第155話 仇花。4/4


——は、ウルルカの方に軍配が上がろうか。


魔力で創る足場の弾力性を用いた速度を除いても、相手の動きに対する反応速度や肉体の俊敏性しゅんびんせいは恐らくと対峙するイミトよりも優れている。


しかし、対するイミトの一撃は明らかに常軌じょうきを逸していた。攻防に用いる魔力の総量は然して変わらぬが、先程の攻防でウルルカの右腕を容易くぎ取った事を鑑みても拳一つに集中し、はウルルカの放つ常人から見て絶大と言って差し支えない強烈な一撃と比べてもという他ない。


同じ様な理屈で一気に局所的に出力されて押し出される魔力の圧力により強化されている肉体強度も含めて、早々に今の彼に対して決着を急ぎ——安易に彼の間合いに近付くべきではないというのが大半の見方なのかもしれない。



だが、彼女は往く。敢えて逝く。


「【蓮華エレデ跡濁ビレシ‼】」


イミトに向けて突き出した拳は、薄紫の妖しい発光する液体を帯びて勢いよく放たれた。


——常軌を逸する半人半魔。

とは言えど、である事は変わらない。


彼女が放つのは人を害する毒の拳、それにイミトは当然と気付くはずだと敵ながらに確信にも似た信頼が在りて矛盾するように全霊を込めて放つ。


それが避けられるのも織り込み済み、皮肉にもか——そのイミトの回避行動は同時刻、別の場所にて死闘を繰り広げるウルルカの姉アドレラが、天使アルキラルの拳を避ける動作に良く似ていて。


そして紙一重で首を曲げながら腰を下げて体勢を崩す回避姿勢、その後もアドレラに対してアルキラルが魅せた技と同様に全力で突き出した拳が突如としてように横薙よこなぎの裏拳へと変わり、増々とイミトの体勢が深く横倒れるが如く崩れる中で拳に纏っていた毒の飛沫しぶきも弾け飛散する。


 毒の飛沫はだったのだろう——漆黒の鎧を事前に纏っていたイミトの黒鉄は溶けないままに気化するばかりではあったものの、弾け跳んだ飛沫を浴びた大地や薙ぎ倒されていた樹木の破片が瞬く間に蒸気を噴かせて即座に溶けていく。


だが無論、ウルルカもイミトが毒に対処できずに死に至るなどという期待は元より欠片も無かったに違いない。


「【土起ダレド鉄混ガルバラ】」


初手の攻撃を避けれてても尚と、躊躇いも無く流れるように続けられる追撃。毒の拳を嫌って大袈裟とも思える程に倒れ込んでウルルカの攻撃を躱したイミトに、ウルルカは体を捻ってその場で引っ繰り返るように宙空を回転し、鉄錆てつさび刺々とげとげしくめくれたような変異を遂げる踵落かかとおとしを見舞うのだ。


 しかしイミトも、ただその追撃を受け入れる筈も無く、既に足下に広がらせていた黒き闇から倒れ往く自身の体を支えつつも滑らせ転がらせる為の土台を作り上げていて、尚且なおかつと凶悪に——ウルルカの踵が落ちてくるだろう箇所へとをも逆立たせて、他者を傷つける報いを受けよと待ち受けさせる。


「ッ——【種唄レスティマ乱調ビディアル】」

「ぶふっ——‼」


そうして踵落としの勢いそのままにギロチンの刃に断たれるウルルカの右足、されどもウルルカは止まらずに魔力で弾む足場を上下の空中に創り上げて直ぐ様に体勢を立て直し、地を転がり滑りゆくイミトを追って彼の頭上に躍り出て強烈な音波を放つを用いた跳び蹴りがギリギリと躱し切れなかったイミトの脇腹に僅かな時間、押し当たって。


すれば漆黒の鎧兜から噴き出るイミトの吐血、ウルルカの跳び蹴りが纏いて与えるが彼に思いの外なダメージを内部内臓に与えたに違いなく。



「【光景リグミト炎下エルグ】」


されど現状の手応えに満足する事も無い追撃は続くのだ。蹴りを放つ為に上空に張った魔力の膜を指で握り締めて、弾力のある魔力の膜の反発反動で矢継ぎ早に上空に跳び上がったウルルカは、舞うように己の身から噴き出す炎と共に螺旋らせんに踊り、あまねく地上へと炎の津波をはべらせる攻撃を展開。


「【水撒ノルディアレ氾濫ビドメル】」


更には、失った右足から大量の血にも似た水を噴き出すと共に、失われた足を即座に再生させたウルルカは炎と水流の交錯する大地へと急いで跳ね戻り、転がりながらも黒き闇が創り上げる魔力の土台を巧みに構築させて起き上がったイミトに向けて遠目から渦を巻く足払いを行って地に降り注いだ水流を激しくと波立たせた。


そして刹那——摩擦で起きる静電気の如き雷電が一瞬とほとばしるように弾けるのだ。



「【発芽エナリア腐放メデホリュース】」


すれば幾重にも組み合わさる黒き柱を駆け上がり、荒立つ水流からの逃避をはかったイミトの背後からが水流の中から跳び出して、


イミトの不意を突くべく跳び上がる——そして同時にウルルカ自身もまた、途方もなく壮大な滝を背景とするイミトの下へと太腿が爆発的に膨れ上がるような跳躍を魅せしめる。


——三方向からの同時攻撃。最も早くイミトに辿り着くのは恐らくと己から切り離された右腕、その後に断たれた右足が続き、そして己が誇る前例の最高速を相手にぶつけるに至るのだろう。


 嗚呼——七つの光、七つの恨みを引き連れて——黒き月夜の空にて浮足立つ、漆黒の悪魔を背景に在る滝に映り込む月諸共に穿ち抜こう。



「受け止めてみなよ‼ ‼」


ひびが入る音がした。

高速で跳んだ体を捩じり、再び巡る螺旋の弾道、渦を巻く流線の世界。


混濁し始める七つの光が化学反応を起こしていくかの如く一つの色へと集約を始めて、己の限界を超えてきしみ始める骨——剥がれていく気さえする肉、


胸の奥に在る生命の核である魔石にすら亀裂が入り始めて秘めていた膨大な質量と熱量が本来の出力の限界を過ぎ去り、ウルルカの体に罅割びびわれの予兆を数多と刻みながら噴き出して、遠心力に引き摺られて自壊すら有り得る猛烈な暴走状態へと突入させていた。



「——あの子を、メデューサ族に呪われたあの子を幸せにできるって言うのなら‼」


そんな彼女から放たれるが、彼に届いたのであろうか。

は尚も変わらずに響いているのだろうか——最早それすら、迷いを捨て去り、躊躇いを置き去りにした彼女には分からない。



「——【摘廻ルキラ仇花ウルルカ‼】」



ただ、何もかもを絞り出して投げ出したとしても——彼は受け止めてくれるのだろうと不思議な確信がある。


そうして満天の月下に咲く華、天上天下の全ての目を惹くように咲き誇る華の名は——


花粉の如き七色虹の魔力の飛沫を散らしながら、全ての悲鳴を掻き消して全ての憎悪を飲み込んだ荘厳な蛇堕の滝を貫き穿ちたいと宣うように七色の花弁を雄弁に開かせる。



嗚呼——種は撒かれるだろうか、撒かれても良い物だろうかと——刹那の時の中で閉じられるまぶた


その時、闇に浸ったはずの視界でが見えた気がした。

とても懐かしい、陽光が温かい日和に広大な空を舞う鳥の声。



嗚呼——何かが見えたか。


いや、その時の滝の音は、きっと——もっと穏やかで。

嗚呼——小窓の前で日向ぼっこをしながら咲いていた、あの花の名前は——。


「なんて……名前、だったかな」



『——、だろ。御伽話にも出て来る——小さな赤い花冠はなかんむりの』



 「……そうだ。そうだったよ、とても可愛い——花なんだ。がくれた花だった」


——。

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