第122話 公然の観測者。5/5


そうこうとしている内に、雑草を楽しげに笑わせるように駆ける少女の足音が響く。


「イミト様、ワタクシサマも何か手伝える事はありますですか?」


 「ん。カトレアさんの瞳は綺麗だったか」


何かしらの課題を明白に解決した後のような、すっきりと晴れやかな声色。



「——はい、とても‼ 戦いが始まる前に見られて良かったので御座います」


少女デュエラは些かと興奮気味にイミトの問いに応える。まるで早起きの所為で暇を持て余した家子が親の言いつけを守って太陽と共に満を持して部屋の外に飛び出したような解放感が見て取れて。


「あぁ……一応、正体は隠すけどバジリスクがデュエラの存在に気付けば、敵の多くはお前に狙いを定める可能性は高い。手筈てはず通り、そうなった時は敵を倒すより敵の注意を引きつつ全力で逃げたり躱したりする事を優先しろ。それがセティスやカトレアさんを守る事になる」


その嬉々とした振る舞いは、確かに微笑ましくもあったが彼は憂うのだ。殊更に憂うのだ。


穏やかな微笑みで隠しながらも改めてと子に言い聞かせるように、ワクワクと世界で息をする少女の肩に手を置いて彼は少女のゴーグル越しの瞳を真っ直ぐと見つめた。


「頼んだぞ。絶対に無茶をするなよ」


 「……はい、なのです‼」


非情な世界の無慈悲を知らぬわけは無いとは思いつつ、

気を引き締めさせねばならなかった。彼女が勇み足で進み、或いは妄執に囚われて感情のおもむくままに崖から転げ落ちてしまわぬように。


すると、そんな彼の心配性に対し傍らから冷ややかな眼差しが飛ぶのもまた道理。


「自分の無茶は自慢げに棚に置くクセに」


「言ってくれるなよ、——って言やぁ差別主義だが、無理を通すにゃ丁度いい物言いだ。男の趣味にたまには付き合ってくれ」


覆面の魔女セティスが折り合いを見て溢す愚痴には、ギクリと刺さるとげがある。全く以って、中々どうして、反論の余地は無い。


浮かぶイミトの苦笑い、冗談交じりの苦笑は些かと淡白で、明らかに彼は話を逸らしたいといった口振りでもあって。


「——貴様ら、いつまで遊んでおる。人が集中しておるというに……さっさと作業に取り掛かれ、タワケ共が」


「「了解」」


だが、長引きそうな言い訳弁明の時の無駄に、いい加減に苛立ちを魅せたクレアの反吐を吐き捨てるような一言でピシャリと雰囲気が締まる。


——未だ不気味な静寂を保つ広大な森を舞台に、誰もが望む未来を掴む為に他の未来を踏みにじる戦争が、


——。


まだ彼らの存在は知らしめられてはいない。


。今日、この時より永きとの戦いを終わらせる——誇り高きツアレストの騎士よ、敬虔なるリオネルの聖騎士同胞、鞘中さやなかで奮える恐れを知らぬ剣を今こそ抜こう‼」


だが、或いはだからこそ、その場に居る全兵力が同じ方向を向いて整列する中で、壇上だんじょうに立つ彼は一人一人の兵士の顔を見渡し、腰に帯びている鞘から剣を魅せつけるように引き抜き、精悍せいかんに言葉をつづる。



「——我が雷閃のいななきは、国の未来をうるおす雨をたずさえて‼ 難局をことごとひるがえす我らが鎧聖女の道をひらかん‼」


空の無き暗がりの地底、率いる者たちの士気を鼓舞こぶするように放たれる彼の声は断崖の岩肌を反響し彼の声に耳を澄ませる静寂の兵士たちの耳の中に木霊こだまする。


バチバチリと体中から或いは彼の体内から漲る気配は言葉の通り雷閃の如き弾け、彼自身の覚悟を想わせた。


「永らく世に暴虐ぼうぎゃくを重ね、不義理を行う蛇を切り裂き——我らに正義を貫かせる剣を各々掲げよ‼」


そして地の天井に掲げられる剣は、雷撃の衝動を放ち——雷鳴の如き騎士の方向に呼応して、それを目撃した兵士騎士一同はすべからく己の剣を抜き放ち同様に天へと一気呵成に己が剣を掲げゆく。


「巨悪に屈せぬ、我らの勝利をこの地の底より我が雷鳴と共に天へと示せ‼」



 『「「「オオオオオ‼‼」」」』


鈍銀どんぎんの剣は各々と声の持ち主の心意気に奮え、大気の震えが伝わるような光を放つ。


——。


 一方、は風が吹き荒んでいた。


「——……皆に告げましょう。、国に愛する人が居るならば、国に望む未来があるならば、。己の命が誇らしく、己の命が求める物あらば


いと寂しげに接吻せっぷんをするが如く美しき銀髪の麗人は不思議と風に負けぬ静やかな声色でてのひらに掴む白石しらいしに言葉を紡ぐ。


「さすれば——この鎧聖女、メイティクス・バーティガルの聖名に誓い、アナタ方の魂の尊厳を守ります」


地の底で勇ましく声を荒げた彼とは対照的に、砦の外壁にて孤独に立ち続ける彼女は神にでも祈るように慎ましく語り掛ける。


しかし不思議と、力強さは変わらない。


「私は愛する者があるアナタ方を愛している。明日を心待ち、将来の期待に胸をおどらせるアナタ方を愛している。愛らしいその顔が歪む事を何よりも恐れている」


——覚悟に満ちていた。


穏やかに愛を啄むが如く口の端を尖らせて、彼女は楽しげに未来を見据えていた。



「故に——この身にまとう鎧が守るは我が身ではなくアナタ方が捧げる全ての命、故にこの大剣が切り拓く未来にあるのは私の勝利ではなく我々の勝利——」



例えそこに——


「——……やはり幾度も経験しようと、このような演説は苦手ですね。私一人で戦えれば、これ程に心が楽な事は無い。私の至らなさ故に皆の力を借りる事に重責を感じる」


だが、やはりそれは寂しくもあった。だからこそ彼女は演説を僅かに止めて、嗤うのだろう。


しかしながら己が定めた決意は揺るがない。



「——だからこそ皆に改めてとして告げましょう……私の決意を確固たるものにする為に皆よ、。そして、この言葉を聞いてる全ての愛すべき兵たち——仲間たち——いいえ、家族諸君へ——メイティクスより返礼の愛を込めて——の用意を今の内に」


やらなければならなかった。やり遂げなければならなかった。


「誰一人も死なせぬ事を切に誓い、祈りましょう。皆で勝利を勝ち取り、を夢見て、現実へ」


幾年と生きて、幾年と奪い続けてきた己の罪をあがなう為に——成し遂げねばならなかった。


己が生に、意味があったのだと——価値があったのだと、ただ一つ——己に誇る為に。


「——我らに勝利を‼ ツアレストに繁栄を‼ リオネル聖教に栄光を‼」



 『「「「「に勝利を‼ ツアレストに繁栄を‼ リオネル聖教に栄光を‼」」」」』


機空挺の羽根は回り始めた。彼女は決して孤独ではない——広大な森をき止める砦の内側、彼女の背後から浮遊を始めた幾つもの巨大な船が自然と吹く風を押し返し、聖女たる彼女の銀髪を殊更に荒立たせるだ。


 そして——。


は、彼や彼女らとは、また一味ひとあじ違う静寂で時を待つ。


「ちっ……あー。クソくだらねぇなんぞ、いくしようがをさせるドブ泥汚臭がする趣味の悪いだから付き合いたくもねぇんだが、近隣住民として迷惑してるんでね。クレームの一つでも入れる為にでもしたくなる日もある訳よ」


項垂うなだれた首、二輪自動車のような大きな乗り物のハンドルを握りながら白黒の髪を地上から揺らす男は、さも面倒げに昨晩の吐瀉としゃでも吐き出すが如く悪辣に背後に控えるに告げる。


「——目に付く敵も、邪魔する奴も、例えそれが神や天使様だろうが、使。そうすりゃ無様に死ぬことも無い」


静かであった。あまりにも静かであった。呑気に流れる風すらも彼らの前に辿り着いてハッと忌避しているのではないかと疑う程の静寂。


その瞳には決して仲間に向ける為ではない冷徹が灯る。


覚悟は整った、男は天上に魅せつけるが如く嗤い掛けて。


「今日は戦争——全ての罪が覆い隠されるだ。お天道様も多少の事は見逃してくれるさ……好きに暴れてくれていいからなテメェら」


公然の観測者たる陽光に、密やかに特等席に近付こうとする姑息こそくに気付いているぞと言わんばかりに彼はうたった。


「それじゃあ、そろそろ憧れの老衰ろうすいを目指して行きますか——」


禍々まがまがしく滲み出る暗澹あんたんたる気配は、誰しもの未来の展望をにごした。




「「「——だ‼」」」


かくして三者三葉の叫びが世界に木霊し、未だ誰も結末を知らぬ戦の口火は切られ、もはや神すらも止めようもない人々の感情が交錯し始める。


そのの名は——メデュア・オーツ・グラテーレ——蛇堕じゃだの滝。

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