第162話 流れ星ひとつ。1/4
地下より溢れ出たのだろう幾つかの衝撃が、数多と地下伝いに反響し合い、僅かばかりと外界から流れ来る巨大な滝の騒音に勝り、或いは相殺し、しかして狭間にある全てが両者の衝突の影響を受けて更なる反響を催して、身震いするように揺らいだのだ。
地下大空洞から外に出る為の通路の天井からパラリと堕ちた土くれは、物寂しげに結末を不明瞭に
ただ——、
「……決着が、着いたのかもしれませんね」
彼女は何かしら気付いているようだった。傷ついた己をギュッと両腕で背負い、えっさと走り辛そうにしながらも懸命に地下大空洞の薄暗い通路から外へと向かう少女の首筋にて一段落に休めていた薄蒼の光を滲ませる双眸を見開いて。
「もう出口は直ぐそこですが、止まってください龍の娘」
そして彼女は、皮膚細胞が硬質化して罅割れた肌が露になるボロボロの腕袖を動かし、走り続ける少女の肩口の服を静かに握り締めて耳元に語り掛ける。地下からの震動の余韻が僅かな時間でも掻き消していた外界からの滝の震動が押し寄せるように再びと耳を突き始めていた。
だからこそ、なのだろう。
「——はぁ……はぁ……どうされたので御座いますか、出口がそこなら——んくっ、急がないと」
「息を整える事も重要な事です……それに、ここから先は滝の音で会話が
少女の足を止め、そこに至るまで走る挙動で隠されていた疲労——肩で息をするが如き荒れた呼吸の少女の様子を露にさせて、
「ふぅ……ふぅ——そうで御座いますですか、」
地下大空洞から外に出る為の通路に小石が転がった。抱き抱えている彼女の気遣いを他所に、忠告を受け入れて息を必死に整えようとしながらも体や首を忙しなく左右前後に回す少女。
敵地本陣に未だ身を浸す少女の緊張はそう易々とは解けないに違いない。
何処から敵が来ようとも、己が抱える彼女を守らねばという使命感が少女自身が少女の心を休ませる事を許さないのだろう。
その証左にと、強く——強く、己の身体から離れぬようにと罅割れだらけで傷だらけの彼女の身体は無意識の様相で抱き直されている。
「——そこに私を置いて頂けますか……追っ手も来ていない、少し休憩にしましょう」
「はい……」
憂慮すべき事ではあった。
明らかに余裕を感じられない少女を、彼女は
——少女が、生存する確率を僅かでも上げる為に。
「まず道すがらに話せた状況の確認からしましょう。どの程度、今の状況を把握できていますか」
少女に指示を出し、通路の壁際を背もたれに己の身体を降ろさせる。硬質化して結晶化の始まっている肌の一部が、また少し零れた——たとえ急くべき状況であろうとも、如何に限りある時間を浪費しようとも、少女を落ち着かせる事が己が今——為すべき重大な責務。
それが今、己にしか出来ない役目——己に出来る残された唯一の務めであろう。
「——……えっと、セティス様は無事で、今はカトレア様とクレア様が守っているのとイミト様は——マザーを倒して魔王石の偽物を作ろうとしている事」
恐らくと周辺環境の影響を受けて明滅を繰り返す通路に備わる光源魔石の音の無い白い
時間はそう多く残されていない、時の猶予は甘えを決して許さない。
「それから詳しくは解らなかったで御座いますが、もうすぐツアレストの兵士たちがこの滝に向けて大勢で凄い魔法を使おうとしている事、なのです……よね」
背を不動に近しい壁にもたせた信頼からの些かの安堵で小首を傾げた彼女が、不安げな少女の己が道すがらに伝聞した情報を脳裏で
時間はそう多く残されていない、時の猶予は甘えを決して許さない。
「その通りです、話を聞ける余裕は取り戻しているようですね……っ」
最早、感じるのは疲弊や痛みでは無く衝撃のみ。清廉な執事服であった彼女の衣服の裏で、更なる亀裂が生じたのだろうか、何かが膨張し——或いは劣化に耐えきれずにパキリと音を鳴らせば、その音が走る衝撃で思わずと彼女は
——分かってはいる事だ。分かっては居た事だ。
「‼ 大丈夫で御座いますですか⁉」
「——静かに。話を続けます」
奇跡など、起きよう筈もない。奇跡とは誰が起こすのかと問われて彼女が恐らくと答える者に願える筋合いなど今さら無いやも知れぬし、願う事が出来たとて今の彼女がそれを懇願する事も無いだろう。
ただ受け入れて、しかしてその瞳は尚も目の前で己の心配ばかりする少女に気丈に気高く向けられる。心配は不要と慌てて膝を擦り剥きかねない勢いで近寄ってくる少女をその蒼き眼光のみで
——学んで欲しかった。
「罪人……イミト・デュラニウスの方も、今しがた感じた気配から既に安心して良い状況と言っていいと思われます。貴女はこのまま、振り返らずにクレア・デュラニウスの下へと向かうべきだ」
——学んで、生きて欲しかった。
「偶然とはいえ如何に
だから、余す事無く己に残された猶予を存分に用い、伝えられる事を伝えたいと思っている。
「……はい。ワタクシサマは、真っすぐにクレア様と合流してセティス様とカトレア様を守るので御座います、です」
「——とても綺麗な眼をしている。賢い子だ、確かに前も向けていますね」
何故なのだろう。今一度と己自身に問い直す——何故に己は、こんなにも目の前で純朴に真っ直ぐに世界を見つめる金色の瞳を、こんなにも愛おしく想うのだろうかと。
罅割れていく——その度に感覚を失っていく体の中で己の指先が疼いている事だけが明瞭だ。
「だからこそ、次に話に出た先ほど貴女が用いた
「……アレは、たまたま天使様の真似をしただけで『聞きなさい、デュエラ』——」
己の無意識に従えば、ただ触れたいと——生きている暖かみを感じたいと砕けかねない腕を震えながらに動かして眉根を寄せて不安げな胸の内、謙虚否定を表情に浮かべる少女の頬へと掌が運ばれて。
「これも忠告です。あの技は使い方を間違えれば、今の私のようになる……魔力の操作を誤って周囲の魔素を過剰に巻き込み過ぎると、肉体の崩壊——結晶化は免れない。もしも使える状況が今後もあったとしても長期的な運用は避けなさい」
「あくまでも己の魔力の
俯き気味だった顔を持ち上げて力なく斜めに揺れる前髪と共にフッと微笑みを浮かべよう、単なる嫉妬や叱咤では無く——これからに向けての激励であると伝わる事を願いながら。
学んで欲しかったのだ。
「……はい」
「魔物や天使である私——あの男とは違い、貴女は只の人だ。約束して欲しい……その体が、人である事が——どれだけ誇るべき事で、大切な事であるか……如何な時、如何な状況であろうと忘れないと」
これから消えゆく己のようになるなと、己のようであるなと、ただ——生きて、生きて、懸命に、
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