第143話 蛇地蛮湧。1/4


 赤と紫が混じる黒の飛沫、振られた一太刀の記憶、残像を恨めしく残すように背から噴き出すバジリスク姉妹が五女ガルメディシアの血潮。


「く……がぁ……——」


槍が貫く右肩から左胸に向けて押し入ってくるアディの電熱を纏う剣が肉を焼き、血肉が蒸発している音がガルメディアの口から洩れ出でる苦悶に紛れて耳を突いて。

もうじきに、瞬きをする間もなくガルメディシアの左胸に埋まる彼女の命に刃が届く。


だがその時——槍でガルメディシアの肩を貫き、先んじて地を浴びた漆黒の兜の中からイミトが叫んだ。


「——アディ‼ ‼」


 「っ、分かっているさ‼」


そうは多くなかった。何よりとガルメディシアの肉を裂く剣を握るアディ自身が誰よりも早く理解していた。剣の勢いが、まるでに突き当たったような感触の後で止まり、金属同士が衝突し合うような甲高い音が激しく、イミトの咆哮の後に耳に届いたのだから。


——血潮が噴き出た傷口から肌に溢れるように、にぶい銀光を弾く水銀が泉の如く湧き出でて。


「ガル姉様‼ よくも‼【水棲八岐ミリュロテ・ヤティバ‼】」


 「——……回り込め‼ 後ろの眼鏡のガキだ‼」


そして、はたから見れば姉を非情無惨に切り裂く凶刃を黙って見ていられる程に彼女らは。先程から続くイミトの奇襲を受けて水流の檻を創り出し、防御を固めて一瞬と遅れを取った妹のメルメラの鋭い眼差し。展開されていた水流の檻が彼女の感情に呼応するように刺々しい蠢きを魅せて唸りを上げ始める。


「子ども扱いはレディに失礼っ、だ‼」


 「都合の良い時だけレディ扱いも大概、な‼」


対して、その少女の怒りの矛先を向けられた二人は互いにそれぞれ押し付け合うように間に挟まる鉄蛇のガルメディシアの肢体を足場に空を跳ねて己の武器を無理矢理と引き抜き、向かってくる水流の標的を分散させる意味合いも含めて次の行動で対応すべく間合いを取り合った。


それが殊更に、彼女らの姉へのぞんざいな扱いが尚更に、彼女らの怒りを増大させる事も覚悟の上で。



「姉様を足蹴に——舐めやがって貴様ら‼【魔操蛇笛ベルト・フェレグノ‼】」


ここまで一人、冷静さを保っていたもう一人の姉であり妹でもある六女アルティアですらも彼らのに自尊心を傷つけられ、怒りを露に——ここまで隠していたひたいを剥き出しに、他とは違う怪物性を披露しながら笛の構造が埋め込まれている右手の親指を咥えて魔力を放つ音を強烈に放つに至る。


すれば水よりの速いの影響は、


「——っ⁉ 魔力が、音でのか‼ とっ‼」


雷電のほとばしりを拡散させて攻防に転用するアディが空中で若干と動きを鈍らせて、人らしく空を落ちる格好と相成り、彼は咄嗟に思い通りにならなくなった魔力の状況を一瞬にして鑑みて身を捩り、落下の向かう先を無理矢理と逸らし近場にあった樹木の幹の腹に足裏を押し付けて態勢を整えようと試みる。


だが——そんな最中に飛び込んでくる言葉、


 「切り替えろ‼ 炎‼ 真上、距離を取れ‼」


まるで止まる事を許さぬと述べるが如き脅迫、同じく宙から堕ちゆく羽根を持たぬ男の言葉。意味がない訳もない——地に軟着陸すべく樹木の幹を足場としたはずの足裏を滑り降りる前に踏みにじりながら刹那の思考——己の雷電に乱調を及ぼした音の魔力の波及、その意味。


「なるっ——ほどだ‼【炎派エルシア・炎虎躍動エルゥーガ‼】」


それを理解するのに、そう時間は掛からない。未だ空気中に残る暴走を始めるような巨道を魅せる雷電が嘶きを火花の如く迸らせ、徐々に光量を強める。


この場に留まるのは危険なのはとして——聴こえてくる音の波長、イミトの言葉——属性ごとにという魔力を始め魔法を扱う者の基本、それらの全てを刹那の思考の中で済ませたアディは結論——やはりイミトが指示の体裁ていさいで忠告した通りに足裏から炎の魔力を噴き出させ、爆炎と共に森の天井に向けて即座に跳び去るに至ったのだ。


「アイツ——っ‼」


——目論みをおおむねと先に悟られる。それが如何に不快かの嫌悪を込めて、それらの事象が誰に起因しているのかバジリスク姉妹六女のアルティアは確信めいて首を回し、その原因を決して放置できない先に処すべき者として優先順位を上げるべく見据えようとした。


或いは、——気付いたのだ。


「アル姉様‼ もっと私の後ろに‼」



 「ダメ、メルメラ‼ ガル姉様を、あのに‼」


「——え?」


アディが去り際に地上に噴き出させた炎の波が来る、そんな状況にも関わらず姉を守ろうと近づき、水流の防御を整えようとした妹のメルメラを制止してでも真っ先に三つの視界に収めた男を倒さねばと思った


「……遅ェよ。‼」


 「「——‼」」


「かっ——」


抜いたと。未だ刹那の時しか流れていない攻防の中で、メルメラの猛烈な勢いの大水流から避けるべく、ガルメディシアの肩を貫き——そして彼女の肢体を足場にして引っこ抜いたと


しかしその実、メルメラの水流やアディの雷閃で覆い潜まされながら槍に纏わり付く糸は既になわの如くイミトの手と繋がっていて、盛大な勢いで繋がる糸越しに彼の下へと引き寄せられる。



「好きに固めろ、歯ぁ食い縛れ——鉄蛇‼【水派ノール泥水滑ヴェローラルり】」


「私の——移動歩法を‼」


地上へと落下する寸前、ガルメディシアを引き寄せた事も相まって仰向けに水浸しの沼の如き様相の大地に堕ちゆくだろう体から噴き出るのは——それはまるで、水の魔力を用いて大地を滑り変幻自在で柔軟な動きを魅せるの如く。


周囲の泥を散らしながら回転し、やがて着地して体勢を流れるように整えたイミトは引き寄せたガルメディシアの姿を見据え、利き腕である右腕の肩に左手を添えて水平に掲げる。



「——すぅ……‼」


「かはっぁ⁉」


単純な攻撃だった。猛烈な勢いで引き寄せられて抗う事もままならないガルメディシアの動きを先を読み、彼女の腹に黒き魔力の渦で覆った腕を差し出して腕力に物を言わせて押し返す——ただそれだけの単純な正面衝突。引き寄せた勢いが彼の創り出したものならば、それは暴力的で一方的な力比べと言ってもいい


向かい合う力と向かい合う力の衝突、それらの物理法則が生み出す衝撃は生み出した互いに及び、実際——イミトの腕の骨の軋む音が聞こえそうな程に腕に進行をさまたげられたガルメディシアの肢体は真二つに折れ曲がったのかと思った後に、軽々と森の奧へと姉妹たちが居る場所を通り過ぎて一瞬にして運ばれる結果となった。


「「ガル姉様‼」」


「人の心配っ、美徳だな‼ 【死波デス・ウェーブ】」


しかし、そんな結果に満足する事も無く——イミトのラリアットで森の樹木を薙ぎ倒しながら尚も森の奧へと吹き飛んで行く姉の姿に一瞬と気を取られたを彼は突く。


ラリアットの反動衝撃が己の身にも代価として及ぶ中で、今度はうつ伏せに倒れ往く姿勢を利用して、水を十二分に含んだ泥の大地に両手を押し付け黒き渦を巻く魔力を大地表層に流してを引き起こされる黒き大津波。


「——メルメラ‼ 耳を塞ぎなさい‼【魔笛蛇壊フェレ・グラネダぁ‼】」


 「「「「「——‼」」」」」


まさしく超常の戦い、イミトの引き起こす視界を覆う大津波に対し、アルティアが次に行ったのは事であった。妹のメルメラにすら被害が及ぶと忠告しながら近場に居たメルメラの体を強引に引き寄せ、自身の親指を呼吸を溜め込んだ頬袋を膨らませながら咥えた後にイミトが放った大津波に向けて笛を吹く。


——起こるのは、

吹き始めた当初は強烈な音であった笛の音色も、刹那の時を経る毎に吹き込められる空気の量が笛であるアルティアの腕のを超えて地を噴き出しながら裂けていく度に音を失う。


否、それも表面上の話——血を噴き出し骨が砕けると共に内部で肉や骨の破片の中で空気や笛の音色そのものが複雑に細かに反響し、常人の耳には聞こえないとなって世界を揺らす。


——音とは震動、押し寄せる全てに刺さる微細の刃。

それらは黒き魔力の津波を細かく砕き、そして一瞬にして周囲の物を吹き飛ばす。


——


周囲一帯が騒音の向こう側、聞こえねばそれは、ある意味で静寂に等しい。




「……腕を犠牲にした音の衝撃波。治せるとはいえ、大したもんだ」


弾き吹き飛ばされた直後の黒い津波の中から真っ直ぐに跳び出したも、


「ぷっ——私の音を、どうやって——‼」


使用した大技の反動で千切れた指を唾と共に森の地に吐き捨てたも、誰の耳にも届かぬ独り言に過ぎない。


虚を突いた。


絶対に有り得ないと思える所に思わぬ死角——自負心、経験、信頼、確信。

或いは長々と語れば、払った代価に対して当然と相応な等しい見返りが来るという甘え切った怠慢。


「【デス・ゾーン】」


その技は己が身の内でけがした魔素——の圧倒的な物量で以って厚く場を埋め尽くし、半固体に変質させて圧縮する全方位から相手を押さえつける不器用を極めた、あまりにも単純な腕尽うでずくの


が、故に——単純が故に、用いる魔力の質や量によって純粋に重く、内と外——何者の侵入を一切と許さぬ拘束具にして鋼の檻と成り得るのだ。


傍目から見れば黒き閃光が球状に広がる、


内部は堕ちる木の葉すらも時を止めたように見える無風の境地。背景は無いが姿だけが不思議と明瞭に見える黒の世界に塗り替えられて。



まぁそれ故に、消費する——浪費する魔力もまた膨大、現状のイミトでは一瞬だけ内部の物の動きを止める程度しか保つ事も出来ないのも事実ではある。


けれど、一瞬で良い——むしろ


「「——⁉」がっ‼(を‼)」


パンと弾ける黒の照明——何が起きたかは分からないと動揺させ、対応力があればある程に使用前の感覚と使用後の感覚が乱れる、錯覚と——それを自覚して修正するまでの動きに僅かなが生じるのだから。


そうして動揺しながらも妹を奇襲から守るべく咄嗟に突き放すアルティアの喉を突く、イミトの鎧を纏う指を折り曲げた貫手ぬきて


「アルね——ぐっ⁉」


直後、己を突き放した姉への襲撃の報いを受けさせようと倒れそうになった体を踏ん張らせたメルメラの肢体にダメ押しのイミトの蹴りが放たれて——



「っ——ああ、俺は人の話を聞かねぇ悪党で良いさ。アディ‼」


息も吐かせぬような怒涛の攻防は——。


「——今回は耳栓なしだ。少し耳鳴りがキツイな【炎派エルシア牙獣炎牙イリエルガ】」


「「——‼」」


炎を噴き出し森の天井を突き抜けていた雷閃の騎士は高々と両手で握る剣を掲げて振り下ろす先には喉を抑えて苦悶するバジリスク姉妹六女の首が一つ。


ああ——息も吐かせぬ怒涛の攻防も、に過ぎない。



「——好き放題、してくれ……ゴボッ、てんじゃないよ‼ アンダら‼【剛鋼蛇鎧デジャべユシス‼】」


炎を激しく纏う断罪の剣を受け止めた燃やされぬ銀色の肌は、黒き血反吐と銀に変色しながらも未だに残る凄惨な傷口からつややかに滴る血潮を輝かせ、必死の形相で倒れる妹たちに覆い被さる様子で守り抜く。

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