第143話 蛇地蛮湧。2/4
——。
猛烈とは、この事だ。
「……何と、凄まじい」
三匹の怪物を相手に、息も吐かせぬ優勢で圧巻の戦いぶりを魅せる二人の男の姿に呆然と女騎士カトレアが無意識にそう呟いていた。
結果として肝心のトドメこそ刺せなかったとはいえ、敵方に与えた損害は
イミトとアディ、妹たちを凶刃から守るべく二人の男の攻撃を凌ぐ甲高い鉄が叩かれる音が、攻防の繰り返される壮絶な景色と共に追い詰められた者の必死さを聴覚にも伝えてくる。
ただ——そんな
『ボサッとすんなピョン‼ 後ろ‼』
「——っ⁉」
突如として内心に響いた警告に、ハッと我に返り——カトレアは背後から迫る凶刃の気配に気付いて咄嗟に身を飛び退かせ、近くの泥の水溜りに身体を転がす。
ここは戦場——戦いの火種は何処にでも
「……ふん、アレらに比べて任された指示もマトモに果たせぬか」
ハラリと落ちる銀の後ろ髪、しかして殺意は無いようだった。ただ単に試し斬りに空気を斬る程度の素朴な一振り、地面の泥を盛大に弾けさせたカトレアを他所に彼女を追う事も無く遠方で行われている二人の男の戦いを厳格な表情で見据え続けている事もその証左であろう。
自らに剣を振っておいて、一切と悪びれる様子もなく平然と佇みコチラの様子を覗いもしないギルティアを見上げながら、頬に付く泥を拭う余裕も無い様子で一応と警戒の息を飲むカトレア。
戦うのか否か、戦わねばならぬのか——今、向こう側で人類の敵とも言っていい強大な敵が追い詰められている状況で内輪の揉め事をしている場合であるのか。
この時のカトレアの眼差しには、人の砦であるギルティアに対して畏敬がありながらも批判的な色合いがジワリと滲む。
無論、そんな眼差しを向けられる彼自身も迷いあぐねては居たのだろう。
「そうは仰いますがギルティア卿……実際、簡易な言動のみで示し合わせたとは思えぬ彼らの
ギルティアよりも遅れて彼の傍らに立つ老兵ラディオッタが、呆然と立場を忘れて叱責されたカトレアとの間に足を進め、
「——それで、この後は如何なさいますか」
「……」
その後、老兵ラディオッタはここに至るまで入り込む隙間など無かった遠くの攻防に加勢するか否か、どう転ぼうと自身らが上手く立ち回れる機を
しかしそんな迷いの状況も虚しく、一段落。
「——ちっ。はぁ……手応え、どのくらいだったアディ」
相手に呼吸を許さぬ連撃は、当然とそれを繰り出していた者にすら——むしろ連撃を受ける者よりも頑なに呼吸を許さなかったのだろう。
流石に脳に行き渡る酸素も欠乏を始めたと
各々と武器や拳を僅かに降ろし、されど反転——敵が反逆の猛攻の
「不十分だな、魔石に届く直前に硬度が変わっ『あー、ちょい待て』」
ギルティアらの迷いや戸惑いなど知る
遮らなければならなかったのだ。
「ぷっ——よし、それで?」
相手の一挙手一投足に集中する状況でイミト自身も忘れていたが、音を用いる敵の対策の為に身に付けていた魔力で創られた漆黒の鎧兜を黒き魔素の煙へと回帰させて外界に表情が解き放たれるその間近、
「……やはり自分だけ状況を見越して耳栓か。ふぅ……彼女の魔石には相応のダメージがあると思うが結果は見ての通り、反撃の手が止まって即座に傷の修復が行われてない事を幸いだとしたい」
声は聞こえていなかった。いったい
もしもアディがそれを問おうと、イミトが
——多大な負傷を負って深き森の地に片膝を落とす姉に駆け寄る妹二人。字面としては
「一匹でも初手で戦闘不能まで追い込みたかったんだがな、正直——あの布陣はキツイぞ。感情次第で威力が変わる読みづらいムラッ気がありそうな水の広範囲な物理障壁、鉄蛇は物理的な硬度もそうだが、あの鉄は魔力耐性も相当だろ……固められたら何が効くのか見当も付かねぇ」
何を差し置いてでも絶対に殺すという意志に
天運という
しかし、それでも成し得なかった。
「そんな二人に守られる後ろで、コチラの魔力の乱調を引き起こす音の蛇、か……確かに厄介だな」
尚も諦めぬ勇猛振りで敵を見据え続ける二人の男ではあるが、ここに至るまでに些かの全力疾走も相まって頬に伝う冷や汗の感覚を見過ごす事も出来ずに居て。
「音蛇の方は味方の魔力を強化や操作も出来ると考えてる。動きとしては変わらず精度が甘い水蛇の妹の補助に重点を置いてくる気がするな」
平時を装うが、あくまでも装いのみ。鋭さが燃える眼光にも楽観の二文字は存在せず、彼らは真剣に言葉を交わし合う。
加えて言えば、もう一つの憂慮すべき——懸念が有ったのだ
「君は大丈夫なのか? 気配と今の攻防から察すると相当に消耗して決着を焦っているように思うんだが」
横に並ぶイミトの肩に僅かに燻るような焦燥感、今しがたの攻防で消費した魔力を含めて現在の戦争が始まってからの時間を加味して、明らかに現状のイミトが身に宿しているだろう魔力の圧力が如実に
そしてそれは、事実には違いない。
確かにイミトは既に
だが——
「——後ろを見ろ。それしか教えてやらねぇ」
「——……なるほど」
「「「……」」」
だからどうしたと言うのだろう。戦いを放棄して何も失わないというのなら、彼だって後ろに下がって御茶の一つでも森の木陰に座して飲み始めていると公言している。
彼自身は振り返らず、旧知であるカトレアとアディの再会に水を差さない。
水を差してはいけないのだ——そしてアディにとってもギルティアとラディオッタの手前、それを再会としてはならないと
それが——如何な茶番や屁理屈、何の解決にもならない問題の棚上げであろうとも、目先に有る目的を達する為に知らぬ存ぜぬで通さねばならない事であるのなら、その場に居た誰しもが僅かな沈黙を描くのは不自然な事でも無い。
「はっ、何を理解したのかね」
そんな些かと厄介で面倒な関係性、状況を創り出してしまった原因の一端であるイミトの皮肉が増々と際立つほどの沈黙。
何一つと懸念に対する答えにはならぬが相手に疑心を抱かせるような雰囲気を創らずに話題を逸らすには充分な応えではあって——そしてそうしている内に、同じく時を与えられていた敵の動きにも
「……ゆっくりと話をしたい所だけど——そうも行かないんだろ? 相変わらず」
剣の
「……ああ、お互い様だろ。俺は女を口説くのに忙しいもんでな、そろそろデートに来ていく服も整えたいんだよ」
イミトもまた、言葉や表情とは裏腹に戦意を静かに滾らせ始めたアディに呼応するように、口角の端を指で拭いつつ掌の上に黒い魔力の渦を灯し、新たな黒い槍をユルリと創り出す。
「ふっ、相変わらず君は。口こそ悪いが誰よりも
「耳栓の具合をミスったか……気持ち悪ぃ幻聴が聞こえるわ」
体勢を少し屈ませて、何時でもと前方へ跳び出せる出撃の構え——その最中に浮かべる二人の笑みは酷く似ていて。
「——何故だろうな。君について知っている事など何もないが、君とこうして並び立つと如何に相手が厄介だろうと負ける気がしない——ものの数秒で片が付いてしまいそうだ」
「……
まるで同じ想いを——理想を
並び立つのは今回が最期、足下に絡みつく泥は様々な意味でイミトにとっては些かと重かったに違いない。
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