第97話 奔流の予兆。3/5


「——いえ、ともかく、警戒にするにしても情報が少なすぎますね。現状では場当たり的な対処しか出来ない。本当にその聖騎士がを持っているなら直ぐにでも殴り倒しに行きたい所ですが……以上、こちらから責める訳にも行きませんし……の事もあります」


だが、やはり優先すべき事が多々積み重なっている現状——時は無限ではない。


よって家屋の軋んだ音響に隠された動揺をかたわらに置き、女騎士カトレアは区切りが付いてなごやかになりそうだった雰囲気をピシャリと咳払う。


すれば心吹っ切れたばかりのセティスも普段通りの冷静で無感情の落ち着いた表情に戻り、そしてデュエラはカトレアが最後にこぼしたに、またしても脳裏の記憶を呼び起こす仕草を見せた。


「あー、あのもう一人の強そうな方で御座いますね。アレは多分、ワタクシサマやイミト様とくらいの強さなので御座いますよね、初めて見た時はビックリしたので御座いますよ」


黄色と黒の二色で目立つ髪の色。少し前に話題に上ったラフィスの時とは真逆の印象——的確に実力を強弱で分類し、勘のえわたる獣のような少女の言動に、その場にいた魔女と騎士も改めてその名の人物の脅威を自覚するに至ったのだろう。


「……驚いてたようには見えなかったけど。確かにアディ・クライドの事もあるし、カトレアさんには少しがある」


それでも——様々な状況をかんがみて相対せねばならない可能性を考慮しつつセティスは、いよいよと腹にしまっていた腹案を提示しようとカトレアへと視線を流す。


「ん? 私に頼み……ですか?」


「うん。もし襲撃があった場合を恐れて直ぐに街を出るという選択肢もあるけど、明日の昼までの滞在予定を急に繰り上げた私たちを税関ぜいかんが怪しむ恐れがある。それに、ここに滞在して襲撃を受けた場合には、多少の騒動を起こして街の警備や他の魔女と大規模な大立ち回りになったとしても等価以上の価値はある」



「はい、だから我々は旅の疲れを休めつつ敵の襲撃にそなえるをしたのですが……」


「けど、当然アナタもを避けるべきと考えてるはず。私の要求を伝える前に、そのを確かめておきたい。これは無謀むぼうな賭けでもあるから」


語り出された、わされ始めた会話は、これまで以上に殊更ことさらに不安をあおるような口調で無機質と戸惑いでつむがれる。


セティスには躊躇ためらいがあるようだった、だからこそ彼女はカトレアから目をそむけてテーブルに開かれた観光案内図の上の小物一つをこまのように動かしたのだろう。


あくまでも、とでも言うように。


その遠回しの素振りを無論と、気付かぬ程にカトレアは鈍感どんかんでは無い。



「? ま、まぁ……確かに関係のない街の住人が傷つかないのは最善だと思いますが」


これから不穏を予期しながら、何故それをハッキリと告げないのかと珍しく回りくどいセティスの態度に首をかしげつつ、何かしらの思惑や順序があるのだろうとカトレアはセティスからの会話に応じる。


「街での犠牲を減らす策として、かなりの危険がともなう上に効果も薄いかもしれないけど最善手として思い付いた立ち回りが存在する。様々な状況を考えた時、アナタの信条と私たちの目的を考えた時の一番の折衷案せっちゅうあんと思われる」


「——歯切れが悪いですね。セティス殿らしくない、遠慮なくおっしゃってみて下さい。是非はそれからです」


けれどもセティスの口振りは回りくどく極まっていくばかり。故にかしびれを早々に切らしたカトレアは少し眉を潜めた声色で話をいた。


いそぐべきだと思ったのだろう、恐らく目の前に居る観光案内図の上の駒を置き終え、視線の逃げ場を失った彼女が口ごもっている理由は己を気遣っての物だと気付いたようであったから。



すると彼女もまた、それを待っていたかのように覚悟を決めてカトレアへと向き直る。



「……私が昼間に会いに行った魔女の所に行って欲しい。そこで事情を伏せたままで私たちにリダやカジェッタさん、後はカジェッタさんの店に居た子供の保護と護衛を要求してきて」



「――それは……確かに火中に飛び込むような要求ですね。しかし、敵の定石じょうせきとして我々の知り合いを盾や人質にする可能性は十分にある。なるほど」


セティスが告げたのは、互いの利益享受の為に持ちかけた提案、悪く言えば——たった今しがた自身が引き金となって険悪となった魔女の勢力の相手を己の代わりにカトレアにさせようという筋違いのものである。



しかし現段階における様々な懸念けねんや状況を踏まえ、互いの利害を追求した結果の最善。



「もう一つ補足として、もうすぐここに——アディ・クライドが再び訪れる可能性がある。アナタと旧知のアレとは、出来る限り接触は避けた方が良いと思う」


まさしくと折衷案を提示したセティスは、その理由を僅かにほのめかす。アディ・クライドという男は武力もしかり、彼女らとの関係性、立場的にも非常に厄介な相手なのだ。



「まぁ……そうですね。ご配慮、有難い話です……理解しました。その後の行動については?」


それは彼とは幼き頃からの旧知の当事者であるカトレアにとっては尚更の事であろう。セティスが負い目を感じながらも、


その提案を告げた思惑や真意の幾つかを察したカトレアは納得したように息を吐き、既にしか選択肢が無い事を自覚しつつセティスの腹案の先を問う。



すれば、せきを切ったようにセティスは平然と答え始める。


「何かの理由を付けてリダと一緒に警護を悟られないように行動する方針が最善と思われる。


 これから会いに行ってもらう魔女は、この街の魔女たちのリーダー……魔女たちの行動を制限する目的」



「——なるほど。私の身柄を、例えるなら借金の担保や政略結婚のように魔女たちの眼前に堂々と送る事で敵意は無いと示すという訳ですか……あくまでも襲撃に対する正当な防衛の場合のみ、コチラ側は行動すると」



「うん。それが叶わなくても最低限、敵対勢力の分散の効果も期待。だから当然、想定外が起きたり向こう側が強硬な対応を取ったら逃げていい」


「魔女の様子から襲撃が発生した事を感知した場合は敵の背後を取れる可能性もあるから上手く状況の判断を頼みたい。コチラも、出来る限りの想定はしておく」



「——了承しました。私もが最善だと考えます」


決して温和とは言えぬ互いの真剣な様相、街の観光案内図の上の小物が動かされていく説明の後、カトレアも頷きセティスの提案をやはり受け入れた。

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