと巻き込んで来いよってな。

全部、捌き切って——どうにか旨味に変えてやらぁ。


***


「……——貴様ばかりが、図に乗るなよ‼」


月の光や心許こころもとなく、夜闇に包まれる広大な森の一箇所に赤き双眸が二種とぜるように刮目し、漆黒の大剣は月の光を纏いながら振り抜かれ、行く手を遮る罪も無き森の樹木を猛烈な風と共に薙ぎ倒し切り裂いた。


「「「「——……⁉」」」」


放たれた咆哮は彼女の心、音に乾き飢えた静寂の森に瞬く間に広がって——しかして満たす事も無く、砂漠の水の如く何処ぞへと消ゆ。されどと、その咆哮を耳にした全ては振り抜かれた大剣が産む衝撃波が起こす事象よりも先に、身を縮まされる想いをしたに違いない。


鮮烈とは、或いは状況の一変を指す言葉。



「アヤツに出来て我に出来ぬ事など無いわ、腹立たしい……」


夜闇がもたらす静寂の蓄積を、ことごとくとひるがえす天変地異の大破壊——遅れてやってくるのだろう途方も無い騒音の前の静けさの中で漆黒の鎧を纏う骸骨の騎士が赤い光を放つ眼底をたぎらせ、殺戮の号令を灯すように骸骨騎士の左脇に抱えられていた漆黒の鎧兜が言ノ葉の音を奏でた。


そこから暫く、降りしきっては弾ける水気なき森の雨。



「クレア殿、後ろです‼」


そして、漆黒の騎士の背後で唯一と残されたように見える樹木の一柱から一つの急ぎ声が放たれた事が次なる忙しない場面転換の合図で。声に反応してか、或いはそもそもと忠言が不要だったのか、即座に振り返る流線の赤光——骸骨騎士の左脇に抱えられた漆黒の鎧兜の奧に在る瞳が発破の如く燃え滾る。



「——【業炎バスティーバ‼】」


「……⁉」


森の枯れ草腐葉土のカビの臭いの土煙から跳び出したのは木目調で装飾のされていない素材そのままの八頭身程度の大きさの木偶人形でくにんぎょうが如き敵影。漆黒の鎧兜の眼前から放たれた膨大な炎の所為で一瞬しか視認は出来ねども、その姿は明らかに人では無い何かとの戦いを匂わせた。


やがて燃やされながら地に転がった木偶人形の一体の首は、地ごと骸骨騎士が右腕に持っていた炎を纏う漆黒の大剣に突きねられて蒸気を弾かせながら炭と化す。


「助言のつもりなら、方角まで付け加えぬか。馬鹿者」


「……も、申し訳ない」


 何と戦っているのか、何の為に戦っているのか——空に舞い上げられた枝、木の葉の灰塵が地に辿り着く前に燃え尽きる森林火災の情景、


夜闇を不穏に照らす焔の舞いに照らされた漆黒の鎧兜の光沢が睨みを効かせた戦場の小休止、


彼女の背に在った唯一と剣撃や炎の被害を受けていない樹木の下で身の丈の小さな少女を背に抱える白銀の軽装鎧を身に付ける騎士が勇猛怒涛な戦いぶりを魅せた骸骨騎士と抱えられる鎧兜のみしかない女性に圧倒されて。



「ふん。つまらん……大した奇襲も巧妙な策も感じぬ、戦力の色合いも変わり映え無し……ルーゼンビフォアはどうした。まさかに引っ掛かって死んだのではあるまいな‼」


とはいえと、銀の髪を揺らす若輩騎士からの称賛や畏敬など彼女にとって何の意味も意義も無い退屈に相違なく、一瞥の注意の後に漆黒の鎧兜と骸骨騎士が目を向けるのは続々と湧き上がるように森の影から現れて来る敵の数々。


——飢えているように欲するは、刺激ある強敵との熾烈な削り合いか。


地に突き刺していた大剣は再びと引き抜かれ、引き抜かれついでに再びと前方へ風を煽る一閃の剣撃を見舞って視界を僅かに遮る塵芥、微細粉塵を吹き払う威を放つ。


——大勢の敵は居た。


「「……」」


心なきかと見紛う程に進軍を続けて来る木偶人形の数々。

彼らは吹き抜けた風や塵芥を物ともせず、放たれた言葉にも反応を示さずに、炎が猛る彼女らがいる場所に向けて一歩ずつ丁寧に詰め寄ろうとしている。


——だが、やはり退屈だ。



「確認出来る能力は二種……動く人形の中に潜まされているスライム。間違いなく後者は、あのアーティーという半人半魔の能力でしょうが」


数多の凡兵が観れば、それは紛れも無い命を脅かす光景には違いないのだろう。事実、気を失っているような少女を背に抱えて膝を着く白銀の騎士も、その数多の敵に囲まれている現在の状況に苦境の冷や汗を滲ませているような感情を声で露にしている。


けれども、やはり彼女にとっては単なる有象無象。


「人形使いと共に糸の使い手も居た筈だがな……以前、貴様らが居らぬ時に確認しておった」


戦場にて生まれ出でて、常に戦いに身を置き、長き時の中で常勝の生を駆けてきた彼女からすれば、目の前に迫ってくるのは彼女が数多と対峙してきた生への活力や何らかの執着に突き動かされていない威勢なき敵。


何の抵抗も無く踏みにじれる雑草。

死を前提とされて創られた傀儡。


逆説的に語らえば、彼女に何の対価を与える事も無く創意工夫を凝らす事も無く処される事を欲するのみの欲しがり。


そう評する事を傲慢か否かを問う尺度にも足らない、面倒で数ばかりの性質の敵でしかないのである。


そして——そんな敵であろうと油断も出来ない事が、殊更に彼女の胸中を辟易とさせてもいて。


「——……アーティー・ブランドが居るのなら、ドッペルゲンガーのラフィスと岩石ゴーレムのバルドッサも居る可能性が高い……気を付けて」


 僅かに動く薄青の髪、白銀の騎士の背から漆黒の鎧兜の彼女や白銀の女騎士とは違う声が細く揺らぐ——


こうべをもたれ掛けさせていた肩から額を重く持ち上げて、現在の状況を聞くばかりでなく己の瞳で見るべく眠気に襲われている様子の重い瞼を半目と持ち上げ伝えるのは傲慢を諫める言葉か或いは余計とは解っているお節介。


疲労による筋肉の収縮が上手く行かないのか、捻り出す声量が途中途中で途切れそうになるのを必死に堪えながら力なく告げる状況整理の現状報告。


それはさもすれば、守られている事を自覚し、或いは借りを作っている事の負い目が齎す贖罪の情なのかもしれない。


嗚呼——守らなければならない。


「——心配せず寝ておれ。コチラ側の様子を覗いながら消耗を狙った持久戦だ、くだらぬ……遠方から隠れてコソコソと、よほど我らが怖いと見える」


屈強な骸骨騎士と共に漆黒の鎧兜の彼女が、数多の木偶兵を一蹴し、敵の雑兵を影で操っているだろう指令者たちを討ち取りに行かない理由こそ背後に居る彼女たちであって。


「多勢に無勢ではあるけど……確かに状況から考えて、本当にイミトの罠に……あんな罠に引っ掛かったのかも」


「罠とは……また私は何も聞かされてないのですが……」


「「……」」


約束、それが約束。いや——さもすれば、もうそれは——


背に抱えられる疲労困憊に尽きた少女の呟きの意味に興味をそそられる白銀の女騎士の会話の前で、敵に睨みを効かせながら骸骨騎士が振り抜いたままだった漆黒の大剣を数多の雑兵に構え直して月光を煌かせる。


「——隠して置いてきたの中にと……復活寸前のを仕掛けていた。私たちが居ない間にを仕込もうとした馬鹿な敵を逆に罠にめる為に」


「なっ——そんな事までしていたのですか……何処まで周到な……」



 「本当に……病気の域」


周囲に警戒を張り巡らしながら否が応でも届く会話に辟易と耳を傾け、思い起こされるのは戦場を駆け抜けてきた己が出会った、一人の男の他者を小馬鹿にしながら他者の足掻きに敬意を怠らない悪辣な表情。


アレは、稀に見る傑物か——或いは稀代の愚者に相違ない。


「今に始まった事ではあるまい‼ 奴自身、流石に敵が其処まで手を回すとは思っておらんかったようではあるがな‼」


未だ測りかねる道化の踊りに心が揺れる。


「十分に笑える——滑稽な話よ‼」


漆黒の鎧兜の奧で、彼女はわらった。

生まれ出でて己が欲を満たす為だけの戦いに飽きる事無く明け暮れてきた己が、たった一人の男の振る舞いで変わり果てて今や背に控える弱者をかばうなどと言う、かつての自分ならば決して享受しない立場に身を置いている。


戦いを退屈だと思い始めている。いや、違うか——さもすれば戦いよりも、欲しているモノがあると気付き始めているのやもと——


今更、本当に今更、滑稽な事だと嗤うのだ。


——。

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