第122話 公然の観測者。4/5
——。
「——さんざめく素敵な日常回が、血生臭いシリアス展開になると思うとウンザリとしちまうよ」
僅か、ほんの僅かと時が流れて、数歩と元居た場所からクレアの頭部を抱えて数十歩。未だ何とも言えない緊張の雰囲気で互いの心の間合いを
会話の聞こえない所まで歩みて、新たな足下より独りでに創り出される黒い台座に左腕に抱えていたクレアの頭部を置くイミトに、
「……貴様が守れば良いだけであろう。誰も死なせたくなくば、誰も死なせぬようにせよ何度も言わすな。我は集中に入る」
これまたと彼の二面性に呆れ果てた様子のクレアが息を吐く。しかし会話をする気は無いと白黒の美しい髪を操ったクレアは黒い台座の丁度いい位置を探すべく、頭を直立に立たせようとするイミトの手を弾き、自らの力で黒い台座の上に普段通りに鎮座して瞼を閉じゆく。
「分かってる。その為に準備してきた、こうしてかくしてブラック労働サービス残業戦士が出来上がるのだ、ってくらいにはな」
「私はまだ耳を疑ってる。私たちがバルピスに行ってる間にしていたという準備——本当に可能なの?」
すればクレアの波打ち、ほのかに不吉を漂わせる気配が存在感のように
「不可能では無かった。俺が此処に立ってる事が何よりの証拠だろ? クレアも協力してくれたし、そんな嘘なんざわざわざ吐く意味も無いだろ」
「化け物や才能では説明が付かない……リスクが大き過ぎていた。無謀も良い所」
「他の誰にも頼れないなら、自分でリスク背負うしかないだろ。事前に教えてたら絶対に止められると思ってたし黙ってた事を怒ってるなら心無く謝るつもりだ」
「……呆れる。体の調子は本当に大丈夫?」
少数精鋭にて大規模な戦争に備えていた彼が仲間に打ち明けた作戦は、相当に常識から外れ常軌を逸していた物であったのだろう。
この世界に存在する魔力というものを用いて自然の力を操り、或いは再現するような魔法もまた万能ではなく、相応の対価や犠牲などの危険が当然と起こりえる。
「心配性だな。
「……遠慮しておく。私が疲れるから……でも、全部が終わったら好きにすると良い——だから……——」
故に、心配だったのだ。性分と取り
感情が表に見え辛い自らの性分に抗うように、冗談を溢す男に付き合いながら無感情な口振りで彼女は言葉を紡ごうとした。
だが——
「そりゃ楽しみだ。さて——準備に取り掛かるか、早過ぎると感知されるしタイミングが重要なんだが、開戦時間まで後どれくらいだっけか?」
男はセティスが言葉を言い終わる前に小さな背丈の彼女の肩を叩いて真横を通り抜けていく。サラリと替えられた話題に、喉が詰まったような気がした。
「……ここに光時計がある。夜明けから光の魔素を吸って——青になる時間」
仕方なしと息を整える魔女——告げようとした願いは喉の奥に戻し、彼女は合理的に話を進める事に合意して。魔女のローブに覆われていた
「……進み具合がイマイチ分かりにくいな。まぁ、どのみちアディ側の奇襲開始を確認してからの発動だしな。多少は遅れても向こうの犠牲が増えるだけだ」
すればイミトは足音に置いてあった漆黒の袋型の荷物を持ち上げつつ横目を流してセティスが軽く掲げた宝石の様子を眺め、言葉を返すのだ。
恐らくと、今は夜明け色に似た紺色の宝石の色合いが変わるのだろう。それは解れど、その道具を扱った事のないイミトにはどのように宝石の色合いが、どの程度の時間を掛けて変化するか分からずに溜息交じりに声色を揺らす他は無い。
全く以って、その程度の浅い知識量で何を勇ましく仲間を率いようというのか己に呆れるばかりの様相であった。
しかしながら、やらねばならぬのだ。
「バスティゴの砦からの侵攻、森の中心への遠方からの転移奇襲、そして南西から私たちの進軍——まさかこんな大胆に参戦するとは思わなかった」
「当然コソコソと潜入してバジリスクのマザーだけを狩る方法も考えたけど、クレアがお気に召さないだろうし……そっちの方が不可能に近いからな。致し方ねぇ話だよ」
宝石をローブの中に戻し、自らの指揮に従う事を恐れぬ魔女の信頼に——ようやくと少し離れた場所で恐る恐ると目を合わせている仲間たちの友愛に、彼は応えなければならなかった。
「てなれば、森中に張り巡らされてる
「……隙間なく監視されてるなら、隙間なく埋め尽くす事で視界を塞ぐ。道理は分かるけど」
地面から持ち上げた荷物の袋から黒く染まる石ころを一つ取り上げて、宝石商の如く品定め。
「だからって、その量の魔物を
「もっと、自分の体は大切にすべき」
やらなければならなかったのだ。例えそれが全身が切り裂かれ、内臓を抉られて全身から血を噴き出すような痛みを感じようとも、それ以上の痛みを避けたいと切に願うならば。
「体を気遣って、体だけ残っても何の意味もねぇだろ……魔石をそこらに撒くの手伝ってくれ。近すぎると馬鹿デカいの一体になっちまうから気を付けてくれよ。田植えの要領だ」
手に取った小さな黒い石ころを見つめ、それを軽々とセティスへと放り投げるイミトの穏やかさには、紛れもなくそのような面持ちが自嘲の笑みと共に滲む。
「……了解。田植えの経験は無いけど等間隔と推察」
「いいや、やっぱり——そんな気張らなくてもハトの餌やりくらいで良いかもな。お前の事だから、ミリ単位で測りそうだし」
人々が世界の終末を連想させてしまいそうな漆黒の資源が大量に眠る——黒い袋をもう一つと持ち上げて。
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