第133話 泥濘の兆し。2/4
だが——
「これでもまだ——役にも立たん御仲間を優先で御座いますか」
急展開で速度を変えたアドレラに対して、メイティクスの対応は変わらなかった。生物としてあり得ない速度と思えるアドレラの動きを意に介さぬままにすれ違いながら、まず目指すのはと飛行船団を狙う蛇の椅子の砲撃の対処——
アドレラが離れた途端にメイティクスの視界を埋めるが如く散り散りになる蛇の椅子、その無数の蛇の群れの中から砲撃を放つ蛇が分からない以上、彼女は再びと蛇と飛行船団の間を別つような射線上に回り込まざるを得ない。
「——アナタと同じですよ。志高く、望むは彼らと約束した完全な勝利‼」
解き放たれる魔力の光線——アドレラが離れ、僅かに魔力の光弾が膨張する刹那的な時の合間でメイティクスは回り込み、一舐めの視線にて放たれるだろう無数の光線を視界に捉えて把握し、剣を構えた。
そして——光線が放たれれば、無駄の一切ない流線の如き白き光を放つ剣筋を披露して放たれる熱光線の軌道を弾いて変えしめる。
「折り甲斐がありますなぁ——ほんに‼」
すれば無視された格好でメイティクスに通り過ぎられたアドレラは空中にて
「一度でも立ち位置を誤れば、私も全力を振るえる——この攻防こそが、この戦いの佳境‼」
交錯の衝撃に遅れて巻き起こるような風にバサバサと音を掻き立てるアドレラの装束、かんらと顔を出す下駄と共に露になるアドレラの美脚がメイティクスを襲い、メイティクスは咄嗟に大剣で彼女の蹴りをかろうじて受け止める。
「——全力、振るえたらよろしおすなぁ。影踏み言う遊び、知っとられますか?」
そこからは連戦——交錯し、密着した矢先にアドレラの身体が
「存じませんね、幼少期は遊びの出来る体では無かったもので‼」
「昔、妹とようやったわ。若い日和の遠い昔やけど」
戦いの行方を占う攻防、火花が散るが如く凄まじい気配同士の衝突、ただの立ち位置を巡る戦いというには余りにも常人には熾烈極まり——否、瞬く間に幾度も移り変わる視認しがたい攻防は密着と言って差し支えない状況ゆえに様々な読み合いや牽制があるのだろう。
交わす言葉も、また然り。
「言葉の通り——影を踏み合う遊びでしてな、わっち……負けた事、ありんせんのや」
「残念ながら——これは遊びではありませんので‼」
まるで道端の世間話、互いに平常な会話を勧めながらに体術を躍らせ、打突で互いの動きを牽制し合いながらも回転を続けていく。
しかし——
「——同じやで。遊ばなやってられん世の中やさかい‼」
「【
「くっ——」
アドレラには、かつては彼女の椅子だった蛇が居る。周囲から散乱していた無数の蛇が彼女らを囲うように集まり始め、瞳孔の開いたままの妖しげ微笑みと共に魔力の
そして更にアドレラの怒涛の追撃は続いた。
「【
掌底にてメイティクスの大剣を体ごと仰け反らせると同時に仰々しい和風装束の襟元に潜ませていた蛇が顔を出し、紫の毒霧を噴射させる。濃硫酸が何かを溶かしながら沸騰し、気化していくような激しい音で聴覚を遮り、視界も塞がれた状況——
そこから更に、
「ほらほら——大事な大事な御仲間でありんしょう? 急がんと‼」
「【
体を捻り、後ろ回し蹴りを繰り出したアドレラは背後に控えていた手下の蛇に対して指を鳴らして弧を描かせるように
唐突に追いやられた様相の窮地——だが、その程度で屈するならば、彼女は鎧聖女などと仰々しい名で呼ばれはしないのだろう。
「——……遅い‼【
紫の毒霧に包まれ、仰け反りながらも刮目したが如き気配の拡散。毒霧に視界を遮られたのはアドレラ自身もまた同じ——毒霧の中から突き出された白銀の腕がアドレラの和風装束の襟を掴み、引き寄せて放り捨てた後に光で創られた剣が幾つも途方檄を放とうとする蛇たちに駆け出す。
「お早い事」
蛇を切り裂く七本の光の剣、残像の軌道を
「影踏みとやら——今回は私が勝ちを頂きます‼【
「おもろいなぁ——ほんま‼」
振り上げられる巨大な光、メイティクスの光の剣。対して、投げられたアドレラは和風装束の大きな
振り下ろされる白き大剣と、振り上げられる漆塗りの黒を輝かせる扇子の交錯。
「「……——」」
全霊の一撃、溢れた白き光に一瞬と周囲は包まれて、戦いの
ただ——白光の斬撃を放ったメイティクスの健在だけは明白に見えていた。
そして——
「な? だから言うたやろ、負けた事あらへんて」
「——‼」
メイティクスが驚き、思わずと振り返る様も明白で。全霊を込めた斬撃を放った方角に居た筈のアドレラが、何故だかと無傷で背後に居座っている。その悠々自適な振る舞いに、下方の地に斬撃が届いて盛大な破壊の音すらも耳を通り抜けるばかり。
「妹も皆、そんな驚いた顔してなぁ。それがまた可愛ええんや、うふふ……」
まるで何事も無かったかのように——陽光を見上げて僅かな白昼夢を魅せれていたかと見紛う程の平常。何が起きたかも分からず、呆気にとられるメイティクス。
「にしても、やっぱりあんさんも凄いわ……割と殺す気ではあったのは間違っておりんせん筈やけど」
だが、決して夢などでは無い。たとえ自身の警戒を掻い潜り、何も悟らせぬまま音もなく背後を取られたなどという事実を幻術だなどと否定したくとも、受けた傷は確かに現実だと告げていて。
「ほんま、人とは思えんなぁ——そや、その前に謝らんと。せっかくの綺麗な御化粧……少し溶かしてしまって申し訳ありんせんねぇ。飼い蛇には歯磨きを欠かさぬように毎朝、口酸っぱく言っておるんやけど、
メイティクスの——白銀の鎧に包まれぬ彼女の右顔は、確かにアドレラの手下の蛇の毒霧を浴びて痛々しく
「……いいえ、お気になさらず。直ぐに治りますので」
しかしながらと燻る白煙が彼女の傷を撫でるが如く滲み出て、その傷もまた悪夢のように見る見ると修復を遂げていく。
それはまるで、魔力によって創られた魔物が傷を治すというより肉体を再現する様によく似ていた。
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