第100話 急流の始まり。1/4


例えば——それは降り注ぐ雨をキッカケとしたように。


橋が乱雑に見えて計算されて入り組んだ山橋の街バルピスの、とある場所の影の内でで妖しき光を幾つも灯して光とたわむれるが如くを動かす男が居た。


「……カトレアとか言う女騎士はに。アディは、もうじきに駐屯地にしているに帰還する所ですね。ふむ……始めるならが良好ではありますが」


光の奧に映し出されるのは幾人もの街のいとなみ、細目を少し見開いて男は暗闇に包まれながら街のアチラコチラを眺めている。


暗躍——襲撃を挑む前の下準備。

街の各所、主要な標的と注視すべき人物の周辺を探っていた。


主観にもる所ではあるが今回の戦いで最もを迎えると述べて良い男の名は——ラフィス。



「女騎士の方には人が多いな……のか。だが下手にコチラに手を出せば、共闘の流れを作る恐れがある。ん? アレは、街の不良でしょうか。目的は何だ……ふむ」


「やはり狙うなら、少人数の……コチラにも魔女の監視、。状況から考えて魔女たちの狙いはセティス・メラ・ディナーナに間違いはない」



せわしなく瞳孔どうこうを動かし、状況を精査し、彼は思考する。


「利用するか……或いは先に排除するか。襲撃を始めた際に魔女たちがどう動くか考えれば答えは明白か……奴等に気取られる恐れもあるが——」


「ん……一人、出てきたか。デュエラ・マール・メデュニカ、なぜだ? また単独行動か、或いは騎士の方へ合流を——」


「‼ ⁉ 監視の魔女たちに接触か‼」


察するに会話までは聞き取れず、ブツブツと独り言を漏らしながら監視を続けるラフィス。


「——……何かを手渡してる。しかしが過ぎるな……やはり一気に不意を突き目的を遂げるが最良。会話をしている今が好機と見ましょう」


彼は——夜の闇が世界にとばりとして完全に降り切る頃合い、自慢のまなこでは追い切れなかった少女の動きに釘付けにされて、いよいよと意を決す。


最初の目標は、デュエラ・マール・メデュニカ。

暗躍に徹すべき己の喉元のどもとに届き得る未知数の身体能力を持つ少女を、本能で察したのだろう。



……【鏡面奏光リファスト・フィアル‼】」


さぁ——始めよう、もうは終わった。

膨れ上がった光は、ほんの一瞬——その場所の夜から闇を奪う。



——。


そんな事をつゆとだけ知りながら、少女は微笑んだような声色で腰を抜かした若い一人の魔女にりのバスケットかごを差し出した。


「これ、という物で御座います。他の魔女の皆様と食べて下さいとセティス様の言伝ことづても預かってるで御座いますよ」


「え、あ、え、ああ……え、はい……え?」


若い魔女は、セティスと少女が身をひそめさせていたカジェッタ・ドンゴの旧宅を周辺にある建物の屋上から監視していた一人であった。それが今や、急速に距離を詰められて監視対象であった少女がいつの間にか目の前に居る。


監視に気付かれていた、或いは監視など無意味であると示すようなまばたきひとつの間に詰められた距離から思い知らされる対応できようもない実力差に圧倒され、若い魔女は若さ由来ゆらいでは無いだろう戸惑いに思考を混乱させているようである。



「ふふ、驚かせてゴメンナサイなのですよ。でも、ちゃんとゴハンは食べないといけないで御座いますから、逃げられるのも面倒で御座いましたし」


「……」


無理矢理とは言えぬまでも、半ば強引に差し入れの入ったバスケット籠を手渡し、黒い顔布で顔を隠す少女は腰を抜かす魔女の頭を撫でながら微笑みの声を贈る。



「良ければスープも持ってくるで御座いますが、どうしますですか?」


 「え、ああ……はい。い。いえ、あの……け、結構です……」


かしげた首、夜の闇に似た顔布に敵意など無い。だが——感じ取るは隠されていると思い知らされる見えない重圧。無垢で純真な様子とは対照的な獣の息衝いきづきのような気配に、若き魔女は突然の戸惑いも相まって、声をわずかに震えさせる。



そして、それはその若い魔女だけの感情では無い。


「——あ、も集まってきましたで御座いますね」



 「「、動けばとみなします‼」」


別の場所から反逆の魔女とその仲間の動向をうかがっていた他の魔女二人も、突然のデュエラの行動に対して慌てて仲間の下につどい、魔法を放つ前準備のようにてのひらを突き出し、声を荒げる。


岸壁をえぐられた横穴の旧市街、現在地の屋上から見渡せる土づくりの遺跡のような街並みの街灯がそこかしこで光を放つ中、魔女たちに囲まれるデュエラの黒い顔布が風に揺らめく。


——が重なりて、物語は急激に動き出す。


彼女は、瞬間——勘づいたのだ。


「——……そちらこそ、を気にした方が良いのですますっ‼」


慌てふためく魔女たちが放つ騒音や気配にまぎれた違和感、研ぎ澄まされた獣の勘とでも言うべき耳や鼻や肌で感じるそのわずかな予兆に。


故に彼女は咄嗟に動き、魔女たちの警告を無視して前方に居た魔女の威嚇いかくする眼差しをり抜けて魔女の服の襟元えりもとを掴み、


「な、なにを——きゃあ⁉」


デュエラは軽い足払いにて魔女の体勢を崩させて片手で軽く、しかし素早く建物の屋上に転がさせた。すれば直後、魔女の肢体があった場所を見紛みまごう程の凄まじい勢いで真っすぐ通り過ぎるはであった。



——敵襲。デュエラは即座に理解した。


「っと——危ないのです……敵が来たのですね。セティスさまぁー‼」


魔女の肢体をデュエラの視線をさえぎとして扱い、デュエラをつらぬくべく飛び込んできた光の球体。強引に避けさせて、そして己も少し身体を逸らし、首を曲げてかわせた敵の初撃——デュエラは己も僅かに態勢を崩しては居た。


だが、デュエラの突然の蛮行に何も知らず警告通りに魔法を放つ気配を見せたもう一人の魔女を足裏で軽く蹴り飛ばし、状況を振り出しに戻した後で少し遠くに居るはずのセティスに向けてを大声で告げる程度の小器用さを魅せつける。


「お気をつけて、まだ凄い速さで動いて狙って来てるのですよ、魔女様ガタ‼」


まだ敵襲は続く。しかし状況が解っていない魔女側から見れば、明らかに目の前のデュエラが牙を剥き出しにし始めた敵対行為。混乱の中で状況を整理しながら今しがた受けた暴力行為の余韻を感じながら体制を取り直す魔女たち。


唯一、デュエラから暴行を受けていない傍から見ていた若い魔女も、一瞬の出来事に仲間を守ったとの印象は感じつつも確信が持てず声を出せない状況。



そんな中にあって、もはやデュエラは魔女たちの存在を意にも介さずに思考する。



「魔法は一つ……向こうの家の壁を綺麗に貫通してるで御座いますね。おさわりするのは危険で御座いましょうか……うーん、で御座いますね【龍歩メデュラッサ‼】」


——それに今のは‼」


周囲の状況、敵の攻撃の分析——を求めて、魔女たちに邪魔されないように崖をえぐって作られた横穴の街の上空に己の身体を冷静に跳び上がらせる。



「——どちらから来るで御座いますか……」


彼女の最も得意とする魔法【龍歩】によって、見えない足場を創り出し——星の如き街の灯りを見下ろす形で彼女は暗い夜の闇を見渡した。



再び己を狙って襲来するであろう光の攻撃に備えて——。


だがその時——聞こえたのは



『デュエラ。狙いは?』


 「——⁉ そうなのです、かっ‼」


咄嗟に腰裏の鞄から響いたセティスの声に、彼女は周囲の警戒に向けていた双眸を、たった今まで居た場所へと走らせ、見えない足場を蹴って猛烈な勢いで駆け戻る。


——⁉」


着地の瞬間——建物の屋上にヒビが入る程の勢い、その直後に魔女が驚きを声に言葉にし終える前に、再び現在地の建物より高い隣の建物の壁を貫き襲い来る光の球体。



「あっぶないのですっ——っつ‼」


魔女たちの口を封じるべく何度か角度と右や左と軌道を変えて襲ってくる光の球体に対し、からすれば魔女たちを、足や手で投げ飛ばし蹴り動かしながら対応するデュエラ。


されども三人の魔女を避けさせながら一瞬の工房を無傷でしのぐ事は、デュエラにも難しく——黒い顔布の隙間から苦悶の表情を浮かべる彼女の腕や脚を何度か光の球体がかすめてしまう。



だが——それをおもんばかってくれる程に、敵も甘くは無いだろう。


光の球体がかすめたデュエラの腕の傷口から血が滲み、倒れ伏せらされた魔女たちの服や屋上の床に散りゆく。


かすめたのちに過ぎ去った光の球体は跳ね返るように負傷したデュエラに三度と襲い掛かるべく方向を転換して動き出す。その様は縦横無尽じゅうおうむじん——闇の中で軌道きどうを読ませぬ為に、まさしく幾つもの鏡に反射するが如く夜の世界を跳ね回って襲い来るのだ。



「のんびりし過ぎなので御座……いますよっ‼ 本当に、でっ、御座いますですねっ‼ 」


されど彼女は避けた。避けた、避けた。器用に体を逸らし、寸前——紙一重で血を流しながらも、地面に倒れ伏す魔女たちを気遣いながら。



そして——


「【地龍ダラバ目覚・トラメスめ‼】」

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