第159話 裁かれる女帝。3/4


「では、まずはり合わせと行きましょうか。そちらの要求を具体的な言葉にして是か非か問う事にしましょうや、お互いに」


対して仄暗ほのぐらい地底大空洞を訪れた悪魔の如き怪物は、まるで仕事をいとなむが如き様相で黒き魔力が湯気のようにくゆる両手の指先を全て合わせて空虚に創られた三角の空間の奧で妖しげな微笑みを改めて浮かべた。


——そのまま、パンッと再び掌が鳴る。


「……あら、私の願いは既に分かっているんじゃなくて? もしかして擦り合わせなんてのは建前で、やっぱり実はデュエラを逃がす為の浅ましいなのかしら?」


そんなイミトの様相、つむがれ始めた交渉の糸口にマザーのほおに当てられた彼女自身の片手、白々しく相手の腹の内を探り合うような不敵な面立ちで、またしてもしたように見えるイミトへと振り返り、彼を見下げて挑発的に嘲笑って魅せるマザー。


吐き捨てられた——わざとらしい悩ましげでつややかな息、目線はチラリと未だ一心不乱に遠ざかっていく少女と目の前のイミトへと交互に動き、暗に脅しの佇まい。



「いやいや、まさかまさか。くっく……コチラも叶えられるからと言って、全て叶えてあげる程に慈善に満ちた活動などしていませんのでね」


すれば戦いの喧騒が重なった後の、踏み心地の悪い地底の地面を足裏でにじりと削りながら、彼は脅しは効かないと茶化して嗤う。


あくまでも主導権は己に在るのだと悠々とした態度で挑む互いの言動——相容れないが穏やかに続く論戦の火花が静寂に散るように、二つの怪物が放つ魔力が彼や彼女の平静の傍らで衝突し合い、見えぬ震動——空気の慟哭どうこくを空洞に響かせていく。



「提示された願いに対しての見返りがどのくらいになるかの計算は必要でしょう? ソチラは、コチラが何を求めているか把握していないようですし、コチラ側が要求を受けてソチラが妥協出来るような条件を出して交渉に望まないと」


男は一つの場所に留まらない。一つの文章、区切りが一つと付く度に両手の拍手を重ね繰り返し、次々に得意げに己の技を披露するかのように別の場所へと神出鬼没にしていく。


「「……」」


「——で、あれば……貴方は何を求めているのかしら。その口振りだとデュエラの安全確保以外に、あるのでしょう? 先に貴方側の要求を聞いてからでもして変わりは無いはずよね」


女は、そんな男を目で追う事に飽き飽きとした。蛇の肢体を引き連れて首を回す事を辞めて情感深く閉じた瞼に苛立ちを抑えている面立ち。


理解しがたいイミトがもちいる瞬間移動のを未だに明かせない状況で、それをあざけているが如き挑発的なイミトの行動。


——両手がパンとまた鳴って、黒霧に消えては現れる怪異。



「くっく……コチラ側の要求をコチラの主導で話を進めても宜しいので? 刻一刻と時を経るごとが大きくなっていく状況ですが」


神経を研ぎ澄ますも、やはり彼は規則性も無く唐突に——唐突に。唯一の手掛かりは毎回と両手に宿す黒い魔力の渦と一定のリズムで叩き放たれる、他者を一切と喝采かっさいする気の無い音響のみ。


「既にアナタの主導でしょう? 空間転移をしている素振りも痕跡も無い……その移動の仕組みがどうなっているのか分からない以上、コチラ側も強引な手段を講じるしかないのだけれど出来る限り貴方達を傷つけたくないんだもの」


「それに——少し貴方の話にも興味が沸いているのも、まぁ事実だものね」


明かさなければならなかった。でなければ、今後の彼の動きに翻弄され、己が優位に立ち回る事が難しくなるかもしれない——不気味に周囲の環境にあおられ続けるイミトが纏う黒き魔力がもたらす未知は思いの外とマザーの内心に脅威きょういを感じさせているようだった。


だからこそのおどし、交渉に応じる事も無く逃げるデュエラを追い掛ける素振りを匂わせ続ける。


もうじきに、そんな脅しも脅しでは済まなくなる頃合いが近づいていた。


——そんなに難しい事はしてないつもりなんですがね。これは——例えばそうだな、魔物とは……魔力とはという問いを投げられた時、貴女が何と答えるのかという話によく似ている話で」


「……」


そんな折だ、唐突に悟られる事も無くマザーの後方——マザーの下半身でもある蛇の肢体の前に現れて腰を勝手に降ろし、吐息を溢すように意味深く心を惹くような語り口でイミトが話題を切り替えていったのは。


なんて言い方をしてしまえば、あまりにも抽象的で曖昧あいまいな表現。ここから話すのは、あくまでも仮説な妄想だけど——」


「そもそも——この世界の全ての命には、魔素と呼ばれる何かしらの小さな粒が他の原子——別種の小さな粒と混ざり合いながら色んな組み合わせでかたまりと成って物質を構築している」


——いったい何の話を始めたのだろうか。不遜に身勝手に許可なく己の蛇の肢体に腰を掛けてきた無礼な男に対して怪訝な横顔を振り向かせるマザー。


「とりわけ、人間や他の動物にも純度の高い魔素で構成されたがあって、その核を筋肉のように意識的に動かす事で体に溜め込んでいる魔素や周囲の魔素に影響を与えてと呼ばれる物を発動する条件を揃える訳だ」


その視線に気付きつつ、イミトは身振り手振りを加えながら飄々ひょうひょうと言葉を続けていく。


語り始めた論調、論題は世界のことわりについて。

時間稼ぎの話題逸らし、そう思えてならない——これまでの二つの怪物が紡いできた会話の内容とは全くと性質が異なる物。



「……いったい何の話をしてい——『ですよ』」


それでも、イミトは言葉を続けた。途中で放たれようとしたマザーからの文句も遮り、またしても淡白に注意を惹くように両手を叩き、マザーの視界に黒い霧と意味深な文言を残して消え失せながら、また別の場所に現れて。


「では。魔物を構成している


「それは生命体の中に長い時間の中で経年劣化しながらも存在していたが砕け散った際に生まれる


長々と、長々と語りゆく。


それだけの力が在ったのだ。


「これは分からない例えだろうけど、レコード円盤のみぞみたいなもんで溝をなぞれば出て来る音みたいに、その極小の破片には残留思念と呼ばれるような記憶や人格がとして刻まれていて……その後の瘴気の再結集の際に、構築されていく魔物という存在に大きな影響を与えてくる」


淡々と——淡々とした口振りに込められた密やかな語気の強さが、或いは恐らくと普段の彼が魅せない真面目な印象を与えて来る声色が、さもすれば紡がれていく謎深さそのものが、マザーの耳に突き刺さり——彼の者の一挙手一投足をと本能に訴えかけさせて来るようで。



何故だ。苛立つ。要領を得ない、何を目論んでいる。何がしたい。


「じれったいわね。分からない例えとやらも少し苛立つわ、それで——結局その話が私たちの話に何の関係があるのかしら」


それは確かに民衆の目を惹く語り口ではあっても、王の威光のような——カリスマ性とでも呼ぶべき、己が持つ女帝として——母としての自負のような威圧感とも


その正体すら分からない、始めて対峙するような存在感を放つ


——何なのだろうか、何者なのだろうか、この男は。


「ふっ……このの……くくっ、このはザディウスと出会った時には有った、此処に来るまでので可能性は高まったから試しに使ってみてるんだよ」


マザーの金色の瞳で計り知れないと判断され始めているイミトは、そんなマザーの心の内をまるで見透かしているように——或いは、ここまで話してもいまだに己のたくらみを悟れていないマザーの至らなさに笑いを堪えられない悪辣極まる態度で恐らく意図せずに挑発の口振りを強め、


しかし失礼が過ぎるなと宣うような自重じちょうの様相で、天井を清々しく見上げつつ、マザーの周りを回るように足音を鳴らして怪訝な顔色のマザーへと——さんざと馬鹿にし終えて笑い疲れたような様相で肩の力の抜けた最後の笑みを溢すのだ。


そして——


「——もしもさ。魔物を産み出す、魔物を創り出すみたいに……今しがた話したを意図的にで選別して、組み上げてとしたら——?」


そうして振り返ったイミトの身体が、徐々に

黒霧へと変わりゆく。


「……——‼」


此処まで来れば、分かるだろうか。



——その昔、彼は魔を統べたに言ったのだ。


己は街の小悪党、女ったらしのであると——。


煙に消えゆく彼の姿にその瞬間、黒霧と変わりゆくイミトと対峙していたマザーの脳裏に比喩として高電圧の電流が流れ過ぎた。そののちに彼女の驚きに開かれたまなこが慌てて向くのは、逃げる少女を頭上から追う黒い影。



——からすも飛んで逃げていた。を運んで逃げていた。



「もしも——アンタとの会話や動きを全て予測して、あらかじめ順序良く対応できるを複数としていたとしたら——?」


意味深に煙へと変わり消えゆきながら黒い渦巻くてのひらからポロポロと黒曜石こくようせきのような石を溢していくイミトの口が残すのは、


彼は偽物にせもの、王では無いまがい物。



「そのの名前を、俺だったよ」



 『【食卓テーブル・偽装クロス】』


許可なく信じる何もかもを、容易く裏切るいつわりの王。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る