第97話 奔流の予兆。4/5

こうして徐々に決まっていく役割、であればウズウズととして少女が指示を求めるのも自然で流れであろうか。


「ワタクシサマは、どうすれば宜しいので御座いますか?」


顔布で顔を隠す少女デュエラは一段落と間を置かれた空気を読んだのか、首を傾げてセティスらに微笑みを浮かべているような声色で尋ねる。


だが正直な所、彼女の扱いにはその他の勢力とはで手にあまるものがあった。


確かに彼女はという一点に置いて、間違いなくと評せるものの——生まれながらの性質と世俗とは掛け離れた育ちの所為もあり、社会的な暗躍や他者との交渉などには向かない性格である。



危なっかしいのだ、色々な意味で。


「デュエラは基本的には私と一緒に行動、敵が襲撃をしてきた場合は迎撃。ただ別の敵——魔女やアディ・クライドが参戦した場合はソチラの相手をして。襲撃者は私が相手をする」


「うーん、つまりはセティス様を守りながら邪魔する者どもを宜しいのですか?」


……ゴホッ、いえ、デュエラ殿——出来れば殺さない方向で手加減をして頂ければ」


これまでもサラリと見え隠れしてきたその片鱗、セティスの指示に対して本当に実現しかねない嘘偽りのない刺激的なデュエラの感想に、傍らに居る女騎士カトレアは思わずと声が詰まり咳を溢し、それでもと戸惑いを隠しつつ表現と指示内容の訂正を求めた。


しかし、

「え、でも——他の魔女様は知りませんですが、あのアディという男様の方に手加減したらワタクシサマが捕まったり殺されてしまうのですよ?」


「……そ、それは」


やはり嘘偽りは彼女の言動には一切なく、ただ指摘されただけの事実に今度は咳も出ぬ程に言葉を詰まらせてしまう。


倫理観の欠如、染みついた習慣——社会で生きてこなかった少女との固定観念の誤差を頭では理解して居ても尚と、未だに慣れず戸惑ってしまうといった様相である。


「——本気で戦わないで敵の攻撃を避けて逃げるだけでいい。私の邪魔する敵の邪魔をしてくれればいいから」


「あ、なるほどで御座います。それくらいならから逃げるより簡単で御座いますから大丈夫なのですね。ワタクシサマまた考えが足りなかったのですますよ、へへ」


「「……」」


状況を見かねたセティスがカトレアを気遣いって補足はすれど、当たり前のように染みついたデュエラのそれは拭える事は無く、少女はカトレアやセティスが杞憂するとは別の所で己を省みる。


とても、とても危険な少女。


扱いを一つ間違えただけで、使にもにもなるような少女の雰囲気に、いささかの不安がつのる事も致し方は無い。


だが今はまぎれもなく味方である確信があれば、取り敢えずそれは一旦と先送りにされ続ける面倒事なのだろう。


「しかしやはりは襲撃を受けた際にを奪えるかどうかですね……存在する確証も無い上に、何処に保管されているかも分からない。まさかの見当などは流石について居ませんよね……ではあるまいし」


故にカトレアは、或いはセティスも彼女にまつわる問題から目を逸らし、喫緊の課題である敵の対処についての話題に戻りゆく。



「——うん。イミトだったら何かしらのヒントくらいなら見つけるんだろうけど、少なくとも気配を悟られないように厳重な結界で保管しているとは思う」


本来であれば逃げるという選択も十分に出来る襲撃に対して、えて逃げないという選択をする事になった理由を思い返しつつ、彼女らはデュエラを他所に話を進めようとする。


けれど、早々に棚に置ける程に彼女は軽い存在では無かった。


「え。に隠しているのでは無いのですか? あの細目の方で御座いますよね?」


「「は?」」


「あ、でも気配がしたのはセティス様が来られる前の少しの間だけで御座いましたので、上手に隠しているので御座いましょうか」


何処までも侮れない純真、時折と不意を突いてくる無垢故の指摘。


常識が無い故に常識に囚われない彼女の感覚は、さも当たり前のように固定観念に囚われ掛けていた思考のおり錠前じょうまえが此処にあると蹴り鳴らす。


「どういう事……どんな気配を、どんな時に感じたか説明して」


彼女の予期できる筈もない言動に眉をしかめるセティスではあったが、確信めいて言い放ったデュエラの予想の根拠を問う。


すれば少女は過去を思い返すように黒い顔布越しの視線を天井に少し持ち上げて、どのような例えが適切かを考え始めた。


「うーんと、あの時の——矢継の森の時にイミト様が閉じ込められた結界と似た気配で御座いましたのですよ。


 確か、あの細目の騎士様がカジェッタ様とお話している時に腰を曲げた事があったので御座いますよね。その時に少しだけ変な気配が漏れたので御座います」



「——そう。なるほど、……確かにあの男、背筋が異様に正しかった。それが何か関係あるのかも」


そんな彼女の過去語りに人差し指の第二関節を唇に当てて思考を始めた様子のセティス。


嘘を吐く理由も素振りも無いデュエラから提供された情報を基に、自身も過去を思い返して様々な可能性の糸口を探る。



「いや、ですが……まさか、仮にその男が腹の中にを隠していたとしても、あまりにもでは無いですか?


 ただの人なら言わずもがな、万が一にでもほどこされた魔力核に他の魔石が……しかもが触れてしまったら、ロナスの時のように乗っ取られるどころか、暴走——復活の可能性すら」



「——それが今回の糸口かもしれない。相手の能力や行動を予測する為の」


常識外の何か。未だ不透明とはいえ、流石に考えにくい可能性では無いかと疑うカトレアの気持ちに共感を示しつつも、セティスは明確に把握する事が出来ない何かを掴もうと瞼を閉じて心を闇に浸す。


そして心の片隅にデュエラが唐突に持ち込んだ情報に対し、まず褒めるべきかとかえりみて、


「ありがとうデュエラ、その情報は凄く有益」


「え、ぁ……お役に立てて何よりなので御座いますよ」


小さき体のかかとを上げて自分より背の高い少女の頭に手を伸ばし、頭を撫でる。


そんなセティスへ少しかがみ込み、まんざらでも無い様子で得意げに嬉しそうに笑う少女であった。



だがその刹那――、場の空気を入れ換えるが如く彼女らが密やかな密談を交わす家屋の一室の木製扉が、キイイと甲高いかすれた音を放ちながら開かれる。


も、まだ続いてそうだな』


現れたのは生まれながらに背丈の低いドワーフ族に類する、一人の老人。

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