第104話 遊戯の混流。1/5


 幾重にも橋が折り重なる山橋の街バルピスの——その全てから左右それぞれに逃げるように人が流れていく光景を尻目に、遥か上空にて空飛ぶ箒を足場に覆面を外した覆面の魔女セティス・メラ・ディナーナは尚も——彼の者に向けての言葉を続けていた。



にでも目撃者が出る群衆の中に紛れていて——それが私たちに発覚した際、十分な立ち回りが出来ないかもしれない。姿を暴かれれば、たちまち状況は逆転する」



にでも私がレジータ・ジル・ベットに匂わせた狂気の沙汰である瘴気の暴発が行われた場合——幾ら反射の力で防ごうと、アナタの能力含めアナタの魔石核やアナタが運んでいるを及ぼさないとも限らない」



「だから本体は人目を避けた少し広い空間がある場所に居を構える。例えば逃げる人々や、固定観念に囚われた捜索者が真っ先に眺めないであろうとなりえる街の天井や上空とかがそう……他にはの時に誰かに阻害される事無く、自分の反射能力で自分を守れるような遮蔽物しゃへいぶつ人気ひとけの多くない区域。こうやって条件を絞っていけば、おのずと見えてくる」


『……』


手に持ったままの己の武器の調整に未だ何やらといそしみつつ、敵の心理状況を分析し、口にする事で——更に敵が動揺し、彼女の中ではおおむねと仮説を立て終えている敵の位置に何か動きが無いかとうかがっている様子。



「——最初に魔力感知をした際に光の攻撃を反射する能力とは別に、コチラの動きを監視する別の動きは確認済み、しかし反応の遅さから会話までは読み取っていないと認識していた」



「けれど幾つか、会話を聞いて居なければ動けないタイミングで攻撃をされていた事があった。その時の共通項は私やデュエラみたいに顔を隠してない人物が居た時」


つらつらと、つらつらと、尚も冷ややかな眼差しを己の武器にへと向ける彼女は相手を追い詰めるのような推論を声にして綴る。


そして幾重にも橋が折り重なる山橋の街バルピスの中央橋商店街の天井で、橋の欄干らんかんを伝い動く橋列車の振動が耳と肌を突く中で、彼女は武器の整備を終えて幾つかの銃弾のように加工されている魔石を武器の中に納めていく。



「アナタはだと思う。口の動きで会話を瞬時に把握する——それも複数人同時でなんて、たとえ訓練を積んだとしても完璧に出来る人間は居ない」


「そのくらい頭の回転が速く、慎重な性格の人物と推定——だけど、だからこそ……アナタは慎重に——必死と言ってもいいレベルで急速に移動した私の行方を探って、今も私が何を企んでいるかでは必死に考えてる」


ゆるり——銃口を向ける先には街の全てを支えるの一つ。バルピスの街で最も古く、最も巨大な。地の底にまで続いて居そうなその柱に向けて銃声よりも先に語る言葉はよどみない純粋な称賛か、或いははなむけの香典。



「とても臆病で、可愛いと思う。こんなにに——自分の分離している体の一部なのかな……それを動かしてて。魔力感知自体は正確に出来てない様子だから、私がどうやって景色に溶け込むアナタの能力を索敵しているか良く分かって無いんでしょうね?」


魔女の薄青髪は夜風に揺れて、悪辣な悪戯心いたずらごころに満ち満ちて愚か者を嘲笑うが如く踊り狂う。彼女の口角が僅かに持ち上がったように見えたのは、人形のような無機質な表情の彼女が小首を傾げたのが原因の錯覚であろうか。



「さぁ——ずいぶん長々と独り言を呟かせて貰った……そろそろ時間つぶしも終わりにしましょうか。が外れていたら御愛嬌ごあいきょう



掌の中でクルリと己の武器をもてあそび、かくりとうつむく人間模様。



「研究者は賢人で在るべきではない——机上に留まるべきではない」


「数多の仮説を打ち立てて、全てを愚かに試す無駄の良き友人たる愚者で在れ」



小さな背丈の魔女は世界へ謳う。

世界の広さをたのしむように、世界の狭さをあざけるように。


「【魔弾装填エルエナ・ブリュッセ光蜜蜂サトラティオス】」


 「【散界指令リュワード・エプシオン】」


ガシリと握り直した銃に似た武器の引き金を引くその寸前——彼女の武器は光に包まれ、まさしくはちの巣の如き幾つもの正六面体のハニカム構造の銃口を三つ備える箱型兵器へと姿を変え、やがて散弾銃の様相で彼女は銃身に溜めていた魔力を解き放つ。



すれば夜の闇の空気しか存在しないはずの前方広範囲に細やかな光の粒が凄まじい速度とおぞましいと思える程の数の発砲音と共に飛散し、やがて周囲の空気の中に溶けて虚しく消えゆく。



しかし——そのような中で、やはりと言うべきか否か、



「——光弾を反射する大小二つの物体を確認、片方は敵の切り札……恐らくと推察。能力の大部分を力技での制御をする為に費やしている」


確かに見えたのは、巨大な柱の付近で——何も無かったはずの場所で立方体のような【何か】に衝突し、光の粒が跳ね返ってくる光景である。


それが——二か所。


「ともあれ——まずは私の勘への御褒美に御挨拶。反射、そして防御できるのは質量の無いエネルギー系統のみ。土の魔素等の実弾は有効、実証済み」


覆面の魔女、セティ・メラ・ディナーナは既に分かっていたと記述する。そこに敵が居る事も、そこに二つの【】がある事も——予想と誘導、虚言を交えた言葉を吐き、相手の心理に付け入り釘を刺す呪い。


そうしてセティスは、ハニカム構造の箱型兵器を再び光に包ませて今度は狙撃銃の如き長い銃身の兵器を手に、鉄製の実弾を二発——懐から取り出して弾を込め、空飛ぶ箒の上で射撃の反動で武器を落としてしまわぬように寄り添い抱える格好。



狙うは——大小の違う二つの箱。


「大きい箱と小さい箱。どちらを選ぶ——なんて話を、前にイミトがしていたのを思い出す」



「クレア様は——どちらも壊して中身を奪い取っていた。あの時のイミトの顔は予想はしていたみたいだけど少し、面白かった」


お分かり頂けているだろうか。魔女は、かく語る——大小二つの箱の中身が如何なる物であろうとも、何の気兼ねも無く二発の銃弾にて敵の野心もろとも撃ち砕く、と。



バン、バン。


安易に形容し、擬音とすれば——やはり相も変わらず、そんな安価が過ぎる効果音。

そこからガラスが弾け砕けたような音がして、そして何より空間が割れたが如き様相で地上に存在する街の灯りを乱雑ながら星屑の如く煌びやかに反射する——空間の欠片にも似た鏡張りの箱の瓦解していく姿。



やがて魔女は露になった箱の中身に——かく語る。



「——久しぶりね、聖騎士ラフィス。そして初めまして、この街のさん」


とても穏やかに再びと小首を傾げ、今度は誰の眼にも分かるほど明確に、彼女は笑んだのである。久しき隣人に出会い、挨拶を交わし、昔懐かしい——生まれ育った故郷の記憶を微笑ましく呼び起こされたような表情であった。

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