第132話 知の毒。3/4


だが、握られた拳が暗に示すように、


「もう一度、家族に戻ろうデュエラ……君も、僕の大切なの妹の一人だ」


その手が繋がる事はむなしくも、もはや有り得ない事なのかもしれない。


「——を、吐くな。なのです‼」


少なくとも少女には、今更と如何いかな表情を感情を向けられようと新しい関係を目の前の敵と繋ぐつもりなど毛頭も無いのだろう。


強き色を滲ませる金色の瞳に灯るきらめきは、あたかも呪いの如く揺らめいて。


「ワタクシサマは忘れない——から、オマエサマガタにハハサマが殺されたから、一人で逃げてる時に聞いた蛇たちの笑い声も、遊びで追い立ててくる大声も、オマエサマガタの妹を殺した後でワタクシサマを探し回る怒った声も」


血が滲みだすかと見紛う程に硬く握られていく少女の構えられた拳も語るのだ。少女の怒りを、植え付けられた恐怖を、嫌悪を、憎悪を。


少女は憎んでいた。目の前のウルルカも、その彼女の背景に漂う彼女の家族らの面影も、少女を孤独に誘うばかりのこの森も。


滅びてしまえとまで、願っていたのかもしれない。


「……僕らが君を見つけた時——君は、あの女に既に毒されていた。だから母さんはを変えたんだ。君を強く育てる為に、僕らがとして憎むように仕向けていたのさ。分かってるだろ、君が生きているのが——何よりの証拠だ」


その絡み合ってしまっている憎悪を理解するが故に、解き方が分からぬつたなさを表情に滲ませてウルルカは言葉を紡いでいた。


本当に拙く、拙く、これ以上——少女の逆鱗を刺激しないように言葉を選ぶのだ。次々と激しさを増していく周囲の戦闘音や、融けて堕ちゆく樹木の積雪に急かされながら、


「それもこれも、ワタクシサマをも——オマエサマガタの母親が、半人半魔になる為のを創る為で御座いましょう‼ ワタクシサマの為じゃない‼」


そして返しようの無い少女からの罵倒を浴びながらも、心を締め付けられていくようにウルルカは様々な葛藤を心内で閉ざすが如く拳を握るばかり。



「……そうさ——でも君は、母さんと共に。死ぬ訳じゃない」


 「そんなものは、御免なのですよ‼」


それでも詭弁を——これが己を騙す詭弁だと、唯一の折衷案だと改めて己を言いくるめるように言葉を捻り出したウルルカだが、やはりと手を振り払うが如く語気の強いデュエラにとってはウルルカの事情など今さら知った事ではないのだろう。



だが、そうは解ってはいても——


「僕は最初からだった。母さんは時が来れば——全てが終わった後でなら君も納得してくれる——最終的には家族に戻れると言っていたけれど、結果として他の姉妹との軋轢あつれきは大きくなる……実際に君は、ユリアナとキティラナ、ソリリカ……そしてミツティカを殺してしまった」


「……」


一度と心内に押し込めていた想いは、せきを切ったかの如く止まる事も無かった。真っ直ぐに向けられてくる憎悪に燃えるような夕日にも似た金色こんじきまなこに目を焼かれたように俯き気味に過去を振り返りながら頭を抱えたウルルカ。


肩の力が抜けて、見るからに戦意は失せていたがデュエラが跳びかかり戦いを再開させるには些かと彼女の視点では不気味な雰囲気にも見える。


——哀しみは、


「悲しい話さ。他の姉妹たちが——妹たちを殺した君に対して良い感情を持ってないのも否定できない事実だ、でもね……君も妹なんだよ、僕にとっては」


哀しみは互いにあったのだ。僅かなも。意図せぬ悲劇、不本意な連鎖——心を押し流す時間の流れが、不意に滝の飛沫しぶきの如き歴史を散らせれば、滞りなくもうとしても小さき存在には多くを溢す事も無理からぬ。


けれど——

「——やっぱり、イミト様は凄いで御座いますね。イミト様の仰ることに間違いは無いのですます」


そのような滝の流れをさかのぼるように思いを馳せて、一つとして取り溢さない汲み方を探し続ける悪魔が居た。無理だと知りながらも、無意味だと願いながらも、足を動かせず壮大に流れる滝を後ろ向きに眺め続ける悪魔が居たのだ。



「……? デュエラ?」


悪魔は思い出の中ですら嗤い、敵を嘲笑い——少女を誘う。

憎悪から一転して、愉しげに思い出し笑いを溢した少女の反応に虚を突かれ、思わずと首を傾げるウルルカ。


故に、この時の少女の感情が理解らないそんなウルルカを見て、唐突に戦闘態勢を解いた少女は思い出してしまった悪魔の言葉をつむいで差し上げるのだろう。



「だったら何故、独りになったワタクシサマを連れて、無理矢理にでも……この森からで御座いますかウルルカ。ワタクシサマも、妹ガタも大事で争いたくないというのなら、その選択が出来たはずで御座いましょう。オマエサマ程になら尚更」


滝の流れの一滴ひとしずくを指先に乗せて見つめたような言い回しで、雫に込められた想いの表層を貫いて滲みだしているが如き、最も相手の感情の琴線きんせんに触れるに違いないを紡がせるのだろう。


「……——」


あらゆる命が、過去を遡る事が出来ないのを良い事に——結果から過程を逆算する悪意。相手の視野角などお構いなしに、有り余る思考時間を自慢するように植え付けてくる後悔の種。



「オマエサマは結局、。選択肢を作れない。あのマザーの命令には逆らえない、マザーが家族を殺せと言ったらオマエサマは迷っても結局は殺すので御座いましょう」



「いいえ——より多くの、より楽に家族を守るだけ。ワタクシサマと逃げ出して二人で暮らす——その事を考えも出来なかったのなら、尚更に……のオマエサマを今さらワタクシサマが信用できる訳が無いで御座いましょう‼」


返せる言葉など、有りよう筈も無い——誰しもがつたなきままに時に押され、過去をさかのぼる事など出来ないのなら尚更に。幼き事が、拙き事が、ままならぬ事がだというのなら等しく全てが大罪たいざい


だからこそ、彼の所業は悪魔の為せる所業に違いない。


「コチラからの提案で御座いますウルルカ。マザーをに付くので御座いますよ。そうすれば——ワタクシサマ達が他の姉妹ドモの殺す事は無いと約束するのです、ます」


それらがもたらす結末を見逃すまいと斜陽は更に傾いて、雪融ゆきどけの水を好奇の眼差しできらめかせていた。握られた拳がかれ、ダラリと肩から先が脱力——悪魔の吐息の如き肌寒い秋風が荒ぶ中で、カクリと俯いたウルルカの短い薄緑の前髪はあまりにも寂しげに揺れていく。


孤独だったはずの蛇の少女の肌に生まれながらに刻まれる蛇の紋様が着込む黒服に覆われて、


この時のウルルカには——とても邪悪で呪われた死装束に見えていたのかもしれない。

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