第122話 公然の観測者。2/5


だが——幾ら参戦の助力を願うに都合の良い大義名分を与えられようと、アディの気配に漂うが晴れる事は無い。


「……ロナスを襲ったですか。国家転覆や魔王の復活を目論んでいるとで噂になっているようですね」


その参戦の理由が義勇ではなく、不幸によるものであれば猶更なおさらの事であろう。決して手放しに喜びながら受け入れてはならないとつつしみながら、お悔やみを申すようにギルティア卿が提示した話題に乗るアディ。


「本人たちもそう宣言していたようだ、奴等の真意の断定は早い。しかし、どのみちと強力な魔物を操り、奴等自身も許されざる半人半魔の大罪人だ。現にロナスの街を襲撃した——放置はしておけん。バルピスで殿に今一度問うが、何かは無いかね」


周囲の兵がせわしなく作業に勤しむ雑踏の中で、はたから見れば軍略の話し合いでもしているような雰囲気ではあった。だがその実、行われているのは聴取尋問に近しい問答。


そこにもまた、アディが目の前の彼らに対して抱えているの原因があった。


「……、ソチラが掴んでいる情報以上の事は。申し訳ない、


「——そうか。顔を隠していた覆面の魔女は、この街の魔女たちからの情報で面が割れたが、顔を隠したや顔布の少女について未だに情報が無い——などはどうであった」


問いに対して首を振る彼は知っていた。

或いは素知らぬ顔で問いを詰めたギルティア卿もまた——。


ロナスというギルティア卿が守護する街の破壊工作に参加した者の中に、カトレア・バーニディッシュ——ギルティア卿のでもある姪御めいごが含まれている事を、知ってしまっている。


「……いえ、流石にそこまでは。断定して伝えられる程の物はありません」


けれど誰が意気揚々と話せよう。アナタの死したとおおやけには語られる姪御こそが国にあだなす大罪人——今も追い掛けている謎の集団の一員なのだと——少なくとも彼にはのだ。



「「……」」


密やかにアディの様子を探る二人の眼差しに後ろめたさを覚えながらも、未だに確信なくカトレアを罪人扱いも出来ず、ましてそのような不透明な情報でギルティア卿を動揺させ、彼がこれから参加する戦に置いて何かしらの不具合になるやもとも思っている。


——そう思う事が、不敬であろうとは重々承知はしつつ。


「ロナスでは見かけなかったが、魔女セティスの存在からミュールズの和平交渉を繋いだとされるイミト・デュラニウスも敵勢力である可能性もある。聞けば貴殿も彼とは一戦交えた事があると聞くが如何ほどの力を持っていると見る」


しかし、そんなアディの後ろめたさに勘づきながらもギルティア卿は更に遠回しな尋問を続けた。


アディは当然と知らぬ事だが、既にアディが隠している情報を持ち合わせているギルティア卿——彼としては恐らくといくさを指揮する若き指揮官のを見測る為にそのような揺さぶりをアディへと仕掛けているに違いなく。


「——彼は、です。私と剣を交えた時は手負いの満身創痍まんしんそういでありましたが、判断能力に長け、大局を見据え、自己犠牲もいとわずに様々な策を用いてくる……実力の全容こそは不透明ですがという点において、もし敵に回れば決して油断の許されない相手だと思われます」


——世界は残酷であった。


知らぬ者には余りに不利に、知る者には有利な立場を与えゆく。

表舞台のその裏で、密やかに進む台本は語られない。


雄弁に、真摯にアディが語る男こそ、現状の脚本をつづ黒子くろこに相違ない。


「うむ。兎も角、ジャダの滝にて何らかの思惑を持って現れる可能性が高い……狙いはバジリスクとの情報もあるが、敵対する状況も想定しておくべきであろう。無論、我々ロナス側は機会があればそちらに兵をかたむけると伝えておく」


それを知るギルティア卿には、今のアディの誠実な真面目ぶりが如何に滑稽こっけいに見えてしまった事であろうか。しかし何よりも、今のアディと己を重ね——己もまた傀儡くぐつの糸に引かれる舞台人形でしかない事実を思い返された事であろう。


「——分かっています。ですが、一先ひとまずはコチラの作戦への注力を願います——バジリスクの脅威を取り除かなければ板挟みになってしまいますから」


「当然だ、では我々も準備に取り掛かる——兵を集め、また後で会おう。行きましょう、ラディオッタ殿」


されど、その事実を公にする訳にも行かぬ。糸に引かれていると理解して居ても尚、彼は瞼を閉じて訝しげに力なく浮遊するようにきびすを返す他なかった。


「かしこまりました」


彼の指示に従うロナスという街の領主に従士ラディオッタと共に、それが政治的に国といういしずえを守る事に繋がると彼らは信じ、既に選び取ったのだから。


そして——残酷ながら未だ岐路に立つと知らぬ青年騎士は、


「——……僕は、信じている。そうだろ? イミト、カトレア……君たちが何の理由もなく悪行を重ねるとは僕には思えないんだ」


去りゆく老獪ろうかいの背を眺めながらに、背徳の面立ちで信教の証たる紋章が刻まれたペンダントを握り締めるのみであった。


***

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