第103話 激流の咆哮。4/4
——。
その頃合い、山橋の街パルピスでの物語の本筋——コチラの方にも明確な動きが生じていた。
「カトレアさんとアディ・クライドの接触……最悪の連続、状況は増々と私たちに不利になっていく——デュエラの事は置いておいても、やはり早々に脱出が最善だったのは間違いない」
上層の橋が織り重なる天井の下、風に薄青髪を揺らされながら空に浮く箒の動きを止めた魔女セティスは己の武器の整備をしつつ、あたかも賭け事でもしているかのように影を忌み嫌うが如く輝きを放つ発展した街並みに冷淡な眼差しで見下げ果てながら思考を巡らせる。
「セティス様‼」
「……仕事が早くて泣けてくる。どうしたの? 荷物とカトレアさんの方は?」
そこに到着するのは女騎士カトレアから伝言を受け取った少女デュエラ、空に浮く箒の傍らに見えない足場を作って
「カトレア様からの伝言なのです……えっと、敵が二人くらい居る可能性があって、それからあのラフィスという男は、カトレア様への襲撃?が始まった時にはあの強い男様と一緒に居たとの事です、ます——それから事件の時にセティス様に似た人様? を見た人が居ると」
そしてカトレアが早口気味に急いで伝えた言葉を脳裏から捻り出すように首を傾げ、カトレアが街での騒動の渦中に得た情報を拙く噛み砕き伝えゆく。
「——間違いない情報?」
「はい、多分……忙しそうだったもので御座いますから」
情報を受けて銃の整備に勤しみつつも、静かにデュエラに横目を流したセティスの眼差しに不安げなデュエラ。慌てていた状況で聞いた情報の為に確信は持てなかったのであろう。
加えて——
「分かった。デュエラは直ぐに戻って街の出口にカトレアさんと向かって」
「……大丈夫なので御座います、ですか?」
まだ姿を隠している敵と対峙していない所か戦闘態勢では無いセティスの様子を鑑みるに、未だに敵の位置すらも掴めていない様子。敵の討伐という功積にデュエラ自身は先ほどの失態もあって密かに焦っていたのかもしれない。
「本当に信用が無い。敵の位置は何となく察しが付いている、安心して良い」
「そうなのですか……あ、セティス様——コチラを」
されどもセティスは余裕の鉄面皮を隠すことなく武器の整備を終えて、彼女を慮ったデュエラが腰裏に括り付けていたセティスの覆面の残骸を受け取って喉に詰めていた様子の息を吐く。
「……ありがとう。もう行って、時間が無い」
「——……ありがとうは、ワタクシサマが沢山言いたい言葉なのです。では——ワタクシサマは戻りますので必ず、御無事で居てくださいね、セティス様‼」
そうして
「——きっと……後で思い出して恥ずかしくなる過去の一つ。イミトには黙って置くように伝えよう……その前に、口の動きで会話を覗いてるアナタの口封じ」
やがて孤独の空にて彼女が語り掛けるのは、その場に居ないはずの敵影。
『……ずいぶん大人しくなった。きっと形勢有利で勝利を確信していると推察』
『……』
確証があった訳ではない。それでもセティスの推測、予想は当たっていて——彼女らの敵である聖騎士ラフィスは潜んでいる影の中で息を飲んでいる。
「万が一、私が瘴気を暴走させて周辺の魔境化をもたらしたとしても、【箱】の中に居れば安全……それ以前に状況証拠も整えつつコチラの情報を錯乱させる万全の体制」
つらつらと、しかしハッキリと口の動きを明確に動かして丁寧な分かりやすい発音を意識する魔女。語る言葉の一つ一つに呪いでも込めているような彼女の口の動きから一つ——また一つと言葉を理解する度に姿を現さない聖騎士ラフィスの心臓の鼓動は
「とでも——思っているんでしょうけど。相手にとって何が万全かと考える事は、意外と相手の万全を崩す隙——行動や心理を読み取るのに最大の好材料になり得る」
「アナタの勝利条件は敵戦力の削減——しかしそれは自ら表立って手を下す必要は特に無い。後ろめたい事がある私たちを街の人間——ひいてはアディ・クライドに捕らえさせ、私たちが拘束された瞬間を狙って防ぎようもない状況で暗殺すればいい。それがアナタの当初からの目論見、打算」
聖騎士ラフィスは暗幕の影の裏で、何故だか彼の仲間であるアーティーの言葉を思い出す。
【僅かな情報から、糸を
そして現に——事実と妄想の織り成した果てに魔女が並べ立てる推論には、そのような感覚が如実に表れているのだ。
悪意の逆算——根拠には薄いかもしれない、衆目に晒し上げられたとしても自らの首に縄をかけるには至らない妄言の域を出ない代物とは解ってはいても尚、聖騎士ラフィスはタカを
「カトレアさんからの情報を加味すれば私に通信設備の破壊の罪を着せ、キッカケを作り、デュエラの正体を暴いて聖騎士団、魔女を含めた街の警備網に私たちを追わせる。襲撃によって居場所を私たちの位置を衆目に晒すと同時に、自分はアディ・クライドと行動を共にする事で光を用いた反射の攻撃の際の身の潔白を立証する」
己は未だ優位であるはず——追い詰められてはいない。そう心に言い聞かせるように胸に手を当ててそこから更に腹を
聖騎士ラフィスは暗幕の影の裏で、何故だか彼の仲間であるアーティーの言葉を思い出す。
【お前の抱えているソレは、我々の計画を確実に成功させる為の重要な欠片だ】
いいや、違う。いいや、違う。
「どれも常人——個人には決して行えない夢物語、妄想の域を出ない根拠のない馬鹿げた陰謀論。カトレアさんが複数人の仲間が居ると勘繰るのは無理もない」
「だからこそ、アナタは確信している。けど。そんな自分を自制して、破れかぶれになった私たちの暴走に万が一にでも巻き込まれないようにアナタは私たちを監視できる範囲内で最も安全な場所だと思われる場所へと急いだ」
それを否定したいが為に、己のこめかみに手を当てて髪を掻き上げて必死の形相で目を見開き、セティスの口の動きを注視する聖騎士ラフィス。
されば魔女は、彼に驚くべき予測を告げようとしていた。
『昔——誰にも……見られた事の……ない魔物が居る……と聞いた事がある。その魔物の姿は……確かにそこに……ある、けれど、しかしその姿は……魔物を見た者を鏡に映すように生き写して真似をする為……に誰にも本当の姿を見られた事……がない……‼』
分かるはずが無い、分かりようはずがない——敵が半人半魔の怪物と予想していたとしても、希少で伝承にも殆んど姿を現さない魔物との複合である己の内なる正体を、たったアレだけの情報で。
聖騎士ラフィスには確信があったはずだった。
勝敗に対しても、己の秘密に対しても。
「その謎の魔物は——皮肉を込めてこう呼ばれた【己を映さぬ影——ドッペルゲンガー】」
「もう思い込んじゃってるから、試さずにはいられない」
だがまるで——今やラフィスは遠方のダムが決壊し、まだ遠くで濁流の音が聞こえているから大丈夫と、様子を確かめに振り返ったその瞬間に、既に目の前にまで至っていた激流の牙がけたたましく咆哮を上げて襲い掛かってきたかの如き呆然唖然とした様相。
聖騎士ラフィスは暗幕の影の裏で、何故だか彼の仲間であるアーティーの言葉を思い出す。
あたかも——走馬灯であるかの如く。
【絶対にコチラからは手を出すな、これは命令だラフィス。そして友としての頼みでもある……奴等の事は監視役のガレッタとブロムに任せて任務に集中してくれ】
もはや今更、逃げる時間など、有りはしない。
——。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます