第128話 熱きに狂う。5/5
「だから——もう止めねぇか、ザディウス……後はアンタ次第だ、生まれる事自体に罪なんか有って良い筈がねぇ……テメェがやろうとしている事は、それを罪とする暴虐だ」
そして切実に彼は言葉を贈った。伏し目がちに力なく努め、願うように終戦を提示するのである。
まるで、何かから目を逸らすように。
「俺は世界で生きてる何もかもを信用しない人間だけど、たった一つ信じてるモノがある。信じたいと思ってるモノがある」
「「……」」
「まだ生まれてない未来で、俺みたいなゴミクズより優秀で慈愛に満ちた誰かの子供が——俺達が求める答えを出してくれるんじゃないかって期待してる。こればっかりは捨てられねぇ」
吹き荒んだ背後の竜巻も消え失せ、最期の一吹きが彼の者の背を押す。時の無情——さもすれば熱の無いその一吹きは触れた物の体温を
「歯が浮くようなクソみたいな、餓鬼畜生みたいな拙い希望論とは——分かっててもさ」
「なぁ——そう思わねぇか、ザディウス」
寂しげに、寂しげに、哀しげに、哀しげに、眼前の魔人は——戦いなど、先ほどの間での熱を帯びる争いの熱など失われたかのように同調を求めて問うてくる。
それでも、納得する訳にはいかなかった。
「……その答えが分かっておるから、貴様は今、そこに居るのだろうが」
「……そうだな。そうだよな……悪かった」
徐々に傷を負った体を修復が始めている。己が身の周辺で漂う
そんな光景を前に、既にそれらを悟っていたかの如く自嘲で嗤う眼前の魔人。
問うてみた、だけだったのだろう。
叶わぬと思っていた
そうして彼は、己の筋を押し通すべく魔王へと告げるのだ。
「——じゃあ魔王ザディウス……執行の時間だ。最期に、何か言い残す事はあるか」
「……」
燃え上がりを終えた木炭が赤を灯し、次々と灰へと変わっていく。太陽よりも明るくその場を照らす炎は森の何処まで広がっていくのだろうか。風に巻き上げられた灰色は、まるで冬の雪のようで——しかして煙は未だ夏の暑さを思わせる。
遠く、遥か遠くから忘れられていた巨大な滝の振動が今更ながらと伝わった。
それ程に、張り詰めた静寂。
「そうか——イミトよ、やはり貴様は人だ。人で在れ、人で在り続けろ」
煙の熱で
やがて終幕——万物の呪いにて産み落とされた王は応える。
「そしてその矛盾と、他者の掛ける呪いに
ほぼ全ての傷が言えた己の肉体から、改めて骨の剣を痛々しく引き抜き振り抜いて、自らの血潮——民の怨讐を燃え焦げた地に刻む。掌を巧みに用いて回される骨の剣はその軽い動きからは想像も出来ない重さを匂わせて。
「……ああ、
その瞬間、威風堂々と佇む王の威光に背後の炎が踊り狂った。かたや冷ややか——
「では決するとしよう、イミト‼ 貴様と余の此度の戦いの行方を‼」
——激しい炎上を始めた森で、戦乱の火の粉が幾つも舞う森で、一つの戦いの決着が付こうとしていた。
「ああ、ザディウス——さよならだ。また会うのかも知れねぇけどな【
「ぐっ——足下から‼」
王の足が焼け焦げた地面を踏み砕きながら駆け出した矢先、巨大な漆黒の鎧の腕が彼らの足下に創り出され、決着に相応しき戦場——世界を見渡せる遥か高みへと運び往く。
「——この技は、少し世の中への影響が大きいからな。もっと上に、空に行こう」
「クレア……頼むぞ」
森を眺める観測者、能天気な陽光は眩しく——勢いよく真上の空へ伸びゆく鎧の腕が突き破る空気の破片は刺々しく荒ぶってはいたが、その瞬間——誰も目を閉じる事は無い。
「本当に——いや、良い。付き合ってやろう」
ふと、魔人の腕に抱えられて精悍に努めていた鎧兜が何かを言おうとはした。けれど、今は無粋と目線は流れて。
「すまねぇな、毎度毎度——無茶に付き合ってもらって」
森を抜けようと勢い衰えぬ天上へ駆ける鎧の腕の掌で彼は彼女の気遣いを汲んで小さく嗤うのだ。崩れた体勢を立て直し、鎧の腕と衝突する空気圧の中で再びと掛け始めた王を見据えながらに。
そして——王が意気を叫ぶのだ。
「イミト‼ そのまま貴様も全霊で来るが良い‼【
声を
身を包む骨の鎧は一層と分厚く、背中から生える幾つもの骨の腕は見るからに強大。
まさしくその姿こそ、禍々しき死骸の集約——見た者を圧倒し、追い詰め、迫り来る死の王の姿であった。
しかし、覚悟は既に決まっている。
「この技が最後だ、テメェを越えていく為の最後の賭け、この後の戦いの——余力を残す余裕は無い。クレア‼」
動揺は無い——王に
二人で一人、魔人は片腕に抱える鎧兜へと意気を放った。
すれば漆黒の鎧兜から突き出された片割れの掌に向けて渦を巻くように膨大な魔力が流れ始め、創り出されるのは——黒き球体。
「——あの黒の放射……二人がかりで魔力を圧縮し、限界まで威力を溜めるという事……か——」
それは普段通りにも見えて、見透かそうとされていた。
だが——違うのだ。
刹那——敵対する魔人に向けて迫っていた魔王は理解する。
否、認知した。
「白の斥力を内側に、黒の凝縮も内側に——もっと、もっとだ——」
今や周囲——己らを地上から空へと運ぶ鎧の巨腕が突き破ってきた空中に存在していた魔素すらも、本来ならば存在しえない筈の白が彼らの物では無い——関係ない筈の周囲の魔素をも巻き込み、
その想像もしえない膨大な物量が一つの球体の中に秘められていると認知した瞬間——荒れ狂っているはずの空気の中で魔王の耳に彼女の言葉が
「——ザディウスよ。この技であるなら、我らの魔力を使うに相応しい——そして貴様の最期を彩るに相応しき殺意に満ちた破壊の力だ」
「——っ、吸い寄せられ——そのような
自らの意志で普段よりも迅速に迫っていると思えていた勢いすらも、よくよくと省みて見れば掌の上。
そう——既に魔人は述べていたのだ。
怨讐に駆られる者たちを利用する怨讐の根源、火種を撒いて他の心を焼き焦がしながら自らはその火種が燃え上がった炎で肉でも焼くかの如き暴利を
『『【——
「——……」
やがて終幕の瞬間は訪れて、彼らは背後に跳び——自らの肢体を何者も干渉できない白に包んで身を守る。
背景は白く——姿だけは明瞭に見えていた。
その外で、何が起きたかも関わりも無く静寂に静寂を極めて。
「静寂の極み……これが貴様らの戦いの中で辿り着いた世界か……」
僅かばかりの浮遊感、何も無い世界——男に誘われるままにその世界を訪れた漆黒の鎧兜が蒸発するように消え去り素顔が露になっていく女は何も無い世界を眺め、不意に物想いに更けて感想を漏らした。
「……」
けれど、眠っているかの如く傍らに居るはずの男の返事は無い。
「同じ景色を見ようと、辿り着く答えまでは同じではない、か……度し難い物よな」
背景は白く——故に美しくその世界の浮遊感の中で水面に広がるような彼女の黒髪が映えていた。
「——まだ眠るのは早いぞ、この阿呆が。守りたい者が、未だ多くあるのだろう? 貴様にも」
致し方なし——と息すらも忘れていそうな男の顔に彼女の髪が寄り添って。
その口づけは美しき黒髪に、とても穏やかに隠されていく。
——。
断頭台のデュラハン12【熱狂編】
~戦の森と予期された断罪~ 完。
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