第124話 捲りめく再戦。1/4


——背景は白く、黒だけが際立って映えていた。


「——なるほど、面白い。この話、乗ってやっても良い……余もあの男の行く末には興味があるのでな」


黒髪を掻き上げながら骨で作られた王座の肘掛に手を置き斜に構える魔王は、若く精悍な顔つきで相対する者たちに不遜にそう述べる。


目の前に並ぶは四つの座椅子。そこに座る四つの影たちは魔王と等しく、或いは魔王という存在に動じることなくそれぞれの思惑を募らせているようで。


『全く——これは規約の抵触もあり得るわよ、ディファエル。やってくれたわね』


その中の一人は、明白に女性と呼べる声色で吐息を溢しながらに、隣に居座る座椅子に見合わぬ豪快な巨躯を持つ男へと何処か白々しく言葉を投げかけた。


何故、その女性の声が白々しいと思えるのか。


『がっはっは、知っておって黙認しておれば同罪よ。それに儂は推薦者を貴様の世に放ったに過ぎぬ。魔障如きに体を乗っ取られた推薦者の不甲斐なさが悪かろう、予期しておらんかったわ』


彼女に話しかけられた豪気豪快に笑い声を上げる威勢の良い男は、それを見抜いて微笑ましく世界を見渡す傍観者たる彼女の指摘に対する返答とするのだ。


全ては彼女、彼らのであるのだろう。


故に——、


『——詭弁きべんを。度し難い』


ディファエルと呼ばれた男の隣に座る厳格な口振りの老体は椅子に座りながら杖を突き、愚痴を溢すようにあからさまな溜息を吐き捨てて不満を口にするのだ。


だが、恐らくと規律に厳しい老体の嘆きも虚しく、


『クスクスks……良いじゃん面白いし、ギリク爺さんだけでしょ。ご立腹なのは』


更に隣の少年らしい少女は頭の後ろで手を組むような佇まいで、嘲笑混じりに隣の老体ギリクに目線を流しながら大して興味もなさげに会話に入って多勢に無勢。



『そうね……まぁギリクの言い分も解かるけれど、資格は満たしているし。今回のとしてを認めましょう。何かあれば、私がを取る——で納得してくれる? ギリク』


そして増々と眉間にしわが寄り、不快に深い溜息を盛大に溢しかねないギリクに気遣いを回しつつも、その場の会談をしているのだろう始めの女性は優しげに首を傾けて結論を付けた。


『……確かに聞き届けた』


『ふふ、それじゃあ魔王ザディウス——いえ、ザディウス。アナタに、神の地位への挑戦権を与えます……他の候補者を退け、我らが課す試練を越えて、己こそが神に相応しきと示しなさい。あ、は順守してね』


こうして、骨の王座に座る男は話の終わりを感じ取り議席から腰を上げ、女性の声色を尻目に淡々ときびすを返し始める。


『では——神ミリスの名において、アナタに祝福があらん事を』


背景は白く、際立って黒だけが映えていた。

話を聞き届けた男の足音が響く中で、神の祝詞は微笑ましく未来を謳う。

故に男は立ち止まったのかもしれない。


「——。許可など要らぬわ愚老ども、何かを欲すれば奪い取るのが我が覇道よ。覚えておくがいい、すべからく世を統べて貴様らの首をもねる余の名を」


あたかも夢や希望を恨むが如く、そこに望みなど無いと宣うように足下を捻り踏んで彼は退屈を呪いながら世界をにらんだ。



『ふふ、出来ると良いわね。あのさんにも宜しく言っておいて』


これは昔話、そして今に繋がる細やかな余談。


——。


そして、森深き地にて男たちは再会を果たす。


「まさか、貴様の生がここまで奇をてらっておったとはな。道理で貴様は、この世の愚と些か趣きが違った」


退屈を呪いて享楽に息を吐く魔王の面立ちは楽しげに小首を傾ける。


「……人の個人情報を勝手に。衒ってなんぞ居ないし、ディファエルってのも余計な事をしてくれたもんだ。神様の性格なんざに期待したって無駄だったか」


対して熱中をいといて己に向けられるいわれなき妄執に罪人はうつむき、腹立ち混じりに足下の小石を蹴った。


「ふん、鼻から期待などしておるまい。それ故の看破であろう?」


「それで? 新しい体を手に入れて孤独と絶望だけが友達のザディウスマンは何がお望みで? そんだけ自由に動けるなら俺のなんぞも、もう必要ねぇんじゃと思うんだが」


浮かぶ薄ら笑いは何処か、。互いに何者をも信じぬ唯我独尊、根底に潜む共感が響くような親しげな会話——互いを見据える各々の瞳は鏡のように見えぬ未来に似た薄暗い黒を映す。


「いや——この体では、のだ。余の全盛の力にすら耐えられぬ……には程遠いのでな」


「……完成に至るには、他の奴等と同じでが必要って訳だ」


未だに静観に努める魔の慣習に囲まれながら、まるで互いしか世界に存在しないかのごとく振る舞い抜いて、嵐の直前の静寂に包まれる木の葉の落ちる騒めきと獣たちの息遣いに耳を潜める。


「——ふん。無論、貴様との勝負も興として楽しむつもりだ。前回は互いに不十分極まりない状態であったからな。今ならば、多少マシな戦いも出来よう」


「ちっ、戦闘狂ってのはコレだから……大概の戦闘狂は自分より弱い奴としか戦わないくせに戦闘が好きだと言い張りやがる。女のケツをクソまで追い回す思い込みストーカーと同レベルの低俗さで吐き気がするわ」


だが刻々と、着実に迫りくる決別は容易く想起が出来ていた。


似ているが故に、決して相容れない。

似ているが故に、同じではない。

似ているが故に、明確に違うのだろう。



「生を実感するだの、なんだのと……高尚な事を述べ腐って——そんなもん断食三日目にあったけぇ味噌汁飲めば解決する欲求だ。本当は弱い者いじめが大好きだって言っちまえば周りから馬鹿にされるから、そんな御大層な言い回しを使ってるんだろって」


辟易と度し難い世の中の詭弁を踏みにじるように、靴の履き心地を確かめるべく足首を捻り始め、腰も回しつつ肩や腕なども動かす準備運動を始める魔人イミトは、気怠げに言葉を紡ぐ。


「くはは……それは余の事を言っておるのか。それとも貴様の片割れか、或いは余に従属した貴様らの同胞にか」


対して、イミトの言動に乾いた笑いを漏らした魔王ザディウスもまた、った首や肩を解くようにカクリと曲げて何かしらの初動に備えているような予兆、空気感を滲ませた。


——鳥が飛び立つ。それも無数にバサバサと。



「決まってんだろ。わざわざ戦争に参加して有利側に立ってるアンタらと、争いが大好きで争いに呪われる全て世の中へ——何の事ぁ無い愚痴を溢しただけさ、相も変わらずにな」


森の木々の隙間や落ちる木ノ葉を翼で払う群れのさわがしい羽音は、イミトの背後の森より彼らに追い付き、蛇のひしめく地の空を舞い始め——その中の一羽の烏がイミトの腕へと降り立つに至る。


そして——赤い三つ目の烏が、を待てと言わんばかりに空を舞い続ける群れへと鳴いた。

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