第125話 価値の亡き原石。4/4

——。

だからこそ、おぎなう為に彼女が居る。


「私の存在感は、既にりもせずアナタの脳裏から消え失せてる。だから撃たれる【鶴羽織ルートゥ・メラノッセ】」


その時、魔女が身を隠す木陰のざわめきは、少し離れた場所が戦地であると思えぬ程の平静。


太い樹木の枝に腰かけて長い銃身を真っ直ぐに枝葉の隙間から覗かせつつ、魔女は魔力の弾丸を放つ己の武器の引き金を引くのだ。


『——‼』


すれば木の葉揺らめかせ、白き鶴の羽根を散らし、森に響き渡る発砲音。途方もない炎を放とうとするエルメラの蟀谷を一足飛びで撃ち抜かんと光の流線は森を駆けた。


だが——、命中する寸前に払われる蛇の尾に流線の残像を残す弾丸は弾かれて。


スラリと動く蛇の瞳孔。


「隙があっても、すぐに移動する。そちらも回避に専念、くれぐれも深追いは無用」


——期待値は低い。そう容易くは無いと、最初から弾かれる事が分かっていたように放った弾丸の行く末を確認した瞬間に森の木々の枝から跳び下りて魔女は空飛ぶ箒に跨り直ぐ様と移動を始める。


『助かります‼ 猟犬りょうけんの役目はお任せを‼』


まるで凶悪な害獣に立ち向かうの様相——己らに足りぬ物を各々と補いつつ、強大な怪物に挑んでいた。それぞれの役割を全霊に努めながら、卑怯とは自覚しつつ強者の群れの中で生き抜く為に彼女らは自然に抗う。


——。


一方で、強者は強者であるが故に、その自然の振る舞いに苛立ちを覚えるのかもしれない。


「ああ、もう‼ 先にアイツの内臓を引きり出す‼」


癇癪かんしゃくを起した様相は明白、直ぐそこで距離をうかがうカトレアなど意にも介さずバジリスクのエルメラは弾丸が飛んできた方角に顔を向けて、背中から生える蛇の尾をのようにきしませて跳躍の予兆。


「させるもの、ですか‼」


当然と、エルメラの注意を引く役をうカトレアとしては、蛇がセティスを追う事を避けなければならない事態。エルメラの移動の前兆に彼女は即座に反応し、足裏から水を噴き出させてエルメラの行動を制限させようとする。


だが——、エルメラが一人であったのならばそれも可能であったのだろうが、


「ソイツは後で殺す、捕まえてて


此処は戦場——、エルメラの足を止めようとしたカトレアを狙っていたかのようにバジリスクの少女の指示を受けて牙を剥き出す大蛇がそこかしこの森の隙間から跳び出して。


それらの蛇は、まるで汚泥おでいから生まれでたような姿をしていた。


「——っ、セティス殿‼ 申し訳ない、状況が変わった‼」


恐らくとエルメラも目の前の女騎士をあなどっていたとしても何も考えていた訳ではなく、カトレアにあてがった戦力はカトレアの力に対して有用な戦力であるに違いない。


清浄な水とのたまうカトレアが纏う魔力を押し退ける濁流の如き蛇の流れ、その危険性を直ぐ様に悟ったカトレアは後方に咄嗟に飛び退き、エルメラへの追撃を諦める判断を下し、


『想定済み、回避を優先』


その報告を受けたセティスも、その判断に同調するに至る。


——状況はめくりめく変化を遂げていく。


一瞬の判断が死を招く状況の中で、最良を選ぶ他は無い。

そしてこの時の判断は、おおむね正しかった。



「りょうか——⁉」


否、だがそれはカトレアの水魔法が泥蛇の歯牙に撃ち負けるという物では無く——自体が正しい事であったのだ。


カトレアが泥蛇の対処をしようとしたその刹那、更なる戦況の変化は訪れる。


——が、まず最初にが目で捉えきれぬ程の勢いで通り過ぎた。


そして——が現れるのだ。


「「——デュエラ⁉」殿‼」


泥蛇に剣の切っ先を向けた直後、カトレアの視界に現れた黒いゴーグルを付けている少女は、普段から薄らと垣間見える蛇が這いずったようなあざを殊更に黒く際立たせ、面妖で真剣な表情で宙を駆け抜ける。


カトレアは無論、身を潜めるセティスを探すべく移動しようとしていたエルメラでさえ驚き、身を硬直させる事態。


されど少女デュエラは平然と、駆け抜けた先にあった光景に目線を流し、一瞬にして状況を把握するに至ったのだろう。


『【弾龍咆哮リグロフィザッテ・灰燼共鳴撃バルビシェードアムレッカ】‼】』


まるで空中に幾つものトランポリンでもあったかの如く跳ねて進行方向を縦横無尽に変えて動き、カトレアを襲おうとしていた泥蛇を拳や蹴りの体術のみで地面や空に弾き飛ばす。


まさに一瞬の出来事、何が起きたか、彼女の攻撃を受けた蛇たちは分からなかったに違いない。


「【地龍ダラバ・硬鎧殻イクセルティオルッタ】」


ただ、泥蛇を弾いた際に散った泥飛沫の元素であろう魔素は即座に悟ったが如く、まるで意思を持つように彼女の指示に従い、泥蛇の処理を終えて一旦と地に着地した彼女の身を守る刺々とげとげしい岩の鎧へと変貌を遂げて。


「……相変わらず凄まじい。セティス殿、デュエラ殿と合流しました」


——怪物、その二文字。


流石は膨大な力を持つデュラハンのクレアに仲間内で『』と評された少女は、その片鱗を余すことなく魅せつけて思わずな光景に棒立ちとなったカトレアのセティスへの報告を茫然とさせたのだ。


対照的に、はどうであったろう。

いや、少女は突然と現れたデュエラの事など気になってはいなかった。


「ちょっと待って……、じゃあ——今、飛んできたのは——」


そう宣えばいささかと語弊があるが、デュエラの登場によってエルメラにはそんな事よりも気掛かりな事が生まれていて、それはデュエラが跳んでくる前に跳んできた物質。



否、デュエラと戦っていたはずの——。


「……」


「ね……ぁぁぁぁぁ‼ いやああああああ‼」


顔が、。燃え盛ってカトレアの水流に鎮火させられた湿しめる大木のみきに倒れ伏したエルメラの姉は、紫の血を流しながら腕や脚が砕かれ折れたいびつな形で。


「叫ぶひまが、有るで御座いますですか?」


 「黙れ‼ 姉様‼ 姉様‼」


そんな物を見てしまえば、姉想いの妹の激情が止まる事は無い事は察するに余りある。泥蛇の次の相手を見定めて賭けようとしたデュエラの忠告に、爆炎の魔力を溢れさせて直ぐ様に倒れ伏す姉も元へ向かうエルメラ。


「——⁉」


威嚇の咆哮の如き炎の放出に、足を止めて後方に跳び退くデュエラ。


だが、この時——心はそぞろ、彼女は


が気付いていた。


「デュエラ殿‼ 大丈夫ですか‼」


 「はいなのです、それより——」


マズい事が起きる。エルメラの炎の範囲から外れたデュエラに駆け寄るカトレアに、デュエラは急ぎ、その事を伝えようとするが——


「⁉ ……自分の姉を、取り込んで⁉」


その時には、もう——エルメラの口づけは、顔の潰れた姉へと贈られて、カトレアの注意はバジリスク姉妹の不吉な愛に注がれる。砕かれた肉体が、ほどけるように紫の煙へと変わりゆく光景、エルメラの口伝いにそれらが吸い集められてエルメラが漂わせる気配が膨れ上がる、


すると、異変は起きた。


「ふぐぅっ⁉ ああ‼ ぁぁぁあ‼」


突然ともだえ苦しみ始めるエルメラ、表情の欠陥けっかんおぞましく浮き彫りになり、少女の腹が気配と共に見る見ると空気が注入された風船の如く膨れ上がっていき——そして彼女の背中から、


彼女をさなぎとして羽化でもするかのように人型の化け物が生まれるのだ。


それは、確かに今しがたエルメラに吸収されたはずの彼女の姉、レシフォタンの姿であった。


「——はぁ……はぁ……姉様……」


 「のように、再生を……」


体液にまみれるが故に、外気温との差異で湯気を放つレシフォタンの異様は、生みの苦しみであえぐエルメラの横で際立って禍々まがまがしい。


そして背中を裂かれたエルメラの傷も即座に修復を初めて、その光景を目の当たりにしたカトレアはを容易く予想するに至って。


『ああ‼ ああ‼ ……アナタの、アナタのおかげよ‼ ありがとう、ありがとう‼』


されど、。意味不明な情緒で感情を爆発させるレシフォタンを尻目に、——正確に先を見据える者が居た。


「……カトレア様、逃げて下さい。は危険です」


気付いていたのだ。


「ん、いえ——戦うなら私も」


 「‼」


この場で唯一、その事に気付いていたデュエラだけが覚悟を決めている様子のカトレアに声を荒げる。気付いていたのだ——そして、なにより恐れていたのである。



「——すす……先ほどは不意を突かれましたが……アナタもありがとうエルメラ、大丈夫?」


「は、はい……姉様……」


『っ——‼ が、ここに来るのですます‼ ‼』


慌ただしい状況を整えて改めてデュエラ達に対峙しようとするバジリスク姉妹も気付かぬ最凶の事態に、言葉で説明するのも想い、そんな暇も無いと戸惑うカトレアの身体に体当たりをする形で無理矢理とその場を連れ去る。


その瞬間だ——空から、またが——その場に壮絶な勢いでの如く落下し、デュエラの予期通り猛烈な土煙を巻き起こす。


「「「——⁉」」」


「——……くは、くはは‼ 笑いが止まらん、止まらんぞ‼」


 「ざ、ザディウス……何故アナタがここに——⁉」


だが、唐突な事態——その事に気付いていたデュエラ以外の思考が停止する急展開において、土煙が蔓延まんえんする事は無く——凶悪な魔力の気配と共に振られた白骨の剣が巻き起こす風が勿体ぶる事もなく全ての正体を明かしていて。


「邪魔ぞ、下役したやく‼」


現れた魔王は、その場に居た誰しもに目も暮れぬ間もなく歓喜の表情で駆け出す。その方向にはレシフォタンを始めとしたバジリスクの姉妹。


「な、なにを——⁉」


レシフォタンは戸惑っていた。彼女は何も感じられていないのだから戸惑うのも無理からず、共闘という形で手を組んでいるはずの魔王ザディウスの猛進の速度に対応できぬまま足蹴にされて尚、戸惑い続けている。


だが、魔王ザディウスが行った姉への暴挙に目を見開かす隣に居た妹のエルメラはその瞬間——そこでようやく


落下で土煙が巻き起こったか、或いはか。


そこに——魔王の事を。


『——……良い判断だ、デュエラ。助かる』


あらかじめ急展開を悟って逃げ去りゆく者の見つめる男の声で、ようやく気付いたのだ。


「なに、コイ——っ‼」


黒い眼に赤い瞳孔——それでも男は白かった。あまりの存在感の無さに驚き振り向いたエルメラの眼前に突きつけられる白い指先。


『【黒弓ブラック・シュート】』


黒は弾け、白い悪魔は弾けたエルメラを意にも介さずにレシフォタンの腹を足場に己に向かってくる魔王へと目線を流す。


と、同時に白が混じり始めている黒い槍を——軌道上に倒れ往くエルメラの肢体があるにもいとわずに彼は振った。


「イミト‼ 今こそ貴様のその、余に明け渡せ‼」


 『やらねぇよ、いっぺん死んで神様にでもしとけ。、くれるだろ』


交錯する魔王と、白の魔人——骨も槍も軋むような衝撃は爆風を巻き起こし、きらめくようなを放つだろう全ての未来をにするように弾け合う。

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