第103話 激流の咆哮。3/4


そして——彼女は突き放す。


「——アディ・クライド。世の中には、アナタのような人間が関わるべきでない……解決できない事柄も存在するのです。アナタは……この葛藤かっとうを感じなくていい。アナタは——そのままでいい。私にだって余計な節介をしてしまう悪癖はあるのですよ」


己の甘さすらも断ち切りたいと剣で斜めに空を切り、剣の白刃に伝う雫を払うカトレア。そんな彼女の意気に応えたように状況は動き始めた。



「カト……——っ⁉ このは——‼」


宣言通り、幾度と跳ね除けられようとカトレアへ語り掛けようとしたアディに襲い来るは。カトレアにも襲い掛かった光の奇襲に類似する攻撃、銃撃と言っても良いだろう。


発砲音も含め、向けられた敵意や魔力の気配に咄嗟に反応したアディは剣で上方からの狙撃を弾き飛ばし、狙撃手の姿を見る。


そこに居たのは無論——

「……殿。助かります‼」


禍々しい鋭い形となった箒に足を掛ける薄青髪の魔女——アディに対する狙撃からセティスの意思を汲み取ったカトレアは即座に踵を返して逃走の為に走り出す。



「待ってくれカトレア‼ くっ——‼」


『——良いのピョン。このまま離れて……の事、好きなんでしょアンタ』


そんな街の全体を見下ろせる位置から慈悲も容赦もなく、ただアディの動きを阻害する為の計算され尽くしたような曲がる魔法の弾丸が降り注ぐ最中、走り出したカトレアへ何となくと気になった事を敢えて無粋に尋ねるカトレアの内なる獣にカトレアは告げる。



「……言葉が通じていませんよ、ユカリ」


諦観に染まる儚げな表情で後方の様子に振り向かぬままユカリへ微笑むカトレア。言葉の通じぬ二人で一人の半人半魔——皮肉めいた冗談を告げるように、とても重く寂しげな自嘲の笑みを溢しているような口調であった。



まぁしかし——そんな哀愁が漂い続けられる程に呑気な現状では今は無く——



「待てカトレア‼ まだ話は終わっていない‼」


『いいぃ⁉ ストーカーみたいにしつこいピョンね‼ 残念イケメンピョン‼』


騒がしい雷閃は夜闇の街を無神経に賑やかし、走るカトレアの身体からユカリの言葉を驚きにまみれた嫌悪に近しい声をひねり出す。


セティスの上空からの援護射撃を払いながらも、まさしく雷の如く着実に逃げるカトレアとの距離を詰めて来ようとするアディ。二対一であろうと突き放せぬ執拗しつようさと、勝手に回る口の違和感に辟易と息を吐くカトレア。


やはり何とかして一撃を食らわせる他は無いと意を決し、足下に創り出していた氷の行き先を迂回させる女騎士と、完全なる二対一の様相を直感した聖騎士は互いに剣を構え直した。



だがその時——空気を読んだ魔女の


「見つけたのです‼ カトレア様‼」


が現れたからだ。

コチラもカトレアが無論と知らぬ事ではあるが、彼女は彗星すいせいの如く去った魔女に背負ってから合流と命じられた大きな肩掛けかばんかつぎ、直ぐ様に追い付いたのである。


その速度は——遠くから盛大に聞こえた声に、カトレアが振り返る間もない程であった。カトレアの逃走とセティスの銃弾の痕跡こんせき一掃いっそうする程の到来——あのアディ・クライドですら一瞬で危機を察知し、詰めていた距離を惜しむ暇も無く後方に大きく跳び退いたほどの衝撃。



「くっ——先ほどの少女……だが、この魔力の感じは‼」


巨大な橋の街の一角に亀裂が生じる爆撃の如き着地、街を行き交う多くの人々の土足で密やかに息をひそめていた埃や砂が爆風に叩き起こされて、雷や氷結に彩られた街の状況は目や口を開き難い砂嵐の如き情景に変り果てる。


それでもそれは、一瞬の出来事。


「デュエラ殿‼」


「あ、なのですよカトレア様‼ しーっ、なのです‼」


彼女からすれば単なる着地で、徐々に晴れる土煙の隙間からカトレアに真の名を呼ばれた事の方が重大事なのである。だが、付け直された予備の顔布越しの唇前に立つ指により息で荒ぶる顔布の舞いは押さえつけられつつ、少女は慌てていた為に声の調整を忘れた。


「デュエラ……——目的地はジャダの滝……デュエラ、まさか君がデュエラ・マール・メデュニカなのか‼ バジリスクたちの目的の‼」


すれば彼の耳をも突いてしまった幾つかの情報——後方に跳び退けたアディは、これまで散見されていた情報の点が線として雷電の閃きの如く驚く程に綺麗に繋がったかもしれないと瞳孔を僅かに開く。電流が流れるように回り始めた思考回路——既にそうなると危惧されていた思考展開。



「ああ‼ バレてしまったのですよ‼ あ、かばんひもも‼ おっと、っと……どうしましょうですか、カトレア様‼」


けれど問われた言葉に拙い少女は顔を隠す黒い布に似合わぬ動揺を如実に態度に浮かべ、移動の速度と着地の衝撃に耐えきれずにブツリと千切れた荷物の肩紐に慌てて答えに近しい言動を露にするに至る。



「——悪循環ですね。落ち着いてください、今は状況の説明と今後の確認を」


背から堕ちそうになった荷物は素早く横に居たカトレアにも支えられたが、カトレアの仮面の裏では苦虫を噛んだような顔色が滲む。ともかくと、言葉にもした悪循環の呪いを断ち切るべき——見えぬ所の動きを見聞し、状況を把握して対応策を講じるべくカトレアは少女へと問うた。



「あ、はい‼ セティス様にワタクシサマのワガママを聞いてもらって——撤退の準備、街から脱出との事なのです——ええっと、セティス様は敵を見つけて殺した後で合流するらしいのですが」


千切れた鞄の肩紐をかがみこんで呑気かつ慌てて齷齪あくせくと結び直そうとするデュエラは、そんなカトレアの問いに思い出した様子で忙しなく言葉を返す。だが拙く不器用な少女の手は上手に肩紐を結び直せず、どうすれば良いのか本当に分からずに心ここに非ずで未だ鞄の肩紐と奮闘するばかり。


そんな彼女を尻目に、答えを受けたカトレアは考えた。


「ワガママ? まぁ——了解しました。申し訳ないが、この男から逃げる手伝い……いや、デュエラ殿——荷物は私に任せて今すぐに急いでセティス殿の方へ伝言を頼みたい」


現状——目の前で態勢を立て直し、コチラの様子を伺っているアディが本来向かっていた街の上層から踵を返した原因であるデュエラの放った凄まじい魔力の波動は、カトレアも感じていた。


そこから当然と戦闘が行われていたものと推測し、セティスが上空を飛び回っている動きとデュエラの伝言から、セティスの目的は敵の撃退。


「敵は複数——最低でも二人居る可能性があり、ラフィスはコチラの襲撃時にはアディと共に行動との目撃情報アリ——それから事件が起きた時、セティス殿によく似た人物の目撃情報もアリ。以上です、頼めますか?」


現時点で——というよりアディの登場から光の奇襲攻撃が止んでいる事も鑑みて、敵は逃走中——少なくともセティスに悟られぬように身を潜めていると予想していた。


「え——ああ、えっと、えっと……敵が二人であの細目の敵は、そこの強い人と——セティス様に似た人様? とにかく了解なのです、直ぐに行って参りますのですよ‼ その後に必ず迎えに来るのです」


故に、千切れた鞄の紐と紐を凍り付かせて無理矢理に繋げつつ、カトレアがデュエラに急ぎ手伝ってもらうべきはセティスが知らぬであろうコチラ側の動きの詳細な情報の伝達。


優先すべき課題を確実に成し得る為に、彼女なりの答えを選び取るのだ。


「頼みます‼ 私は——この男の足止めを‼」


「ユカリ‼ あしどめ‼」



『——人遣いが荒いピョンね【氷壁ボルダリングアイス‼】』


「【雷閃舞踊リフィーリア・アルマティ——飛魚アイン】」


荷物を置いて跳び去った少女の風を傍らに感じつつ、足場に吹き抜ける風は斜め上に突き出す刺々しい氷柱の壁を一瞬にして作り上げ、やがて——またも眩い閃光で何が起きたか分からぬ程の一瞬にして雷光に溶かされる。



「アディ……イミト殿は、ツアレスト王国もリオネル聖教も信じていない——いや、人間……人類そのものの善性を信じていない。南方で起きているバジリスクとの戦争を直ぐにでも止められるかぎになりえる彼女を世界が犠牲にすると疑って止まない。実際、彼女の存在を国が知ればそうなるでしょう」


逃れられぬ因縁か、選び取ったが故に因果か。


「アナタは……どうなのですか。リオネル聖教の庇護下ひごかに無い魔族である彼女を、どう扱います。今も多くの者たちが、同胞が、仲間が命を失っている戦争という現状で、どちらを選びます」


濃厚な冷気の白煙にほとばしる電流、湿度の薄くなった周囲の空気にバチリという静電気の弾ける音響が殊更に際立つ緊張感。


「君は——それを選んだのか。確かに、出会ってしまえば僕も君も……その選択は出来ないだろう。正直、出会わなければしれないと思うと寒気がする」



「それも……選んだものの一つに過ぎない。たとえ多くの者からののしられようと——果たさなければならない大義がある、曲げてはならない信条がある。より多くの命を守る為に——己の多くを犠牲にすると選んだのです」



向かい合う二人の騎士は、互いに剣を下げ——嵐の前の予兆を耳にしていた。


「他に方法は——無かったのか。一人の少女を選び、多くの兵を犠牲とするバジリスクとの戦争を続けさせる選択を出来る君が——より多くの命を守る為に選んだ方法が今の君なのか」


揺るがない信念に善悪に揺蕩う心がきしみ、時の流れに流されるまま。



「——行動が矛盾しているのも一貫性のない独善である事も自覚しています。それでも私は……、幾つもの命を選ぶ」


「ただ……があったのなら、私もがあったと信じていますよ、——アディ・クライド」


「そうか……でも僕はと信じる。だから話し合おう、カトレア——イミト殿たち程の人物の力を借りる事が出来れば、バジリスクの問題も戦況も大きく変わるかもしれない。その他の事だって——」



同じ流派を辿たどった二人の騎士は道をたがえ、再び相まみえた。


「相容れませんよ——絶対に。私たちはと、同じ道を歩む事は無い」


世界に流れる濁流が導いた皮肉な交錯こうさく、カトレアは運命を呪うように優しく——穏やかにわらった。


まるで別れを惜しまぬように。

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