第122話 公然の観測者。3/5


 暗躍者の掌——或いは戦争遊戯の盤上でおどらされる駒の想いは夫々それぞれ

なれば当然との事も、語らねばなるまい。


「それでは——いよいよとクソみたいな作戦の開始が迫って参りましたよと」


己もまた駒にして打ち手、夜の闇が晴れ朝の微睡まどろみが陽光に溶け失せて尚と、黒ずくめの一団を指揮する男は気怠く事も無げに首の骨を鳴らして、背伸びをしながら三白眼で世界を見据えていた。


「……イミト。砦にしたから報告が入った、作戦の開始は『


南東の森より流れ来る密やかな陽光に温められた穏和な風と共に空飛ぶほうきが運んだ魔女が彼の下へと舞い降りて、不穏な報告の交えて雑草を踏み鳴らそうと、


「了解、コッチもこれ以上待つと昼飯を作る時間になるからな——デュエラ、セティスが作ってくれたの調子はどうだ?」


暗躍者イミトは既に全てを知っていたような顔で平静に魔女セティスが持ち込んできた話題もそぞろと別の気掛かりに目を向ける。


その視線の先に居たのは、慣れぬ様子で顔に付ける装着具の具合を都度、事あるごとに気にしている様相の少女であった。


「あ、はい‼ 少し窮屈きゅうくつで御座いますが、硝子ガラスは良く見えるし視界はしっかりしているので御座いますよ」


普段は黒い顔布で隠された金色の瞳は太い黒縁くろぶちの眼鏡におおわれ、透明な硝子越しの天真爛漫は己を気に掛けてきたイミトへと一心に輝く。


目を合わせたものを石化する呪いを持つメデューサ族の混血児デュエラは、その呪いから耐性の無い者を防ぐ為に作られた眼鏡の位置を未だに気に掛けつつもにこやかにイミトへと言葉を返す。


「キラキラで綺麗な瞳だ。覚悟は良いか——相手は親のかたきとか、嫌な思い出が多い敵だろ。怖くないか?」


すれば真っ直ぐに、彼女の頬に彼の片手は添えられて。にこやかな笑みの報酬の如く優し気にイミトが笑み、そして物寂しげに問う。


「あ、え……えっと、イミト様とクレア様が居て、怖いものなど何も無いので御座いますですよ。モチロン、セティス様やカトレア様も‼」


少女は抵抗しなかった。唐突に頬へ添えられた男の片手に動揺はしつつ、にわか褐色の頬を少し赤らめながら目を泳がせ、やがてハッと逃げ場を思い出した様子で魔女セティスと騎士カトレアの姿を探し出す。



「怖くは無いのです、ワタクシサマ、ホントに……でもなんだか、ふるえるのですよ。森で独りで戦っていた頃には無かった何か——こんな気持ちは初めてなので御座います‼」


そして彼女ら、仲間の姿を見つけるや安堵したように口角を持ち上げ改めてと逃げ出したイミトからの視線に物思いつつ振り返る。


燦爛さんらんきらめく金色の瞳に迷いは本当に無く、胸に当てられた掌越しに心臓の鼓動は正常に作動しているようであった。


そんな少女の様を見て、イミトの傍らに静やかに聳えていた黒き柱の台座よりが知を与えるべく口を開いた。



「——それは武者震いであろう。目に付いた敵を遠慮なく薙ぎ倒せる楽しい楽しい戦の前に心が急いておるのだ」


戦場に生まれ出でて駆け抜けた命は、少女が胸の内で奮える感動をそう淡と述べたのだ。


だが——

「……どうだかな。クレア様はそうなんだろうけどよ」


「虚勢を張る貴様と皆が同じと思うな阿呆め……カトレア、貴様はどうだ。ユカリは目覚めたか」


その魂の片割れは答えを出すには早計と頭を軽く掻き、少女に向けていた顔の向きを体ごと数歩と歩き変え、少し会話から外れるような振る舞い。


そんな彼の横入れに片目を開けた一瞥いちべつをくれて、意図を察した様子で黒い台座に鎮座する美しき女性の頭部、デュラハンのクレアは次にデュエラの背後に立っていたカトレアへと目を向ける。



「え、あぁ……いえ、まだ——しかし私も覚悟は出来ています。戦に参加するという言葉に二言はありませんよ。たとえ聞かされた作戦が玉砕になりかねない無謀な物であろうとも」


否——その実と、クレアの鋭い眼差しが気圧そうとしたのは女騎士の甲冑かっちゅうの裏で胸に埋め込まれている魔石に眠る存在であろうか。


いよいよと始まる戦争のその前の緊張が、誠実な騎士カトレアの責任感も相まって彼女の仮面越しの表情をけわしく硬直させる。


——ひとつの体に、抱える二つの命。


「アンタも少し硬くなり過ぎだな……せっかくデュエラが新しいゴーグルを身に着けて綺麗な瞳が見れるって日和に」


遠目にイミトもそんなカトレアの顔色を密やかに窺いつつ、クレア程では無いものの——まるでを乗れを見るような呆れの感情の混じる吐息を漏らし、晴れやかに世界に広がる空を広々とした視界で見上げた。


すると、そんな彼が放つ言葉で糸が引かれたように——


「「……」」


デュエラとカトレアの気配が、或いは意識が互いに向けられる。


何とも形容しがたい絶妙な雰囲気——と言ってしまえばいささかの語弊か、それでも何処か居心地悪くと漂う緊張。


「あの……ではデュエラ殿、コチラを向いて貰えますか」


「下手くそな口説き文句だ」


「茶化さないで頂けますか……繊細せんさいな話題ですので」


メデューサ族の石化の呪いに耐性の無いカトレアは未だにデュエラの素顔を見た事が無い、対してデュエラは己の呪いで仲間であるカトレアを石に変えてしまうのではと過去の忌まわしい記憶も相まって怖れていた。


だが——ここでもしも、カトレアがデュエラと目を合わせる事を避けてしまえば、それはそれで忌避きひすべき怪物扱いとなって少女の自虐的な意識に拍車を掛けてしまうかもしれない。


「アナタの仮面にも念の為にメデューサの呪いに対応する術式を組み込んでる。既に私が仮面越しに実証済みだから安心すると良い」


「……それは分かっています。私が言いたいのは、あまり事を急いてデュエラ殿が嫌な思い出と今すぐに向き合う必要は無いのでは無いかと……」


当然と石化に対する恐れもある。幾ら魔女セティスからの言質であろうが例外がある事もあるかもしれない——しかし、言葉で紡いだ理由に嘘は無いのだ。


少女が感じる恐れに対し、慌ただしい今の状況で、ただでさえ過酷な状況もある現状で試練を課して不要な精神負荷を掛けるのは酷ではないか、と——カトレアはそう思っていた。


だが——

「ワタクシサマはその……」


動揺する、躊躇い戸惑いながらも自らの負担は気にしないで良いと周りを気遣いながら語るデュエラを横目に——イミトが語るのである。


「過去に何があろうと、未来に何があるか知る奴は居ないってな。予想は出来ても、人間の小さな脳みその予想を超える事なんて腐るほど世の中にゃある——デュエラ、お前の瞳も金色で綺麗だけどカトレアさんの蒼い瞳も今日のクソッタレな蒼空よりも綺麗だぞ」


「イ、イミト様……」


、必要な事なのかもしれない。そう匂わせるようにデュエラの背後から少女の両肩を掴み、グイッとカトレアの面前へと優しげに押し寄せさせる。


。俺とクレアは、そろそろ準備に入るからな。セティスも手伝ってくれ」


そうして耳元で愛をささやくように告げたのは無責任な応援——悪辣にデュエラの肩を改めて叩き、爽やかを装って去っていくイミトであった。


去り際にチラリと目線を動かした先のカトレアにも、同じような応援を暗黙の内に込めながらに。

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