第128話 熱きに狂う。4/5


互いの武器が衝突する甲高い音が森の隅まで響き渡るようで、下方に広がる広大な森が音響に圧倒されたかの如く衝撃の余韻を波立たせる。


もしも森の間近で行われていたならば、周囲は全て更地になっていた事だろう。


「そんなものは、余を討ち取ってから問うがよい‼」


 「——だろ、一人じゃねぇってのは‼」


ぎりぎりと押し付け合う意地と意地——


「あんなむなしい結末よりも、ずっと‼」


全てが二人の交錯によって再びと弾き飛ばされ、その場もまた一瞬と二人きり。


「——……」


 「ハッキリ言うぞ、アンタとは友達になれそうだった」


しかして明瞭——見据える方向は真反対、それ故の交錯。もはや互いに並び立つ事はおろか、背を向け合う事すらも無いに違いなく。


「先も聞いた‼ 過ぎ去りし時の詭弁に過ぎん‼【因果砲骨デルガ・ギルストフ騎骨歩兵ギルザリフト‼】」


押し付けられた詭弁を弾くべく奮起して一度は身を引き、改めて力を入れ直したザディウスとの攻防で直ぐに二人は距離を産み合い、間を別つが如く——或いは意趣返しに巨大な骨の津波と大小さまざまな骨の兵士たちが溢れ返り、眼前の敵を襲い始める。


王は孤独か——否、不本意な群衆に取り囲まれて。

なれば対する逆賊は孤独か——否、今や望み望まれた結集。



「そうかよ、【剛腕旋風ギュアグリフ・竜巻マキアーデ‼】」


骨の津波が迫る中、背後に跳び退きながら受け取らされた鎧兜を巧みな槍術でもてあそび——彼は再び三度みたびと彼女を空へと舞わせた後で己もその場で竜巻を起こす程の渦を巻くような回転を始めた。


すればその意を汲むが如く——またしても鎧兜のクレアの身からほとばしり始める雷閃のいななき。


「【雷絶球レグジステリカ‼】」


先ほどと違うのは、それは力の集約されたをしていた事。



「「【雷轟風乱レグジアスマギア‼】」」


イミトが行う回転で生まれた旋風が竜巻に変わり、宙に浮く雷球と周囲の大気——或いは地上の塵芥などを巻き込みながら雷鳴を轟かせる黒き暗雲の嵐を創り出す。


それらに弾かれるザディウスの骨の津波と骸骨の群衆。


「——まだだ‼ この程度の乱流如きで、余らの——世界に蔓延はびこる恩讐の声を晴らせるものか、イミト‼」


轟音猛々しい災害と災害のいさかい、手を組む意図は無くとも森は荒れに荒れて、それでも何一つ周囲を気にする事も無く戦いは続く。



『——雷閃槍らいせんそう‼』



 「‼ ——ぐっ、ぐおおおおおおおおお——‼」


しかし突如として現れた嵐の渦中——まるで神の怒りと見紛うが如く、電磁力の作用する雷電を纏いて飛び立つ雷槍が瞬く間にザディウスを襲った。


そんな折に——イミトは暗き嵐の中で言葉を呟くのだ。



「晴らす必要はねぇんだ、雨の時は——傘を探せ。店の軒先のきさきだっていいさ、そこが美味い飯屋なら何よりで——そんな場面で会えたなら、一杯くらいおごってやれる」


あたかも降りしきる雨に打たれているような、そんな顔色で骨の剣で雷槍を受け止めて森へと吹き飛んでいくザディウスの姿を見下げながら。


——。


 その顛末てんまつ、猛烈な落雷を受けた森の箇所は——あまりに突然な事に驚き跳び上がったように大地の上にあった森は衝撃に消し飛んで、一瞬の内に炭へと変わった木々の色合いからは遠くで未だに吹き荒れる竜巻の猛風も相まって炎上を轟々と遂げようとしていた。


されども、そんな赤き焔に照らされて火と共に踊るが如き森の片隅で、一人の男は再びと立ち上がった。



「……奪うのだ、奪われた故に奪うのだ。奴等に同じ苦しみを、知らぬと捨てた薄情者どもに知らしめよ……この痛みを、この無念を‼」


まるで、この世の恨みつらみを抱いて産まれ、妄執に憑りつかれているが如き形相でユラリと黒の血潮を垂らす剥き出しの骨身で佇む。


そして焼き焦がされて砕けた骨の剣が二本を地に堕とし、それでも歩みを始める肢体は受けた雷の熱で炭化し、体の一部すらも己が解き放つ声の反動で崩れ堕としてしまう。


——その姿、まさしく執念の王か。


「——ゆるす必要なんかねぇけどよ、そんな——頑張らなくてもいいだろ、こんな世界に出向いて舞い戻って教えてやらなくても、どいつもこいつも虚しく死んでいく」


チリチリと燃ゆる森の陰影——己が覇道の求めて王の向かう先には、立ちはだかる。世界に存在しえないはずの



「その感情は利用されるだけだろ。お前らみたいな奴等を、どうでも良いと思うに」


「そういうが今この時も高い飯食って、ふんぞり返ってるのが赦せないのに、そういう奴等の飯の種に率先してなってるのは——やっぱり滑稽だよ」


悪魔の囁きの如く、漆黒の鎧兜を片腕で抱える彼の者の虚脱した力の入らぬ言の葉が耳を揺らす中で、太い樹木の幹が焼け落ちて王を殊更に怒らせるのだ。



「怒りを捨てた敗者が未来を語るか‼ 我らに道を開けよ、というのなら‼」


相も変わらず覇気は無い——しかし相も変わらず、そこに立ち塞がる。そこに立ち続ける——その怠慢が、王には許せなかった。



「……はあるさ。でも、お前らを止める為の——救う為の言葉を、力も、思想も、俺は持ってないから。ありきたりでチープな言葉で救えるなんて思えねぇから」



 「——だから、。お前らをを、俺に背負わせてくれ」


力は有るのだ——有るはずなのだ。事実、己をここまで追い込んだ実績は有る。

それでも魔人が宣うのは己が無力と、己を卑下し続ける心のみ。



「はぁ……はぁ……かすな、イミト……我らを止めるよりも、余らを産んだ世界を、根源を、根絶やしにする方が容易かろう——違うか‼」


そうなれば己は何であろうか——力なきと自負する者に討たれる寸前まで追い詰められ、今も慈悲かは知らねど窮地の自身にトドメを刺さず会話を述べ続けるその佇まい——まるでと突き付けられ続けているようで。


納得する訳には行かなかったのだ。



「……それで、皆一緒に呪い合ってしまいか。俺は御免だね、仲良こよし魔素の循環の中で罵り合いを続けながら世界を漂って——今と何が違うんだよ、そりゃ」



 「まだ無関心を選べる今の方がだろ」


納得する訳には行かなかったのだ。己が存在意義を否定されるような物言いを、これまでの全てを愚かと断ぜられる物言いを、納得する訳には行かなかった。


希望を語らう多くの者が己の御前で騙った煌びやかな否定よりかも遥かに、彼の王にとってそれは許しがたい物であったのだ。



などと……この世で最も卑下されるべき……マシと思うという事は、それもまた悪しき現状であると認識して看過かんかし、幇助ほうじょ従犯じゅうはんしている事に他ならぬであろう‼」


「にも拘らず——現状に甘んじ、怠慢に時を無為に過ごす事の罪深さは如何ばかりだ‼」


それでも男は曲げなかった。魔の王の激昂を浴びても尚、或いは身に根付いて蔓延るカビの如き思想を揺るがせない。


「罪深さは裁量次第……俺は俺の人生を生きてる。元より世界の為になんぞ生きてねぇ——俺がアンタの前に立つのは、あくまでも俺の意志で俺の人生をより良いもんにする為の一歩だからだ」


「共犯には当たらない——まぁ、恨まれるのも理解は出来るけどな」


「もう一度、言わせてくれよザディウス。アンタだってそう出来たんだ……世の中の代弁者である必要なんて無かったんだよ。たとえ——魔王として生まれていたって自分の人生を生きててよかった」


男は甚だ無気力だった、切実に無気力であった。

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