第99話 支流の嘶き。1/4


 その場所は、到底——橋の上とは思えない緑と土のかおりに満たされた平穏を装われたような街の一角。


彼女たちの物語を進める前に少し、コチラについても語っておこう。

舞台に名を付けるのならば、やはりさしずめ魔女たちの茶会と言う他は無い。


「あの……レジータさん。ダナホの事、宜しくお願いします。私は仕事に戻らなければ、の宿の用意もせずに飛び出してしまっていて、お礼は後で必ず持ってきますので」


幾人もの魔女たちが神妙な顔を突き合わせ部屋の至る所に集まり、たたずんでいる最中さなか——兎に似た耳を頭から生やす亜人の少女リダ・メディットは背後の部屋への残心を引かれながらも、魔女たちの頭目とうもくであろう屈強な体格に恵まれた一人の魔女に不安げに頭を下げた。



——リダ・メディットは少女である。


「——礼なんて良いさ。それよりも、そのはアンタから見てどんな様子だったか聞かせてくれないかい。アンタをここに呼んだ魔女に、ちょいと気になる所があってね。怪しい会話とか素振りをしてたとか何か違和感は無かったかね」


それでも優しげに大きな掌をリダの華奢きゃしゃな肩に手を置き、或いは穏やかに彼女を見下げ、声を掛けられた魔女レジータは問う。


例えば彼女が知らぬ事を列挙すれば——彼女が心配するの男は、彼女が街観光のガイドとして案内するセティスやカトレアからを働こうとした。



そして魔女レジータの前で人質として扱われ、無慈悲に両足に重傷を負わされた。


加えて、セティスはダナホの負傷というをリダに与え、魔女レジータの所へと避難させている。


——彼女は、少女なのだ。



「え……セティス様たちですか? そんな素振りは特に……街の観光を楽しんで頂いてましたし、見た目はで気難しいようにも思えますけど、話してみれば、とても良い人たちだと……」


故にセティスらの印象を表面的にしか答えはしない。むしろ何故そのような事を訊くのかとレジータを不思議に思う節すらあって。


隠されている事実は、このような純真な少女にはが強すぎる。



「そうかい……ん、——……そうか、分かった。わざわざ向こうからで出向いてきたんだ、何もせずに通してやりな」


レジータもそう思い、真実を告げる事をはばかっているようだった。そんな折、と言えば良いものか、レジータの仲間の魔女の一人が歩み寄り、何かを言いたげな表情を浮かべてレジータは耳を貸すに至る。



行われた密やかな報告に、少し眉をしかめるレジータ。



「——……レジータさんたちも、なんだか様子がおかしいですけど何か街であったのですか? もしかして、ダナホの事で何か……」


リダ・メディットは確かに何も知らぬ少女ではあるが、と同時に——少女でもある。


普段とは明らかに違う魔女たちの雰囲気や様子から、漠然とした不安に駆られて何かしらの異常事態が起きたのだろうとは察しが付いている様子で。



けれど直接と糾弾できる程、己に何かが出来るとは思えずに問いを詰める事は無いのだろう。


「ん、ああ……違うよ。アンタが気にするような事じゃあ無い——ちょっとしたの開催が急に決まっちまって慌てて準備しているだけさ」


レジータもまた、己たちの問題に何の責任を負う立場では無い彼女を巻き込まないように言葉を選び、彼女を話題から遠ざけようとするのだろう。


彼女は、とても気配りの出来る——平穏な世界で生きられる優しい少女であるのだから。


「魔女の茶会……もしやセティス様も何かに巻き込まれて——」


。」


「例えであっても、アンタが気を追う必要は無いんだ……アンタは真面目にやってるよ……孤児院育ちの下の子たちに良く気を回して、十分すぎるくらい一生懸命に働いてる。そうだろ、トラコ?」


そしてリダの後ろに控えていた背丈の小さい猫のような耳を持つ亜人——カジェッタの店で働く店員トラコもまた、同じく平穏を生きられるはずなのだとリダの肩を掴み、魔女レジータは力強くリダの心配の声をさえぎる。



「え……ああ、うん。カジェッタのじいさんの店で働けてるのもリダ姉のおかげだし」


「だから関係の無い事にまで、アンタが抱えなくていいんだよ。アンタが世話してる旅人たちはもう、私らの領分に入った。の事は私らに任せていればいい」



。何も知らずとも良いのだと、戸惑う二人の若者に危険な道に踏み入れる必要は無いのだと懸命に告げようとするレジータ。


だが、玄関扉を叩くは——静かに確実に訪れる。



「——入りな。鍵なら空いてるよ、横にベルがあるのに誰も鳴らしやしない」


渦巻く状況、迫る時を憎むような声でリダの肩から掌を離し、レジータは音の鳴った玄関扉の向こう側へ声を掛け、来客へと意識を備えた。


心なしか室内の他の魔女たちも緊張を走らせて玄関に視線が集まる様を見れば状況に、取り残されている無知なリダやトラコの二人も雰囲気に飲まれて只事ではないが起きると察し、半歩後方に自然とたじろぐ。



——ゆっくりときしむような音を響かせながら開かれる扉。



見えてくるのは、とても不吉な


その御使みつかいのような



「……夜分やぶん差し迫る中、失礼します。こちらに魔女レジータ殿が居ると聞き、急ぎの用件にて覆面の魔女セティス・メラ・ディナーナの代行としてせ参じさせて頂きました」


そうして現れたる女騎士カトレア・バーニディッシュの声色も静寂に溶ける様な厳粛で、コツリと固い靴音くつおとすらも室内に響く。魔女たちは固唾かたずを飲んで、その姿を見据える。


だが——そんな緊迫した状況の中にあって、


「カトレア様⁉ どうしてここに」


旅人の街案内の仕事につとめるリダは、己が担当する旅人が案内も受けずに目の前に現れた予期せぬ再会に驚きの声を上げた。


すればカトレアは、自分を睨みつけて警戒の視線を送る魔女たちを尻目にリダの居る方へと目を向けて、ふっと微笑むに至る。



「これはリダ殿、息災そうで何よりです。知り合いの方の怪我の具合は如何でしたか? 見舞いにと、道すがらに……宜しければどうぞ」


腰に帯びる剣のさやの反対、傍らに持つは先ほど仕入れたばかりの美しい彩の花束が一つ。見舞いの体裁ていさいには丁度よいが、状況も状況であれば何処か怪しげな色合いを魅せている。


「……。リダ、それからトラコも席を外してくれるかい? 奥の部屋が空いてる、花瓶にでも活けといてくれたら助かるね」


少なからずレジータのいぶかしげな眼差しにはそう見えていて、彼女はカトレアとリダの間に割って入るように腕を差し出して、リダとトラコを巻き込まない為に言葉を放つ。


「え? ですが、あっ——」


「あうぇ? ちょっと、自分で歩けるよ……って」


その意を汲んでも目を合わせ、暗黙の内に示し合ってリダを安全なへと無理矢理と連れ去ろうと動き出した。



 にわかに騒がしくなる室内、数多くの足音がせわしなく動き始めた音が周囲に木霊こだますれど、その最中にレジータとカトレアは互いに目を逸らす事は無く——張り詰めた静寂は尚も変わっていないという風体である。


「ご配慮感謝します……こちらには元よりつもりもありませんが」


「——良い度胸だね。追われる身だってのに一人で堂々と敵の渦中かちゅうに飛び込むなんてさ」


「敵意は無いと申しました。掛かるは遠慮なく振り払いますが」


そして——カジェッタの住まいの奧へと通じる扉が閉じられ、改めてと仕切り直す一同。さりげに残された魔女たちは恐らく集められた者たちの中でも精鋭には違いない。



ちらりと目線を流しながら僅かに魔力をたぎらせる魔女たちを牽制けんせい威嚇いかくするようにカトレアはレジータに言葉を返しながら己の腰の剣のつばをも鳴らす。


「……話は聞こうじゃないか。抱えてる事情を話して大人しく身柄を預けてくれるなら歓迎なんだがね」

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