第124話 捲りめく再戦。2/4


「ふははは。これではどちらが魔王か分からんなイミトよ、戦の開始直後、これでも余は驚いたのだぞ——森を埋め尽くす勢いの何処から集めたのか分からぬ膨大な戦力を貴様が率い、を置き去りにして堂々と正面からで来た貴様の大胆不敵な策士ぶりに敬意すら抱いている」


王たる者とは如何様いかように振る舞うべきか、魔王は目の前で怪鳥を従える魔人へと問うが如く言葉を紡ぎ、合流の余波衝撃で空から舞い落ちる幾つもの黒い羽根の中から丁度よい位置に落ちてきた羽根を指でつまみ、己の魔力で威勢の良い黒火を灯す。


「とはいえだ、余は貴様との戦いの舞台に相応しいと——この場を選んだ。貴様の仲間、数人とは言えど邪魔が入るは興が削がれるからな」


羽根は焦がれて地に堕ち消えた。足下の元よりと焦げた地面に贈る慈悲などは無い。

魔王ザディウスの誘うように差し伸べられる掌が向くのは目の前の魔人イミトにのみ。


「だからバジリスクに情報を流して、コッチの分断——共闘の条件は俺との決闘ってか……わざわざそんな根回ししなくても、言ってくれりゃ俺の仲間が手を出さないようにも出来たのによ。デートの誘いが相変わらず下手だ」


けれど目線が流れれど、その手が掴まれる事は無い。


「くはは。そのような戯言ざれごと、信用なると思う貴様でも無かろう——それに舞台は派手でなくてはな」


甲斐もなくダラリと降ろされるザディウスの腕は少し残念な面立ち、しかしだからこその上機嫌である事も間違いは無いのだろう。


魂が歓喜に慟哭するような表情——己を飢餓を満たすかもしれない、これまでに相対した事のない類の生物との互いに肩を凝らさず意味深く何かを匂わせる対等な語り合いもまた、彼のあおっているに違いない。


少なくとも、

「——ザディウス卿。約束通り、我らは我らの目当てを追いますので」

 「はぁ……はぁ……」


永らく続いた口腔接吻ディープキスを終えてイミトが彼女らに贈った手土産の魔石を口移しで体内に取り込んだ淫猥なけだもの——バジリスク姉妹からザディウスがを感じる事は無いのだろうから。


「好きにせよ、卑猥な淫売ども……貴様らにも、貴様らが求める小娘にも余は興味が無いわ」


唾液で湿るくちびるぬぐい、イミトと興じる会話に割って入ったレシフォタンに対し、振り向きもせずに不粋を非難する。今ここに至り、もはや彼女らはザディウスにとって用済みの邪魔者でしか無かったようだった。



しかしながら、の立場としては違う。


「おいおい良いのかよ、アンタらは知らねぇだろうが、そこの魔王様もマザーを狩る側になるんだぞ。それに、まるでを知ってるみたいな物言いだな」


捨てられた物を拾うが如く、まだ役に立つかもしれないと魔人は飄々ひょうひょうと真っ直ぐな眼差しを向けてくるザディウスを他所に首を傾げるのだ。普段通りの、平常通りの挑戦的な口振る舞いで。


すると、レシフォタンは訝しげにイミトへと目線を流す。


「——全ては。それにアナタの率いる魔物の軍団の一部がツアレストのに向けて事、先導する顔こそ気配と共に隠していますが情報通りは確認済み……加えて先ほどの炎の攻撃範囲と火力をかんがみるに近くに大切な仲間を置くとは考えにくい。警戒と対処はしていたようですがを甘く見ていましたね」


内心では不満をつのらせつつも、まるで己に言い聞かせるように並べられる推論の数々。

さもすれば、その時点で彼女らはおちいっていたのかもしれない。


否——、おとしいれられていたのだろう。


「……そうか。ま、その御自慢の蛇の目で確かめて見りゃ良いさ」


 「そうしますよ」


悪魔の声に耳を傾け、その鼓膜をふるわさせられた瞬間に。

——その魂に絡みつくを植え付けられていたのかもしれない。


「——いや、待て。蛇の四女……貴様らの目当ては、まで向かって来ておるやもしれぬ」


それはまた、或いは眼前の答えを知らぬ魔王にも等しく。彼はイミトの奇術師に似た白々しい顔色に顔を向けたまま、サラリと目線を横に逸らして歩み出そうとしたレシフォタンの足を止める。


ザディウスは知っていた。知るが故に、邪推をこなす。


「……何を?」


 「「……」」


何をすれば、如何様に振る舞えば、背中合わせで二対一体についいったいのデュラハンの思惑——企みを阻止し、優位に立ち回れるか。いや、そこまでの熱意こそは無い遊興がザディウスの口角に宿る。



に取った思考の迷彩……ここで敢えて挑発的に釘を刺す事によって、貴様らを意固地いこじにさせ別動隊に向かわせるが狙い。先導している者ののがその証左とも言えよう。その実、貴様らに無駄足を踏ませ——余とデュラハンの戦への加勢、或いは貴様らの不意を突く奇襲や罠に構えているのかもしれん……コヤツ等、余らが貴様らと手を組んだ事を読んでおったからな」


「……なるほど」


イミトの性格、いくさの情勢戦局を見据えつつ盤面の駒配置の意味合いを解説するようなザディウスの口振りには、思わずとレシフォタンが再びと眼鏡の向きをイミトに向け、顔色をうかがってしまう程の説得力はあった。


だが——

「——と、ながら迷わせてにツアレスト側と合流させてを取ろうとしているのかも。他にも他にも、実際は何方どちらにも居なくて……に行かせてるのかもしれない」


その時点では最早、思うつぼという他ない。ザディウスと彼女らがで結ばれているである事は明白で、故に彼は揺さぶるすきが有り余る程にあると見ているのだろう。


現に、中身など幾らその場で考えようとも分からぬ答えを求めれば、ザディウスの助言を単なる判断材料として留めただけの様相で、レシフォタンは足を止め己の脳で考えを始めた——蛇に差し出した壺の中身が、彼女らが求めているか、或いはか問うという皮肉であるのを彼女は気付いているのだろうか。


——選択をあやれば、失われるだろう時は如何な者にも干渉を許さぬ貴重を極めた宝物。無意識にでも無駄を恐れる、知恵があればある程にそれは限りある生命が辿らねばならぬ筋道に相違ないのだ。


「そもそも——このだってある訳だ、俺は仲間想いの人間だからな、危険な仕事場にを連れて来ないかもな」


「……」


冗談めいて、嘲笑ほのめかせ冗長。悪辣不敵にユルリと大らかに時を用いて嫌な性格を見せびらかせる——迷いは動きを鈍らせる——そのような事を述べる言い回しで最近、彼の耳を揺らしたのは背後に居るクレアだったか。


「さてさて、正解は何でしょうか。俺としてはウネウネとケツ振って探す事を進めるぞ?」


実は、今更どちらに転ぼうが致命的な事態に繋がらない情報を、さも重要な選択であるかのようにバラ撒いて両手の間に幾つもの選択肢があるかの如く広げるイミトは、まるで奇術が披露される寸前であるかのように嗤うばかりである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る