第115話 晩秋の如き月色。1/4


 日は暮れた。


ただ夜月のえる寂しげな夜は、群れを探す鳥の不安と焦燥を駆り立てて嘶きの叫びを穿うがたせる。

孤独を際立たせる静寂の世界、不幸せ物はいざ知らず——幸せ者は安穏と明日の日和を夢見て眠るだろう。


「とにかく、貴様らは早々に飯でも食って休んでおれ。」


されども彼女らが休む事を知らない川原のほとりで不穏な暗闇に妖しく輝かせるは、幾つも魔石の白ききらめき。


無論と陽光には及ばねど周囲の景色を照らして闇を払い、独特な神妙な雰囲気を作り上げていく他の面々に対して、光源に囲まれる中央にて黒き台座に鎮座する美しき女の頭部は話の結びに指示を言い捨てた。


さて、彼女らは不幸せ物であろうか。


「そういえば、野営の準備に追われてイミトの作ったゴハンが何かを聞いて無い」


夜に溶け行くせせらぎに砂利の足音が入り混じり、魔女セティスは面倒げに投げ捨てるような指示を出したクレアへと言葉を返す。


だのなんだのと普段通りの方便を言い訳がましく垂れておったが、薄皮の——この間のピザの如き生地を小麦ではなくトウモロコシで作っておったぞ。スープは温めろと言っておった」


すれば致し方なしとセティスの問いに代行して答えるクレア——今は場に居ない夕食を作ったの傍らで作業を見守っていた彼女は不本意ながらも今晩の夕食を彼の次に知るものであって。


……興味深い。デュエラ、食事にしよう。レネスさんも」


しかしながら詳細を知るまでには至らぬに相違は無く、不本意な不機嫌を悟った事も相まってセティスは独り言のように興味関心を漏らすだけに留まり、胸の内に抱える好奇心の戸を閉めるように背後へと振り返り、他の仲間に声を掛けた。



「私も御一緒させて頂いても宜しいのですか?」


「その発想は疑問。一緒にしてはいけない理由は無い……すべき理由も無いけ。世辞や建前なら必要ない」


「……」


そして幸薄の表情でオドオドと視線を逸らした客人のレネスに目を付けて、料理があるという黒いかごが幾つもと乗った黒いテーブルへと淡々と足を向ける。


「——なるほど。確かにピザ生地に似てるような……と他の食材を見るに好きな具材を乗せて、巻いて食べるタイプ——生地を作る技法はオブラートを参考にしたと推察」


やがてテーブルの目の前に至りて些かと重厚に見える材質の黒い籠をセティスが持ち上げれば、冷淡な表情に映り込む煌びやかに見える色とりどりな食材たちと、スープが入っているのだろう黒い小鍋と食器の数々。



「くだらぬ分析よ。貴様らが居らぬ間にやらやらと、あの阿呆の実験に幾度も付き合わされる我の身にもなれ……そのとかいう生地や食材ばかりでなく、そこに並べられたを見よ」


見栄え良く飾られた盛り付けや、ほのかに鼻に突くスパイス薫る黒鍋のスープに心惹かれる中で、クレアが呆れた様子で注意を向けさせたのは傍らの底の深い小鉢の慎ましやかな群れ。


「……トマトソースとか見慣れた物も確かに何か——少し違う気もする」


彩り豊かとは言えぬまでも、各々が周囲に置かれた魔石の光を受けて尚、瑞々しさを失わない輝きは他の食材らと比較しても大きさの虚栄でおとれど遜色そんしょくは無く、むしろ見れば見る程に興味をそそられるような妖艶な魅力すら感じる。


「試行錯誤と言う奴よ。奴も知らん香草やら香辛料も試しておるからな……デュエラ、何時までモタついて居る、貴様も早く席に座らぬか」


「は、はいなのです‼」


どのような味がするのか——遠目に見ていたレネスもそのような表情をテーブルに贈る様を横目に、未だ野営の支度を整えている遠くのデュエラに淡々と声を掛けて呼び寄せて。


「レネス。貴様も席に着け……は貴様用に肉や魚などは使っておらぬそうだ」


「——急に訪れた私の為に、ここまで……むしろ、セティス様たちの物より多いのではないかと」


そして次にと気を遣う阿呆にウンザリと言った様相で改めてレネスに向き直り、何処か居心地悪そうに迷い、佇むばかりの彼女をクレアもいさめる。


「だから何だと言う……今さら要らぬなどという訳では無かろう。それに味を変えておるが、手間と材料は然して変わりは無い、肉の代わりに豆やキノコを多めにしておる程度のものであろう」


更には——まるで口から悪寒を吐くような想いで瞼のとばりを降ろし、平穏な口調で心にも無い言葉でなだめるが如き言葉を言い放つ。俗世の与太に何故に付き合わねばならぬのか、そういった不満が言葉の締めに吐露された呼吸に如実に表れても居た。



「薄皮なのに意外と丈夫そう……重ねられてるけど剥がしやすいように少し粉を振ってる。カトレアさんも起きた時に、何か食べられるかもしれないから量を考えて——一人に付き三枚くらいと予想」


そんな会話の最中にも黒いテーブルの上、黒い鍋が乗る小さなコンロの中にあった炎を灯す魔石を作動させたセティスは、好奇心に耐え兼ねてか鉄製のフライパンにて積み重ねられるトルティーヤ生地の上張りを一枚だけ剥がすように持ち上げて剥がして生まれた隙間の様子も確かめる。


「足らぬなら昼の残りのパンもまだあるとは言っておった。さっさと喰らうがいい」


すればこれまたと致し方なし——言い忘れていた事を思い出したクレアは閉じていた双眸を僅かに開いて流し目気味にセティスに目線を動かし伝言を告げて。



「分かった。取り敢えず、イミトが残した手本を参考に皆で始めの一つを作りましょう。デュエラ、手は洗った?」


それをうけたまわりつつ、話の合間に残業を終えて小走りで近づいてきていたデュエラへとセティスが振り向き指示を出す。


「ぁ……そうなのでした。直ぐに洗うのですよ」


 セティスから送られた指摘に対し、ふと思い返って足を止め、己の両掌を広げて俯く少女。そして一旦と水場である今しがた歩いて来たばかりの川べりに振り返る。


さては戻って川で手を洗おうというのだろう。


「そこの手洗い用の樽の水でいいよ。」


「あ。はい、そうしますのですよ」


デュエラの無意識の行動を先んじて察したセティスは彼女が急ぐその前に補足を告げて自身の体の向きをテーブルの近くに置いてあった黒いたるへと向けた。



「レネスさんも。私もだけど……触った一番上の生地は私が食べるから」


「ありがたく。気遣い痛み入ります、セティス様」


「……全く。世話が——


何の事は無く、他愛も無く過ぎ去りゆく時——されど裏側全てがそうとは限らぬ時世の夜。


『——にしといてくれると助かる』


「なんだ、貴様……何かあったか」


「「「……」」」


いよいよと宵闇の舞台の中央に月が昇らんとしたその頃合い、セティスらとの会話に飽き飽きとしていたクレアの様子に僅かな異変が生じて、さもすればと手を洗いに赴いていた三人の女の足が止まる。



「——……分かった。伝えておこう、貴様ら」


その場に居る誰にも該当せぬ独り言にも似た会話文。確信めいてデュエラが蛇口を捻り開いた樽の水が、そのままと垂れ流され始めて。


だ。じゃなくて悪いな、明日の朝飯は期待しておけ——だそうだ」


黒い台座に鎮座する美しき女の頭部は月光が切り裂くかげりのさかいで、彼女らに彼の代わりの謝罪を告げた。


とても呆れて言葉も出ないと些か鼻息荒く憤慨ふんがいしつつ。

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