第157話 夢幻と相成って。1/4
少女は何も知らない。
何も知らぬままに夢を見ていた。
「……うぅ、ふぅ、はぁ」
寝起きで機能の大半が停止していた脳が跳び起きた反動で揺らぎ、地底湖も広がる広大な空間の地に降り立った体が立ち
血流が暴れ回って痛み生じるような偏頭痛、思わず
蛇が鳴いた。母を殴られたと威嚇で鳴いた。
されど、
「……元気は良い事ね、何処か痛い所は無い? ああ、そうだ——改めて、おはようデュエラ」
少女の寝起き背伸びのような拳に頬を突き飛ばされた女帝の如き蛇達の母の指鳴らしを合図に、喰われたのは少女を威嚇した蛇だった。
周りに控えていた仲間だった、同胞だったはずの蛇達に群がられて噛みつかれ血を噴き出しながら蛇の肢体が幾つもの肉片へと変り果てる。
「オマエサマは……」
その光景に嫌悪と狂気を感じつつ、
——全ての元凶。
バジリスクの母、通称マザー。
「返事はしてくれないのね、私の事は覚えているかしら。一度だけ、小さな頃にコッソリと会いに来てくれたでしょう? アレは、何年前だったかしら」
「……」
無意識下とはいえ、いや無意識下であるからこそ遠慮も無く力を込めて放った己の拳の一撃を受けても尚、何事も無かった様子で母の如き穏やかな微笑みを絶やさずに小首を傾げてコチラの様子を
何故、自分は
此処に至る前、自分が眠りに無理強いされたその後の空白の時間で何が起きたのか。
現在の状況は。
仲間の行方は。安否は。
どのくらいの時間が経った。
これからどうする。自分は何をすればいい。
そんな最中にまた、
『ふん、アンタに会いに来た訳やない。何も分からん子供の興味本位の無謀で敵情視察に来とっただけやろ。そう言ってやりんせんか』
「——‼ アドレラ——っ⁉ アドレラが沢山⁉」
殊更に追い討ちを掛けるが如く積み重なる難題。意識がハッキリせぬままに、気配を探る事が
唐突に耳を突いたように感じたマザーの娘アドレラの声に振り返ると、そこにはデュエラにとって想像を絶した光景が広がっていたのだ。
——己の分身を産み出す能力を持ったアドレラの同じ顔が沢山あっただけでは無い。
あまりにも広大な周囲の状況、洞窟の最奥であろう地底湖と
更にはだ、
「……頭の回らん馬鹿ガキやな。説明しとる
アンタは——かはっ‼」
「——⁉」
そんな少女の絶望に表情を暗くする暇も無い程の忙しなさで、少女の機転の利かなさに呆れようとしながらも警戒を滲ませた表情のアドレラが、デュエラが振り返ろうとした矢先に顔を無くせば、更なる混迷が少女の思考に訪れるのは必定。
「アド、もう喋らなくて良いわ。母さんは別の用事で暇が無くなった事くらい分かるものね?」
アドレラの首から下の肢体が崩れ落ちて、顔は砕けて只の肉塊と血飛沫。目の前で繰り広げられる怒涛の展開、耳を突くのは己の娘に手を下したマザーの穏やかな口調だが冷徹な無機質さが灯る声。
頬に流れる冷や汗を
娘に手を掛けたのかと疑わしく恐る恐る振り返れば、そこに在るのは
「いえ——ハッキリと言ってあげましょうか」
娘の死骸を淡々と指差し終えて閉じられる
「死んでいいわよ、用済みだから」
デュエラにも見えている、見られていると自覚するが故の穏やかの微笑みのままで告げる言葉に優しさの溢れる人間性など皆目と無い。まさに、母の如き怪物——己の腹を満たすばかりを生き甲斐とする獣、魔性が産み出した蛇の女王。
「「「「シャラらららぁ‼」」」」
「「「「——‼」」」」
彼女の合図を皮切りに、此処まで静観に努めていた忠実な蛇の群れが同時に荒ぶり、ガラガラと様々な威嚇の咆哮を響かせて尻尾を地底に一斉に叩きつける。
未だ数名と生き残るアドレラの分身体たちもそれを受けて各々と武具とする扇子を開いて臨戦態勢の構えを取った。
その渦中に、投げ出されたままの少女は増々と解らなくなっていく。
「——……」
けたたましく鳴く蛇達の歯牙は、己にも跳ぶのか。
周囲の状況を再確認しながら、あらゆる展開に備えるべく咄嗟に緊張が体に巡る。
——戦いが始まった。
幾つもの同じ顔、幾種もの蛇の群れ。しかしアドレラの分身体を襲う蛇達はデュエラを見向きもせぬままに、むしろアドレラとデュエラとの距離を——会話をさせまいと守るように離れていくばかり。
「そうだ、デュエラ見て」
「⁉」
蛇の体の筋肉の収縮に音は無い。禍々しく周囲の気配を塗り潰す母の如き怪物マザーの下半身、長く太い蛇の肢体は周囲に緊張を張り巡らせていたデュエラの警戒を容易く掻い潜って、うねり伸びるように声を放つまで気付かれる事も無くデュエラの間近まで既に迫っていて。
「アナタの為に服を作っていたのよ、どうかしら。ほら、この花の
「……——⁉」
「ね、可愛いでしょ?」
声も出ない。声も出せない。自らの手下が、娘が、血で血を洗うように己が蛇の尾を喰らい合う様が繰り広げられている現状で、普段と何一つ変わらぬのだろう平常な振る舞いで嬉々として己が
——狂っていると思った。
血飛沫を噴き出す事を恐れない誰よりも、何よりも。
少女は思った。
これが今——最も倒すべき災厄だと。
これが今、最も己から遠ざけねばならぬ敵である、と。
両手いっぱいに広げられた布地を咄嗟に手で払う——布は布でしかなく、容易く動き、腕に纏わりついて、それから朝方に戸を叩く風のように地に堕ちるのだろう。
——未だ己は寝ても覚めても悪夢と呼ぶに相応しい現実の渦中にある。
それだけは、理解出来たデュエラであった。
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