第159話 裁かれる女帝。4/4
「デュエラ‼ 止まりなさい‼」
女は
「——なんてな、流石に会話まで完璧に予測できる訳ないだろ。本物は此処に居るよ」
されど、その進行方向に突如として現れるのは黒い渦を纏う拳を構える詐欺師の姿。
詐欺師は
果たして真実か否かなど、この時のマザーに思考する余裕が在ったろうか。
——否。
「待ちなさいデュエラ‼」
ええいままよと目の前に現れた詐欺師の事など無視し、逃げゆく少女に焦点を当てたままの状態の瞳孔を開き続けて慌てた様子で移動の速度を緩める事も無いマザー。
どうせ幻影、どうせ幻影——突き出された槍の如く真っ直ぐに飛び続け、彼女は急いで扉を開くかの如く目の前に現れた詐欺師に鋭利な指先の爪を振るう。
嗚呼、それは確かに詐欺師の嘘——爪を振るわれ、煙の如く消えゆくばかり。
「信じて貰えないなんて悲しい話だ」
だがしかし、実体があるのも確かであった。嘘に紛れ込む真実、目の前のイミトの分身をマザーが煙に変えた直後に頭上から槍を突き出して前のめりに少女を追い始めたマザーの背を貫き地底との
「——っ⁉ このっ——【
「へへっ……ハズレ」
前方に向かう勢いが槍の楔で力の作用を狂わされ、血を吹きながら体を回すマザーは振り向きざまに指を鳴らして起こす衝撃波を槍を掴んで抑えているイミトへと飛ばすが、容易く爆ぜる黒霧が尚もマザーの焦りを嘲笑う。
「一度そう思ってしまったら、易々とは信じられないわな。信用を保つ事、取り戻す事の難しさたるや」
現時点で確定している事など何もない。男の語る言葉の何が真実か否か、もはや混濁した迷彩と成り果てて確実な事は逃げている少女は本物であるという事実のみ。片方を手に入れるか、少なくとも両方を手に入れるには
「いいや、どうだろう……この場合、それが出来ると信じられてるって事かな」
「邪魔を——しない‼【
背中から腹を
全てを更地に戻すような膨大で強力な衝撃波、充分な余裕をもって放たれた物では無かったが、これで暫くは少なくとも背後で仕込まれていた分身は現れないだろうと思われる。
しかし——衝撃波の放たれていない進行方向には、適用されない保険ではあろう。
「くくっ。今もまだ……こうして会話できているのが、その証明だと思うんだがな。物の見事にパニックになってて可愛げがあるよ」
ポケットに手を突っ込みながら背後に振り返ったマザーの真後ろを歩く黒霧を纏うイミトの小石を軽く蹴り飛ばすような足音。
「くっ——
直ぐ様と振り返り、そのまま鋭利な爪を振るうも、既にそこにイミトは居らず、残されたのは黒煙ばかり。
嫌でも惑わされる実体のある幻影に眉目に深い皺を浮かばせるマザーは、螺旋を描くように蛇の下半身をうねらせて長身を活かした上昇で高みから消え失せたイミトの姿を探す。
もうじきに、少女も広大な地下大空洞の出口へと辿り着く——焦りの胸中、苛立つ心が在ろうとも確実に無為な時間の経過は避けなければならない。
だからこそマザーは落ち着き、全力の一撃にて周囲の邪魔に成り得る全てを弾き飛ばそうとユルリと両腕を絡ませて改めてと両手を叩く準備に
そんな頃合い、
「——そういや、俺の要求を聞きたいんだったけ?」
地下大空洞の高みに昇ったマザーの背後の宙空に足を組んで座しながら黒霧と共に現れたイミトが、些かと軽やかに小首を傾げてわざとらしい思い出し笑いで彼女を見下げ、
「俺の目的は、誰かさんとの約束通りアンタを殺す事と——それから、」
そして語るのだ。
今やマザーにとって嘘か真か断ずるに容易い口振りの大言壮語を語るのだ。
「もう一つの目的は、これを手に入れる事だった」
「——⁉」
けれどマザーは目を見開いた。有耶無耶な全てを弾き飛ばそうとしていた両手の手を止めてしまう程の物を彼女はその時、観てしまっていたのだ。
イミトの声がする方向とは正反対で、確実にそこに突如として存在感を
——全ては陽動。
恐らく膨大な魔力を用いたのだろう分身の創生も、大層に目立つようにデュエラを追わせていた
マザーの意識を別の所へ向けて、己がそこに辿り着く為の陽動だったに過ぎなかったのだと。
「……万年の孤独……解放してやるよ。そして千年の罰を与えよう」
金色の瞳を持つマザーの視界の中にある小さな背が屈み込み、その小さな掌が静かに——穏やかに地下大空洞の未だ流れ流れる煌びやかな
『【
そうして現れるのは、天も地も全てを喰らい尽くそうかという色合いに満ち満ちた漆黒。
地底湖の水も、地下大空洞の天井を満たしていた銀天も、やがては小さく放たれた漆黒の球体に猛烈な勢いで吸い寄せられ始め、その傍らで男は満を持して得意げに野望に満ちた笑いを魅せるに至る。
男が求めていた物は、地下空洞の主である女帝の背後にあった物。
「さぁ——戦いを始めようか、蛇の皮を被った世界が産んだ姫君様」
それを手に入れたと、盗賊の如きイミトが嗤い、怪盗の如く
「呪いを解くその代わりに、これまでの我儘の報いを与えよう。かははっ」
傍らで見る見ると周囲の全てを吸い続けながら膨れ上がっていく漆黒の球体の意図に、いったい如何ほどの者が気付けていただろうか。
少なくともその時、ようやくと彼女は気付かされていた。
「——……あはっ、んふっ——やっぱりアナタ……凄い子なのね」
そして彼女は焦り一転、狂気じみて笑う。
永年の時の流れと共に延面と流れ続けてきた壮大な滝の裏に封じられてきた地下大空洞の主である彼女は、その地底湖の中に何があるかを当然と知っていて——
だからこそ全てを弾き飛ばす為に叩こうとしていた両手を降ろして彼女は蛇の肢体の筋肉を少しずつ
「それに気付いているのなら、本当に……」
嗚呼——女帝は全てを悟り、対峙する男の思惑の全てを理解したようだった。
ようやく時が来たのだと——何やらと波立つ地底湖と膨れ上がっていく漆黒の球体を背に、指先から小石をひとつ弾き飛ばすような動作を魅せた黒き男から目を離せずに呟いた彼女。
「随分と嬉しそうな顔じゃねぇか。利害の一致だ、叶えてやるよ……ひとつだけ」
「判決は死刑——それで、
男の元から飛来した小石を首を僅かに曲げて避けた直後に首周りに纏わり付いた彼の幻影に耳元で囁かれ、彼女の胸は確信に心が躍っていたようだった。
「——いいえ。私はもっと、幸せになりたいのよ……それだけの事を、この世界にされたの——だから……不平等だ……わ」
その証左に成り得るか、イミトの背後の地底湖で黒い漆黒の球体の登場で荒ぶりを魅せていた地底湖が——他の何か別の物を起因した様子で盛り上がり始め、そしてイミトの幻影に首周りを纏わり付かれていた女帝の姿が比例するようにドロドロと皮を残して溶けていく。
「上告か、じゃあ——第二審の始まりだな」
これまでの女帝に繋がっていた蛇の下半身、しかして
で、あれば——振り返るイミトの眼前で、全てを吸い寄せながら膨れ上がる漆黒の球体の向こうで、荒ぶり——
轟々と盛り上がってゆく地底湖の水流が流れ失せた時、現れるのは——。
「さぁてと、まったく……
——。
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