第123話 奇襲。4/4


「ほう……貴様が以外の武器とは珍しい」


そして矢を引きギチギチに抑えながらに生まれ出でた黒いつるが狙いを定めると共に黒い煙へと変わればボウガンの矢は放たれ、近くで蛇の弓をしぼっていたナーガのひたいを撃ち抜く。その何の感情もなき行為に珍しい反応を魅せたのはクレアも同じで。


「お転婆てんばに髪を暴れさせるお嬢様を乗せてたら、長物は振り辛いだろ。スカートめくっちまうったら」


だが、淡々と役目を終えたボウガンを捨て去り、改めてと両手でハンドルを握って素知らぬ顔で運転への集中を再開させるイミト。やはり大した矜持きょうじも教義もなく冗談交じりに返す言葉。


「そろそろ降りるぞ、だ」


。このまま森を進めば、クレアの強大な斬撃を防げるほどのが、を抱えて待ち構えている。そのような予感が彼の気を鋭敏えいびんとがらせる。


そして——森の木々を抜け、少し拓けた地、苔生こけむす小川の音。


二輪車の推進力となっているのだろう魔力の排気口から圧縮された空気が噴き出すような音が響き、彼らの乗り物はブレーキを掛けるように進行方向を半回転させ、進んできた勢いを殺す。


「良かろう。貴様の怯《》おびえを振り払う為に暴れるとあらば——な‼ 【デス・ナイトメア】」


急停止の勢いで肉体に掛かる遠心力か、或いは彼女の意思か。漆黒の二輪車の前方から威を放つ鎧兜は離れ、宙に舞い、やがて空中に手産み落とされる黒き屈強な鎧を纏う骸骨の騎士に受け取られてへとイミトよりも先んじて降り立った。



「……ふぅ。こりゃまた、を勢揃いさせてくれたもんで」


こうして二輪車は急停止気味に動きを止めてイミトは安堵の息を漏らす。木々の無い森の広場——焦げ目も目立つ薄褐色の森が禿げた地に木の葉は舞い踊り、砂利は弾け、土埃つちぼこりが久しき来訪者に沸き立つ。


だが、そこに待ち受けていた光景は嵐の過ぎ去った後では無く、やはり彼らの読み通り——だけでは無かったのだ。



 「「「「——……」」」」


無数の蛇と言ってしまえば、先ほどの状況としては変わらない。故に決定的に先ほどとはと言えば、まさしく質とのたまう他はなく——明らかに雑兵には無い殊更に際立つが生み出す威圧感。


蛇だけでなく、が壁の如く距離を置いて視界百八十度を埋めて——その中心にはその壁よりも遥かに強固であろう気配を帯びるを放っている。


その光景を見渡し、クレアは言った。


「ふむ……多少だがのありそうな者が十数匹、数十匹か。だが、話に聞くは揃っては居らんようだな」


「一人二人居りゃ、充分だろ。今はそれより、お届け物が優先だ——悪いが、代表者は名乗りを挙げてくれると助かるんだが」


骸骨騎士に抱えられる鎧兜の奧より品定めして舌なめずりを行うような言動——黄色や青や赤などと模造品レプリカとは柄も色も違う蛇の軍隊たちのに上々な機嫌を隠すような気怠けだるさの装い。


しかして本当に現状を気怠く想う傍らのイミトはそれを見抜き、徒労の息を吐きながら乗り物から降りて風除けのゴーグルを外しながら通行止めのように腕をクレアを抱える骸骨騎士の前へと掲げ、通せん坊。


話せるならば、話さなければならなかった。


「——、四女のレシフォタン。コチラは七女のエルメラ……かつて森に封印されしデュラハンよ、我らがより伝言が御座います」


 「……御座います」


そうして蛇の軍隊より一歩前に踏み出して姿を現すのは二つの影、人型の魔物。青の礼装をひるがえし、静やかに頭を下げる眼鏡を掛けた青髪のレシフォタン。そして、もう一人——蛇のヌイグルミを抱きかかえる赤髪の少女エルメラ。


——巨躯の怪蛇かいじゃ


一見すると人と大差なきように見える顔ではあったが、彼女は蛇であった。


「『大人しくデュエラ・マール・メデュニカを引き渡せ。さすればの騒乱に目をつむり、森を出る事に我々は関知しない』……との事です」


つややかな髪質に混じる幾つかの、皮膚に残る——否、生える髪色と同じうろこ


露出度の高い服も、よくよくと見れば鱗で出来ているようで。



「ほう……まるで貴様らが関知すれば我らが森から出れぬとでも宣っておるようだな。笑わせてくれる」


己を無視している様子で隣の骸骨騎士に抱えられるレシフォタンに意趣返しのように彼女の背に隠れ気味のエルメラの様子に目線を流すイミト。その目線に気付いたエルメラは殊更にレシフォタンの影に慌てて隠れた。


特に意味は無い、意義も無い。


「まぁ待てよクレア、喧嘩にはまだ早いって。えーっと、レシフォタンさんだったか……こっちもマザーにがあるんだ。取り敢えずを受け取ってコチラの返答とさせて頂きたい」


「「……」」


毛嫌いされた男は何の傷も負ってはいないようにクレアとレシフォタンの会話に爽やかに割って入り、威圧的な三白眼を向けられながらも腰裏の鞄から彼女ら——いやその実バジリスク全体に対するを明け渡すべく放り投げる。



「——貴様の性格の悪さは我すらもおののくわ。下衆めが」


それは災禍の魔物クレアがそう評する程に、彼女らにとっておぞましい物である。


「その割には、楽しげな顔だ。同類さ、どいつもこいつも……言ったろ、こりゃだ」


しかしイミトは悪びれない。他責をうたい、己をわらう。


「ああ、気にするなよ。使さんだ、代わりにほど、この森で新しいの作るつもりだから気にせずに貰っといてくれ」


イミトから雑多に投げ渡されたのは綺麗な。単なる黒曜石のように見えていたが、それを掌に置いたレシフォタンはワナワナと体を震わし、何事かと彼女の掌を覗き込んだエルメラの表情を豹変させる。



 「殺しましょう姉様‼ 今すぐ、コイツラ‼」


大人しく慎ましやかに姉の影に隠れていた少女は顔に欠陥が浮かぶ程に黄色の瞳を剥き出しに瞳孔を細め、まさしくと蛇の本性を荒ぶらせて柔軟な首が唸りイミトに対する怒りの感情を露にさせた。


一方で、落ち零れるしずく


「——なんて哀れな……酷いわ、こんなの……ううっ……」


眼鏡のガラスに堕ちた雫は光の屈折を歪ませてレシフォタンの視界と心境を投影する。途方もない悲しみに暮れた表情で掌の石を——彼女らの妹の形見、かつてイミトらが惨殺した上にバジリスクのを見つめて。


「姉様……」


その光景に荒ぶっていたエルメラの感情も怒りから同情、そして亡き妹への憐憫れんびんへと押し戻されて冷静さを取り戻して泣きすする姉へと寄り添い始めた。


「すすっ……ここにはもう——あの子たちは居ないけれど、私たち姉妹の心はよ。さぁ……エルメラ」


「はい——お姉様……」


 「「……」」


普段ならば、敵の感情を逆撫でし、泣き止んで前を向こうとするレシフォタンや落ち着いてしまったエルメスに更なる嫌悪感情をあおり散らかすだろうイミトではあるが、或いは受け取った手土産を口から伸びた蛇の舌で絡ませ、妹との口腔接吻を始めた傍から見ると卑猥ひわいとも取れる衝撃的な行動を茶化す所ではあるが——


今のイミトには、それが出来ぬがあった。


「それで、そろそろ出て来いよ。せせこましい潜伏なんて柄じゃねぇだろ……それともグチュグチュの百合シーンにご満悦で、マスターベーション真っ最中か、ザディウス」


実際の所、そんな余裕は無かったのだ。今回の戦いに置いて、事前に想定していた厄介極まるがそこに居ると、今は確信めいて感じていたのだから。



『……何を言っておいでか分かりかねますが、コチラの存在を気取られている事は理解していました相馬意味人。私の目的の為に、貴殿にも我らのかてになって頂きたく』


そうして蛇の舌を絡ませるバジリスク姉妹を他所にイミトの視線が鋭く、あからさまに気怠そうに向くのは蛇の軍隊から歩み寄る影。


 僧侶の如き格好をした、それなりな筋肉質な金髪の優男——細目を笑みの形に変えて飄々と歩み出た男はイミトの指摘に首を傾げつつ穏やかであった。


少なくとも、イミトが口にした名と同一人物には決して見えぬ軟弱そうな振る舞い。


だが——確信めいていた。


「ああ、もう良いからそういうの。くっだらねぇ茶番だ、無傷なテメぇが使だとしたら見ての通り身内愛に溢れるバジリスクと仲良しこよしやってる事に筋が通らねぇ……偉そうな知りもしない天使の言う事を素直に聞く連中じゃねぇだろ、そこのバジリスク姉妹もマザーってのも」


 「……」


そのの気配をひしひしと感じ、を表情に浮かべるイミト。


金髪の男の顔色は固まった。


そして、その時——かたわらで全てを見守っていたクレアの気配も鋭く変わる。


「——。良いは見つけたか、名もなきブザマなと成り下がった同胞よ」


。ここで貴様の名に如何な意味があるか問う、弱き敗北者クレア・デュラニウス」


彼女の気配が、さもすれば殺意が、殊更に真剣みを帯びて向いたのは己らの背後——クレアの頭部を抱える骸骨騎士がきびすを僅かに返せば、背後の木々の裏から姿を現す、彼女らにとって見覚えのある首無し騎士のデュラハンが一人。


「それでもテメェが、ディファエルってのの推薦候補だってんなら、そこの口下手なデュラハンもそうだが、マザーとどういう交渉をしたか教えて欲しい所だ。デュエラの情報だけじゃ、語った時点で身分不詳の薄気味悪いテメェなんぞ『』に違いあるめぇ」


二つの怪物に挟まれた状況で首無し騎士に目も暮れずに金髪の男を見つめ続けるイミト、対照的にクレアは首無し騎士と睨み合う。


特に意味は無い、意義も無い。ただの、気まぐれな遊興。


それ故に、金髪の男は——否、イミトが名を口にした存在は偽りの体の前髪を掻き上げて黒き穢れた魔力——瘴気を全身から噴き出させ、正体を現すのだろう。


「——……ふっふ。くっはっは‼ つくづく驚かせ甲斐の無い男よ……折角、が直々に道化を演じておったというに。とはいえ待ちかねたぞ……人にして人ならざる忌み人、イミトよ。余らの奇襲を読み抜いて、今の貴様は如何ばかりの愉悦ゆえつに満ちるか」


目の前の、お気に入りの青年を少しばかり驚かせられれば一興だと、そう宣うように仕掛けていた奇襲の用意を全て自ら瓦解させていく——その男の名はザディウス、かつて世界を震撼させた魔王の名。


「そうだな……この何が楽しいんだって思うくらいの気怠さと退屈かな。逆に腹がくばかりさ」


不死に近しい災厄の存在に今——いつまで戦い続ければ良いのかと辟易としながら、改めての虚しさを感じるイミトであった。

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